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こういう景色に東京の夏を・・・。 [気になるエトセトラ]

 ・・・ことさら感じてしまうわたしです。物干しには着古した浴衣が揺れ、打ち水の匂いがそこはかとなく漂ってくる。どこからか、江戸風鈴の音がカランカランと聞こえてきて、アブラゼミのしぐれが降りそそぐなか、葦葉にホタルが舞う絵柄の碧い浴衣に、薄茶色の日傘をさした女(ひと)が、白いハンカチを片手にゆっくりと入舟堀を渡ってくる。
 そう、雨傘だかなんだかわからないような、流行りの黒の日傘ではかっこう悪くて、景色や風情が台無しになってしまう。ここはやはり、ベージュでレースの縁取りのついた日傘でなければならない。先日、知り合いが日傘を買いにいったところ、「白やベージュが売ってなくて、黒ばかりでイヤんなっちゃった」と話していた。かなり贔屓目をかざしたとしても、見るからに野暮ったくてかっこ悪いことは、いまも昔も、必ず避けて通るのが「江戸女」の性だ。
 ところで、今年の夏、蝉の声を初めて聞いたのは、梅雨のさなかの意外な場所だった。数寄屋橋交差点の近く、なんとマリオン前の樹木もまばらな数寄屋橋公園だ。もちろん、聞こえてきたのは気の早いアブラゼミ。公園内には、岡本太郎のなんだかわからない~「若い時計台」オブジェと、菊田一夫の「数寄屋橋 此処に ありき」と彫られた黒御影の碑が建つ。忘却とは忘れ去ることなり、忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ・・・と、ここはラジオドラマや映画『君の名は』の舞台でもある。
 橋の上で、あるいは橋のたもとで再会を約束するのは、江戸の昔からつづくこの土地の倣いだ。地震や火事による迷子がたくさん出ると、日本橋川にかかる一石橋のたもとで親子再会ができるのも、町のシンボルとしての「橋」、約束事が通じる街中の「橋」としての機能が活きていたからに違いない。それにしても・・・である。東京大空襲のさなか、数寄屋橋で偶然に出逢った「真知子と春樹」のふたりは、その後、なぜいつまでも再会できずに、こうもすれ違いばかりだったのだろう。佐田啓二と岸恵子の映画『君の名は』3部作を、夏の暑い盛りに観ていると必然、イライラしてくる。特に、真知子の女々しさと煮え切らなさがシャクにさわる。いっそ、このふたりにGPS付きケータイでも持たせてやれば・・・と、じれったくてつい>>(早送り)を押してしまうのだ。

 「半年後に数寄屋橋で!」というアバウトな約束が交わされるところに、さまざまな空想やロマンや物語や誤解が生まれるのだが、これほどITネットワークが発達した現代では、このようなシチュエーションは若い子たちになかなか理解されない。いつ出逢えるかわからない、再会を日々待ちわびる心の機微よりも、いつどこで出逢うかをピンポイントかつリアルタイムで確実に決定していく醍醐味のほうが、“面白い”と感じる世の中になった。「逢えない時間が、愛育てるのさ」ではなく、「逢ってる時間こそが、愛育てるに超決まってるじゃん」。わたしは、前者と後者の中間あたりをどうやらウロウロしているようだ。
 

 涼しげな風が柳をゆらし、やさしい色の日傘をさしながら入舟堀を渡った女(ひと)、硝子風鈴の音色をかき消して、いきなり着メロがあたりはばからず鳴りだす。浴衣の袂からケータイを無造作に取りだし、「もっし~、あっ、チョ~マジ~? いま汐見橋。・・・マジ~マジ~? ・・・ってゆ~か~、いまから来ればチョ~間に合うじゃ~ん、・・・じゃね」。もはや、「真知子と春樹」はどこにも存在しない。大岡昇平風に、「真知子と春樹のような心の動きは、時代遅れであろうか?」、いや、とっくのとうに時代遅れだ。

■写真は日本橋小伝馬町で見かけた物干し、は旧・数寄屋橋のたもとにある数寄屋橋公園。中央の柳の下に、菊田一夫の石碑がある。左手はマリオン(南町奉行所跡)。


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ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2012-11-14 13:06) 

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