ばあや、早くいらっしゃい! [気になる下落合]
「まあ、お懐かしいこと! ばあや、このアルバムをご覧」
「おやおや、まあまあ! ・・・お嬢様は、まだこんなにお小さくてらして」
「ねえ、ご覧。ご近所の玲子お姉様に佳奈子様、それに美和子様も写ってらしてよ」
「お嬢様たちの大きなリボンが、かわいらしゅうございますねえ」
「わたくし、これほど大きなリボンをしてたかしら?」
「はい、あたくしがよく結んで差し上げました。まるで、銭湯の湯船に浸かってらっしゃるよう」
「・・・ばあや、それはリボンではなくて、手ぬぐいです」
「おや、よくご存じで。・・・あれま、こっちのお嬢様なんぞ、頭にヨナクニサンをたけっちまってるわ」
「・・・ばあや、ヨナクニ様なんて、わたくし存じ上げないわ。下落合のお方?」
「いえ、そっち方面がお嫌いなお嬢様Click!は、ご存じなくともよろしいんでございますよ」
「まあ、なんのことかしら? ばあや」
「あれまあ、玲子お嬢様も美和子お嬢様も、なんておかわいらしいこと。これじゃ男がほっときませんですよ。みなさま、もうちゃんとした若奥様におなりで」
「・・・・・・お、おふたりは、ご結婚を急がれすぎてよ」
「おや、お嬢様、そうでございますか? 昔っから、鬼も十八番茶も出花って、よく申しましてす」
「・・・わたくし、鬼では、ございません」
「そうでございましょうとも、お嬢様」
「・・・まあ、お母様も、まだとても若くていらっしゃるわ」
「そうでございますねえ。いまよりも、六貫目(約22kg)ほどお痩せになってます」
「ねえ、ばあや。これは西坂の徳川様は、静観園のお庭かしら?」
「いえいえ、お向かいの相馬子爵様のお庭で開かれた、昭和14年春の園遊会でございますよ」
「まあ、ばあやは、なんでもよく憶えておいでだこと」
「ついでに、お嬢様は相馬様のお庭にいたタヌキを、ドイツのセパードだと勘違いなされて、裏返してさかんにお腹を撫でてらしたんでございますよ。みなさま、大笑いでございました」
「・・・・・・ところで、ばあやは、写ってないわね」
「いえ、あたくしもちゃんと、入れさしていただきましてす」
「ですけど、どこにも・・・・・・あ、あらっ」
「あたくし、写ると魂を抜かれっちまうなんてえことを言われた、明治丙戌年の生まれですから」
「・・・まあ、真んまん中に、いるわ」
「手足が写ると大きくなるなんてえことも言われましたので、できるだけ真ん中の手足が写らないとこへ、みなさまのお邪魔にならないよう、そっと入れさせていただきましてす」
「でも、それっていつも真ん中で、少しでも大きく写るということではなくて?」
「あれまあ、戦死なされた大磯の旦那様もお若くてらして! 角帽姿で、写ってらっしゃいますです」
「わたくしなど、上のほうで小さく・・・。すぐうしろの大磯の叔父様など、後列の端にお立ちです」
「大磯の旦那様は、早稲田の角帽がとってもよくお似合いで。ほんとに、お懐かしゅうございます」
「・・・どのお写真にも、ばあやが、いちばん前の列の中心に写ってたりするのかしら?」
「そいえば、早稲田に名曲喫茶(きっちゃ)てえのができたそうでございますよ。新聞に出ましてす」
「・・・あら、こちらのお写真も、まあ、このお写真も。・・・まっ、これもお邪魔、あっ、これもです」
「ねえ、お嬢様。お昼を召し上がりましたら、気散じに名曲喫茶へ出かけてみましょうよ?」
「まあ、これも。あらいやだわ、ここにも。・・・どうして、真ん中の下から、ぬっと出てくるのかしら」
「近ごろ流行りもんの名曲喫茶てえの、あたくし楽しみにしてたんです」
「あら、こちらのお写真にも! ・・・まあ、こっちにもお邪魔!」
「おやまあ、レンガ造りのこじゃれた喫茶のお店でございますねえ、お嬢様」
「シーーッ、こういうお店は、会話が禁止なのです、ばあや」
「ですけど、お嬢様、注文ぐらいはしませんと」
