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意思表示 せまり声なき こえを背に・・・。 [気になる本]

 

 意思表示せまり声なきこえを背に ただ掌の中でマッチ擦るのみ

 「オレ最近、感性が鈍磨してダメになってるな」、あるいは「年取ったかな?」・・・と感じたときに、本棚からゴソゴソと探し出しては開くのが、岸上大作の短歌集『意思表示』だ。そして、1960年4月-10月「意思表示」の最初の1首が、「意思表示 せまり声なき こえを背に・・・」。
 時代は60年安保のさなか、岸上大作はその敗北から白けきった“大雪崩”へと移る情況を生きた歌人であり、わたしにはまったく記憶にない時間の、とうに「歴史教科書」に整理されてしまった時代の作品だ。だから、学生時代に本書を手にしたときは、「ああ、いちおう読んでおこうか」ぐらいの気持ちだった。ところが、第一首めからゾワーッときた。本を持った両手が、鳥肌だったのを憶えている。

 かきあげている額の髪言いきらん 言葉は語尾より憎しみを生む

 なぜ、それほど惹かれたのか、いまでもはっきりとはわからない。岸上大作は、60年安保に挫折して自ら21歳の生命を絶った・・・のでは決してなく、ある女性に失恋したことに絶望して自裁したのは明らかだ。いや、「失恋」するほどにまで関係は築かれてなくて、単なる一方的な片想いだったようなのだ。その女性に対する当てつけからか、恨みがましい絶筆「ぼくのためのノート」を残し、吸いかけのハッカ煙草(メンソールタバコ)「みどり」を残し、どこからか盗ってきた灰皿を残し・・・「受けとってくれますか?」などと、未練がましくいろいろなモノを残しながら逝った。「残された」側の女性は、さぞ迷惑だったことだろう。

 つながらぬ電話にながきこだわりも 顔くらくせぬチャペルセンター前

 そのどうしようもない女々しさ(差別的です/失礼)やヒ弱さ、ガラス細工のように脆弱な神経と“線”の細さ、自意識過剰の狭量さや自分勝手さに、わたしは嫌悪感をおぼえる反面、なぜか作品には強く惹かれていってしまう。鉛筆削りを最細にしたときの尖んがりのような感覚、折れやすく曇りのない感性の中に、自分がついぞ持ったことのない「何か」を見るからなのか・・・。

 耳うらに先ず知る君の火照りにて その耳かくす髪のウェーブ

 わたしの知らない時代の、とても反りが合いそうにない男が残した言葉なのだが、なぜか心にじわじわと沁みてくる。たまに『意思表示』を取り出して読むのは、少しはあったかもしれない感性の尖がったころの自分を、論理性を最優先していたころの偏狭な自分を、期せずして思い出させてくれるからなのかもしれない。そして、ちょっぴりあのころの“新鮮”な自分を、取りもどせたような気になるから・・・なのかもしれない。

 夏服の群れにひしめき女学生 たちまち坂を鋭くさせる

 「さらば論理の純潔よ」と詠ったのは、キッド・アイラック・ホールの福島泰樹だったろうか? わたしはもう、岸上大作の2倍以上の年月を生きている。

■写真:『意思表示』(角川書店)。『現代文学の発見15巻-青春の屈折・下巻-』にも収録されていたが、ともに絶版となっている。


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志

私も探しているのですが、なかなか見つからないです。
姉の手元には弟の遺品として一冊あるのですが、
自分でも持っていたいなぁ〜と、思って。

ネットで探したりしているのですが・・・
できれば、ふと立ち寄った古本屋さんで再会したいな。
by 志 (2005-08-04 15:35) 

ChinchikoPapa

志さん、こんにちは。(^_^
1961年(昭和36)に白玉書房から出た初版本は、古本市場で30,000円ぐらいしてますね。(汗) 東京の古本屋ですと、「岸上大作に強い」本屋さんがあるようです。(なぜでしょう?) ここでなら、必ず手に入りますので、よろしければ問い合わせてみてください。
●高原書店
〒194-0022 東京都 町田市 森野1-31-17
TEL:042-725-7554
by ChinchikoPapa (2005-08-04 16:36) 

志

わぁ〜!
ご親切に早速の情報、ありがとうございます!
でも・・・うっ・・・って、
金額ですね・・・でも、問い合わせてみます。
ありがとうございます。

姉に言っても、なかなか貸してくれないのです。

父が書道をしているものですから、
弟が印しを入れていた歌が数点あったので
それを、書いてもらおうと思っているのです。

本当にありがとうございました。
by 志 (2005-08-04 16:58) 

ChinchikoPapa

いいえ、とんでもない。岸上大作の作品は、なかなか出版されなくなってしまい、わたしもじれてるひとりだったりします。
角川文庫でしたら、700~1,500円ぐらいで手に入ると思います。(^^
by ChinchikoPapa (2005-08-04 17:29) 

ChinchikoPapa

ご訪問とnice!を、ありがとうございました。>ふうさん
by ChinchikoPapa (2012-02-13 16:47) 

ふう

こんばんは。
角川文庫版をもっていたなと思い、
帰宅してから探してみました。
『意思表示』・・・・ありました。
若い時代が、よみがえりました。

ずいぶん前の記事にコメントしてすみません。
by ふう (2012-02-13 22:34) 

ChinchikoPapa

ふうさん、わざわざコメントをありがとうございます。
この角川文庫ともうひとつ、『全集日本文学の発見』(学藝書林)の14巻・15巻の「青春の屈折(上・下)」どちらかに収録されていたような記憶があります。『意思表示』のすべてだったか、あるいは一部だったかははっきり憶えていません。
『全集日本文学の発見』は、1970年代の古いオムニバスにもかかわらず、いち早く尾崎翠が取り上げられたりと、いまでも読み飽きない編集となってますね。
by ChinchikoPapa (2012-02-13 23:50) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>さらまわしさん
by ChinchikoPapa (2014-08-02 18:40) 

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