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「祭り」の準備のときに観た『祭りの準備』。 [気になる映像]

 いままで観た映画の中で、もっとも面白かった映画を10作品あげろ・・・といわれたら、この作品はまず欠かせない。10指はおろか、5指の中に入れてしまうかもしれない。ATG(Art Theater Guild)映画に限っていえば、『祭りの準備』はその中でも、わたしにとっては間違いなくベストワンの作品だ。映画館で、ビデオで、TVで、すでに10回以上は観ているだろうか。
 1970年代、ATG映画には粒ぞろいの作品が目白押しだった。『祭りの準備』は、ちょうど70年代のまんまん中、1975年11月に封切られている。黒木監督にとっては、前年の『竜馬暗殺』につづく"青春映画"の代表作となった作品だ。「祭り」の準備といっても、別にフェスティバル前夜のお話じゃない。社会に出て、人生に地歩を築くまでの輝かしい時期を「祭り」ととらえ、それ以前の準備期間、生まれ故郷における"助走"のための生活や時間の流れ、身のまわりに展開される風景の移ろいを淡々と描いている。舞台は1950年代末の高知県中村市、太平洋に面した漁業中心の小さな町だ。そこで繰り広げられるさまざまな物語は、これでもかというほど暗くて悲惨きわまりない。でも、同時に声をあげて笑ってしまうほど、なぜかとてつもなく滑稽でおかしいのだ。
 いつも刑務所を出たり入ったりしている隣りの泥棒一家、嫁を"共有"する兄弟、ヒロポン中毒で大阪から「廃人」になってもどってくる元娼婦の娘、愛人の間を渡り歩いて家へ寄りつかない父親、そのせいで息子を異常なまでに溺愛する母親、若い娘に狂って子供まで産ませ、しまいには自殺してしまう祖父、小児マヒで女性に相手にされず"赤線"に連れて行かれるが、そこでも相手にされない洋裁店の息子、歌ばかり歌って偽善臭プンプンの六全協サークル「木曜会」、共産党のオルグに彼女を寝とられてしまう主人公、上京する主人公を見送ってくれるのは、殺人で指名手配中の容疑者がたったひとり・・・と、文字づらにするとなんともたまらない、悲劇かつ陰惨な映画のように思える。でも、全編これが随所で噴き出し、ゲラゲラ笑ってしまうほど面白い。悲劇や陰惨な情景も、度がすぎれば喜劇になってしまうという、まさに「人間喜劇」の見本のような映画だ。前年の『竜馬暗殺』でもそうだが、黒木監督は喜劇と悲劇は1枚のコインの裏表・・・というテーマを描くと、無類の実力を発揮するように思う。

 この映画を初めて観たのは、大学へ入る前、池袋の文芸地下だったろうか? 当初は、それほどいい映画だとは思わなかった。むしろ、単に一地方の滑稽な私的エピソードを映画化したにすぎない・・・という受けとめ方だったように思う。ところが、あとからジワジワと効いてきた。文字どおり、「祭り」の準備の時期に見ると、それほど共感も感銘も受けなかったのに、その時期をようやくすぎるあたりからやたら気になりはじめた。重ねて観るごとに、この映画に含まれている多彩なテーマにわたし自身、思い当たるフシが多くなったのだ。
 ていねいに描くローカリズム映画は、きわめて高い国際性や普遍性を獲得する・・・という考え方がある。ときどき教育テレビなどで放映される、イランや中国、インドネシア、フィリピン、マレーシア、韓国などの、ことさらローカルな情景を描いた作品に、なぜか強く共感してしまうことがある。『祭りの準備』も、日本のマイナーなATG作品のワクを大きくはみ出して、いつの間にかアジア映画有数の作品となっているのかもしれない。

■『祭りの準備』(1975年) 監督:黒木和雄 脚本:中島丈博 出演:江藤潤、馬淵晴子、ハナ肇、浜村純、原田芳雄、竹下景子、石山雄大、桂木梨江、阿藤海、森本レオ、犬塚ひろし、他。同時上映は、確か『あらかじめ失われた恋人たちよ』(田原総一朗+清水邦夫)だったが、桃井かおりのデビュー作であるこちらもよかった。


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やすここ

悲惨極まりないのに、笑っちゃうって
なんだか西原理恵子のマンガに似てますね。
by やすここ (2005-03-02 18:08) 

やすここ

あ、西原理恵子のマンガが似てるのか。
by やすここ (2005-03-02 18:09) 

ChinchikoPapa

個人的な経験でも、なにかに打ちのめされて、もう、どん底を這いまわるようなメゲ方をしているときに、思わずわれながらおかしさや滑稽さがこみ上げてくる・・・という経験を、何度かしたことがあります。そんな、奥深くて複雑な琴線の部分へじかに触られるような感覚を、この作品は備えているんじゃないかと。
でも、ほんとに、「これでもか!」っていうほど悲惨なんだから。(笑)
by ChinchikoPapa (2005-03-02 19:20) 

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