「・・・わたくしは、そうねえ、レモンのお紅茶でいいわ」
「じゃ、あたくしはコーシーにいたします。・・・ちょいと、ねえ!」
「シーーッ、いますぐに訊きに来てよ」
「ああ、気がついた気がついた。こっちよ、ちょいと、早くしてちょうだい」
「シーーッ、これだから、わたくし、ばあやと出歩くのはイヤClick!なのです」
「・・・ああ、ウェイターさん、お紅茶のレモンをひとつと、あたしはコーシーね」
「あ、それから、いまのが終わったら、ハスキルのケッヘル466をかけてくださらない。・・・ええ、昨年のスウォボダとウィンタートゥールのよ」
「・・・へっ? ・・・あれま。・・・おんや? いま、お嬢様、なんてえおっしゃいました?」
「いいの、ばあやが知らないことだから気にしないで、静かにしていておくれ」
「いまの兄さんと、符丁でお話されましてす」
「シーーッ、符丁じゃないわ」
「まあ、ハシキルのケッヘルって、どんなお飲み物でしょ。それとも、進駐軍のおタバコですか?」
「そのどちらでもありません、ばあや」
「・・・あらあら、まあまあ、意外なこと。お嬢様は、わりかし不良でございますねえ」
「ど、どうして、わたくしが不良なのです?」
「だって、見も知らない町中の兄さんと、あうんの呼吸でお話されたりして」
「見も知らない兄さんって、だからばあや、あの人はウェイターです!」
「嫌でございますよ、お嬢様、ばあやに隠しごとをなされては・・・。いつもお屋敷を抜け出されて、こっそりと、こういうお店にいらしってるんじゃございませんか」
「シーーッ、騒々しい、ばあや。ですから、そうではなくて、かけるレコードを注文しただけなの」
「シーーッ、ですけど、お嬢様、まるでツーってばカーの仲でございましたよ」
「シーーッ、ねえ、ばあや、よくお聞き。ここは、音楽を聴く喫茶店なのよ。そして、わたくしはウェイターに音楽の注文をしました。ウェイターは、演奏者と曲名を聞いただけで、どのレコードかがわかります。ですから、別に符丁でもなんでもないことよ」
「シーーッ、そうでございましたか。・・・まあ、こういうお店に、お嬢様はしょっちゅう出入りされてるんでございますねえ」
「で、ですから、ばあや、そうじゃなくてよ!」
「シーーッ、ここは会話禁止でございます、お嬢様」
「・・・も、もう、ばあやは、ああ言えばこう言うのだから!」
「シーーッ、あたくしのお役目としましては、お嬢様の行状は、いちおう奥様や旦那様のお耳に入れとかないといけませんです」
「ま、まあ、ばあや! いつから、わたくしの間諜におなりなの!?」
「ほ、ほら、ご覧なさい、ばあや、追い出されてしまったじゃないの!」
「まあ、愛想(あいそ)のひとつもない、ケチな店でございますねえ」
「もう、みんな、みーーんな、ばあやが悪いのです!!」
「・・・おや? ・・・どうしておクルマを、帰されっちまうんで?」
「わたくし、きょうは、お散歩をしながら、お家に帰ります」
「あれまあ、お珍しい。でも、学習院ならともかく、早稲田の下世話な学生街なんぞを歩かれるんでございますか? ・・・おや、お待ちください、お嬢様。・・・高田馬場駅から田島橋までは、お嬢様のお嫌いな闇市もありましてす」
「誰が、高田馬場駅から帰るなんて言いまして?」
「・・・おや、違うんで?」
「ここから、神田川を渡って椿山の藤田様の胸突坂を上がったら、細川様の幽霊坂を下りて、目白台の石本様の豊坂を上がったら小布施様の坂道を下りて、ついでに目白不動にもお参りをしてから学習院の血洗池へ下りて、昭和寮横の佐野様の急坂を上がったら目白の徳川様へお寄りして、近衛秀麿様の横を通って中村彝様のアトリエをまわってから、林泉園を通ってお家へ帰ります!」
「・・・ひ、ひぇ~~っ、お、お嬢様、めめ、目白と下落合の急坂めぐりでございますか!?」
