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「箱根山」周辺の怪談。 [気になる神田川]

 さて、「怪談」シリーズ第六夜は・・・。戸山(外山)の箱根山あたりに、尾張徳川家が庭園を築造する前後の話が残っている。ひとつは、箱根山の南側に残る、幽霊が掘った井戸の伝説。もうひとつが、古い社(やしろ)に物の怪が登場する怪談だ。後者の伝承によれば、箱根山付近にはやはり築山として造園される以前から、なんらかの聖域として古い社が奉られていたことがうかがわれる。
 まず、子供を抱えた女幽霊が井戸を掘ったという話は、東戸塚小学校の東側、箱根山の南西150mほどのバッケ周辺に拡がった怪談だ。『新宿と伝説』(新宿区教育委員会/1968年)によれば、近辺に住む前田某という武家が、仕事で遅くなった深夜、バッケ下を通って帰宅する途中で、子供を抱いた女に出会う。「すぐ戻るから子をあずかってくれ」と頼まれたので理由を訊ねると、「夫が闇討ちにあって殺され、わたしは死んでも死に切れないから、敵討ちに行くのだ」という。
 女は子供をあずけると、呆然とする前田を残して闇に消えた。しばらくすると、女が血のしたたる生首を抱えてもどってきて、「わたしはこの世の者ではないが、子をあずかってくれたお礼に、ここに清水井を掘ってあげよう」と言った。やがて井戸を掘り終えると、子供と生首を両手に抱えて、女は漆黒の中へと再び消えていった・・・。お礼に井戸を掘っていく、とても律儀で親切な女幽霊なのだが、戸山のバッケ(崖線)も下落合と同様、すぐに泉が湧く斜面だったろうから、シャベル片手に深い井戸をエッサエッサと掘っている、水道工事のような女幽霊を想像してしまうと滑稽話になってしまう。ここは、崖の斜面を手で少し掘ったら、清水がじんわりと湧き出した・・・ぐらいの解釈がよろしいかと。
 もともと尾張徳川下屋敷には、先のお菊さんの怪談同様に、さまざまな下女中殺しの噂が絶えなかったようだ。屋敷内で処刑された彼女たちの亡霊譚が、江戸期からかなり広く周囲に流布していたらしい。そのひとつのバリエーションが、「井戸を掘った女幽霊」という怪談として、現在まで伝えられているのかもしれない。
 もうひとつは、『耳嚢』巻之十(根岸鎮衛/1813年)に収められた「外山屋敷怪談の事」。箱根山に、やはり直近の怪談だ。場所は「片山里」と書かれているから、箱根山の100mほど北側に連なるバッケ下、つまり現在の戸山公園内ではないかと思われる。将軍が尾張徳川下屋敷へお成りになるというので、奥向(おくむき/将軍の身のまわりを世話する役人)たちが下見にやってきた。すると、片山里と呼ばれるところに、錠が下りたいわくありげな古い社(やしろ)を発見する。千代田城からやってきた、夏目某という奥向が社のことを訊ねると、案内役(あないやく)が「昔から邪神を封じた社で、錠を外すことはかつてなかった」と説明した。

 ここで、将軍家奥向の苗字が夏目某とされているが、「夏目」は馬場下近辺の名主の姓なので、案内役のうちのひとりの姓こそが夏目だったのではないか・・・と、わたしは想像する。のちに、夏目金之助が生まれるあの夏目家だ。伝承がつづくうちに、どこかで奥向と案内役の姓がすり替わってしまったのかもしれない。案内役の答えに対して、奥向は笑いながら「そんなことはありえない、一度見てみたい」と、言い出してきかなかった。案内役たちが必死で止めたにもかかわらず、奥向はついに錠を開けさせた。そして、社の中へと踏みこんだとたん・・・。
 奥向は激しい驚愕ぶりをしめして、急いで錠をもとどおりにかけさせたという。のちに、「何か真黒成者、頭をぐつとさし出せしが、眼の光りあたりを照らし、恐ろしさいふ斗なし」・・・と語っている。いったい、この下見にきた奥向は、社内でなにを見たのだろうか? 根岸鎮衛はクールに解釈し、言葉をはばかるような恥ずべきものでも入っていたので、奥向は化け物を見たように取りつくろい、元通りに錠を下ろさせて見なかったことにしたのだ・・・と解釈している。その後、化け物を見てしまった奥向が、祟られたとも呪われたとも死んだとも書いてないので、後日譚は不明のままだ。なにか、非常に気持ちの悪いものを見たか、感じたかしたのではなかろうか?
 考古学的な成果をみても、旧・尾張徳川下屋敷とその周辺は、縄文時代から人がずっと住みつづけてきた痕跡がある。箱根山にも、古くからの伝承や説話が語り継がれ、なんらかの聖域や社をつぶして庭園にしてしまった“祟り”からか、周囲には怪談話も少なくない。これら怪談の数々は、昔日にこの地へと葬られた人々の、時代とかたちを変えた怨嗟の声そのものなのかもしれない。

■写真は樹木が茂って眺めのきかない、現在の箱根山。は1969年(昭和44)、山頂から戸山ハイツあたりの眺望。


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ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2011-02-04 11:16) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>ねじまき鳥さん
by ChinchikoPapa (2011-02-05 00:03) 

opas10

>シャベル片手に深い井戸をエッサエッサと掘っている、水道工事のような
>女幽霊を想像してしまうと滑稽話になってしまう
夏目某の子孫である夏目房之介画伯が描くような漫画を想像してしまいました(笑)
by opas10 (2011-02-13 19:54) 

ChinchikoPapa

opas10さん、こちらにもコメントとnice!をありがとうございます。
悲劇も度を越すと喜劇になる・・・というたとえがありますが、怪談話も一歩まちがえるとお笑いになってしまいそうな説話がけっこうありますね。w
by ChinchikoPapa (2011-02-13 21:18) 

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