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負け犬のシネマレビュー(9) 『力道山』 [気になる映像]

敗戦国に希望を与えた英雄のラブストーリー
『力道山』(ソン・ヘソン監督/2004年/韓国・日本)

 プロレスファンでなくても、ある年代以上なら力道山を知らないひとはいないだろう。1924年、朝鮮半島北部の威鏡南道で生まれた金信洛は昭和15年、16歳のとき、長崎大村の百田光浩の戸籍を取得し、日本の相撲部屋に入門した。昭和24年には関脇に昇進するが、大関も目前と言われた翌25年、プロレスラーに転向。と、ここまでは本当の話。
 その“素顔”が暴露されるのは、ナイトクラブで刺された傷がもとで世を去って後のこと。けちな酒好きだったの、やくざと黒い交際(ってこの言い方、おもしろいね)をしていたとの風聞に混じって、力道山には朝鮮人としての誇りなどなく、朝鮮人を毛嫌いしたとまことしやかに語り継がれている。おや? と思うのは1910年、日本は朝鮮半島を統治下にした。ということは力道山は生まれたときも、海を渡って来日したときも日本人である。そうでないと受け入れられないから、わざわざ日本人の戸籍を取得させたのではないのか。そうしなければ食いはぐれるから10年も相撲部屋で我慢したのではないのか、ってこと。

 人気が頂点を極めた昭和30年代半ば、力道山の自宅には毎日のように100人ものファンが押しかけたという。そのなかにはもちろん彼と同じように海を渡ってきた人もいた。敗戦国のヒーローは、その敗戦国民に虐げられてきた人びとにとって希望の星、心のよりどころだったのである。公然の秘密とされていたその出自だが、服装や髪型が画一化したいまでこそ日本、朝鮮、中国民族は見分けにくいが、昭和30年代、朝鮮半島から渡ってきた人の話す日本語がネイティブのそれでないのはすぐわかったに違いない。そして、その当時、誰が堂々と自らの出自を語れただろう。後に日本人が暴いた“素顔”など、彼を支えにしてきた人びとを特に落胆させるほどのものではなかったのではないか。
 そういうものを期待したのだが、相撲部屋で先輩力士から「このちょうせんじんが!」とイジメられても、仕返しに打って出ても、大関昇進ができずに暴れるシーンも少々食い足りない。暴力はかなり控えめである。こんなもんじゃなかっただろう、これがもともと太めで鋭い視線の底に何かを隠しているような『殺人の追憶』のソン・ガンホなら壮絶な負けじ魂が、あるいは『オールドボーイ』のチェ・ミンシクなら弱さゆえの虚勢という人間くささが出せたと思いながらも、いま挙げたふたりに、失礼ながらラブストーリーは難しい。

 そう思い当たって、ようやくこれは日本のヒーローや、ヒーローたる男の内なる慟哭を描いた映画ではなく、不器用なヒーローの恋物語なのだと気がついた。 なにしろ監督・脚本は『パイラン』のソン・ヘソンである。恋愛モノだと思って見れば、大作のセオリーどおりにまとまった感のある映画は、たどたどしくもチャーミングな日本語と、ばつぐんのコメディセンスを持つソル・ギョングそのひとの魅力にあふれたスター映画になっている。
 ネタバレになるからくわしくは書かないが、妻となる中谷美紀と出会うシーン。プロレスラーとして名を売ったアメリカから日本に帰って来て再会するシーン。純情と根性が炸裂するこの2つの場面だけで、時代の描きかたの甘さなんて、まっいいか、と思える。
 が、観てよかったと心から思えたのは、上映後。映画館を出てくる人のなかに、生きていたら82歳の力道山に励まされただろう年配の夫婦らしいふたり連れが目立った。そのうち何組かはだんなさんの帽子の被りかたや、奥さんのちょっと派手めなアクセサリー遣いが、同じ時代というだけでなく、同じ立場で生きてきたのを物語っていた。そして、そういう人たちがこの国で映画を観られるいまという時代、物足りないと感じるほど抑制の効いた描写は、現在の日韓関係を表しているのかもしれない。

 ただ、28キロの増量はこの韓国映画界きっての役者にふてぶてしさではなく、貫録を与えてしまった。何度か出てくる食事のシーンではわざとくちゃくちゃ音を立てて咀嚼するのだが、『オアシス』の冒頭、刑務所から出所後、豆腐を貪り食うときの激しさがない。いまではラグビーの試合でしか見ないようなやかんの注ぎ口からじかに水を飲むシーンでさえ、上品なんである。ひょろっとした体つきと、挑発的な目つきをはじめて見たとき、早逝した在日の俳優、趙方豪を真っ先に思い出した。一作ごとに顔が違うのは、較べるには少し若いが加瀬亮に通じる。怒りと悲しみを秘めたようなソル・ギョングは、痩躯でこそ魅力的な役者なのだった。 ま、あくまでも個人的な好みなのだけれど。
                                                                                           負け犬

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全国の映画館にて上映中


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