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負け犬のシネマレビュー(8) 『イノセント・ボイス』 [気になる映像]

12歳で人生を選択できますか
『イノセント・ボイス』(ルイス・マンドーキ監督/2004年/メキシコ)

 また恐ろしい映画を見てしまった。
 舞台は戒厳令下のエルサルバドル。政府軍と武装農民が睨みあう前線の町では、民家にまで銃弾が飛び込んでくる。12歳の誕生日を迎えた男の子は、政府軍の手で兵士に教育される。学校にまで乗り込んでくる軍は、教師にも有無を言わせず子どもたちを連れ去っていく。
 主人公の少年チャバは11歳。子どもでいられる時間は残りわずかだが、戦火のなかでも若者は恋をする。初恋の少女に告白したり、屋根の上でキスしたりと忙しい。さすがラティーノ、早熟だ。残り少ない子どもの時間を生きる子どもたちはこの映画の救いというより、宝である。
 神も秩序もなくなった町で、軍の兵士はまだ少女と思われる女の子を神父の目の前でむりやりトラックに押し込める。もちろん兵士にするためではない。止める神父を路上に投げ倒して少女を連れ去るこのシーン、一時帰国した米国籍の修道女が誘拐、暗殺された事実に基づいたものだと思われる。

 『タブロイド』Click!では、飲み水がないのにテレビがある現代の貧乏をまちがいと書いたが、内戦中の国には食べ物もないのに武器がある。もちろん戦争のノウハウと武器を携え“僕らを助けるために”政府軍をバックアップする米軍のおかげだ。
 この映画の少し前に観た『ジャマイカ 楽園の真実』では、IMF(国際通貨基金)と世界銀行が<グローバリゼーション>ということばで、第三世界を借金漬けにするヤミ金のようなアメリカのやりくちが暴かれていた。貿易自由化の名のもと食料はすべて輸入させられ、肉も野菜も乳製品も作ったところで売れない。畑はなくなり、自給率はゼロに等しく下がる。食料だけではない。誰もが知る有名ブランドのアパレルは襟や袖、ボタンなどばらばらに運ばれてきてフリーゾーンと呼ばれる工場で製品化される。この工場、地方の工場に缶詰めになって携帯電話などを組み立てている日本のアウトソーシングのようなもの。ああいう工場で働く人のなかには長時間労働で時給を稼ぐしかない過剰債務者が相当数、いる。ふたつのJではじまるJah(神)の国=日本とジャマイカの現状はなんと似ていることか。しかも、この映画には20年前観た『ロッカーズ』のような貧乏を笑い飛ばす余裕はない。ピーター・トッシュも、デニス・ブラウンも、ジェイコブ“大食い”ミラーも、もういない……悲しくなってきたのでエルサルバドルに戻る。

 無知な私は南北アメリカ大陸をつなぐこの国についても、クラッシュの名盤『サンディニスタ』のライナーノーツに書いてある程度のことしか知らなかったが、軍政下にあった60年代、綿花が新しい輸出品になると、日本はいち早く現地に繊維・織布工場を作った。78年の日系企業の社長誘拐事件で友好関係は幕引きとなるが、農民による武装ゲリラFMLN(=ファラブンド=マルティ民族解放戦線…1930年代、政府に反旗を翻した指導者ファラブンド=マルティは軍人の大統領によって処刑。50年後、農民はその名を冠した組織を作って武装)のメンバーには、日本が作った繊維工場で働く労働活動家も少なからずいたという。嗚呼。
 この映画の原作者で、脚本を手がけたオスカー・トレスは14歳のとき、軍から逃れてアメリカに渡った。生きるためにはそれが最善の方法だったのだが、この物語を作るために、戦場となった祖国に家族を残して来たことや、友人たちを見殺しにしてしまったという罪の意識と向きあうことはこれまでの人生で最も大きな挑戦だったと言っている。悲惨な経験をした過去は葬り去りたいと思うのがふつうの人間だ。残したい、伝えなければ、と思うまでには長い長い時間が必要である。

 昨年八月、終戦記念の特番で見たおじいさんのことばは、いまも私の記憶に鮮やかだ。深川で空襲に遭ったというそのひとは、近くの学校のプールに飛び込んだ。「人でごった返すなか、女のひとや子どもを押しのけて生き残ったんですよ、わたしは。そんなこと、自分の女房や子どもに言えますか」
 この人は六十年もの間、ずっと罪悪感を背負って生きてきたのだ。
 和平から14年、エルサルバドルでは戦争のさなかに生まれた<戦争しか知らない子どもたち>が大人になっている。おそらく楽園の外にあるキングストンと、いずれ劣らぬ状況なのは想像に難くない。
                                                                                        負け犬

『イノセント・ボイス』公式サイトClick!
シネスイッチ銀座にて上映中


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ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>さらまわしさん
by ChinchikoPapa (2014-08-13 18:23) 

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