「ついでに、西坂の徳川様へもお寄りして、翠ヶ丘は中谷様と津軽様の六天坂を下りてから見晴坂を上がって、焼け残った石橋様と宮本様の第二文化村をひととおり拝見してから、その向こうの先ごろ亡くなられた松本竣介様のアトリエを見せていただき、下へおりついでに金山平三様と刑部人様のお宅のご様子などをうかがい、それから聖母坂へもどって遠藤様と佐伯祐三様のアトリエを拝見してから、“ローリングピン”で進駐軍のPXよりも美味しいとお父様がおっしゃるチェリーパイをいただいたあと、河野様の久七坂を下りて“カフェ杏奴”裏の弁天様の道を通ったら、大嶌様の七曲坂を一気に駆け上がって、相馬様の坂を駆け下りてもよくてよ!」
「・・・ロ、ローリングピンだの、カフェ杏奴だなんぞと、ア、アタマがゆがんで、割れっちまいそうでございますよ、お嬢様!」
「そうだわ、途中で明治から宅に出入りを許しています、目白坂の関口パンまでもどって、お三時のおコーシーにしてもいいわね、ばあや!」
「そそ、そんな、殺生な! ちょ、ちょいと、お待ちください、お嬢様。ねえ、お嬢様ってば! ・・・ど、どうしましょ、お嬢様が、お嬢様がとうとうキレっちまったわ」
「関口の焼きたてフランスパンは、わたくしが子供のころからいつ頂いても、しゃらくせーてめーらー残らずたたーきってやるClick!ですもの。・・・ほら、ばあや、なにをおしなの、早くいらっしゃい!」
※掲載している写真は、本文にまったく関係ない場合もありますし、少しは関係している場合もあります。ちなみに、いまさらお断りするまでもありませんが、この物語はすべてフィクションです。
目白にWBCイチロウのサインボール届く!
トラストの私の心境~?しゃらくせい、叩ききってやるううううう~~~!
失礼しました♪ 気分を変えて~喫茶・・・目白の新名所紹介します。
目白駅近くのコーヒーショップ HAGI http://www.toshima.ne.jp/~kinosan/7shincyaku/mejiroiimise.htm
なんと! ★★WBCイチロウ選手のサインボールがNYから届いていました!
今は純白のボールです。握ってみました!きっと汚れてくるでしょうね~~
早めに行かなければ! お近くの方は是非見に行きましょう♪ カフェオレのミルクのあわあわが美味しいです。
御茶うけのお菓子持ち込みOKなので、女性に人気、不思議なお店です。
by hedawhig (2006-04-01 00:03)
hedawhigさん、こんにちは。
情報をありがとうございます。このライトの小路沿いのお店、わたしは実は昨日も、自由学園明日館へある方をご案内して、行ったり来たりしてました。靴屋さんもコーヒーショップも、三春堂さんの並びで普段もよく通ります。コーヒーショップは、今度のぞいてみます。
自由学園の桜も、おとめ山上の桜もいまが満開ですね。神田川両岸も、見事に咲きそろっています。屋敷森の大桜も、明日あたりが満開でしょうか。・・・残念ですね。
by ChinchikoPapa (2006-04-01 00:43)
このばあやがねえ。
お蕎麦をお嬢様と・・・。
とても楽しいですね♪
桜坂とかにも、やっぱり2人で
おでかけされるのかな。
それとも、無縁坂行ってから、
ばあやさんに、お付き合いするのかな。
『「へっへッくしょん」でございますよ。お嬢様。』
なんて、花粉症講義されたり・・・。
『今は、コカよりペプシなの?ばあや?』
なんてね。
やっぱり、とてもおもしろいですね。
素敵な話題をアリガトウ存じます。
by namie (2013-01-22 06:00)
namieさん、コメントをありがとうございます。
いえ、お粗末な拙小話で恐縮です。このふたりのことですから、東京の各地を散歩しているんじゃないかと思います。w
ここに登場しているシーンだけでも、旧・下落合全域をはじめ、上野、根津、日本橋、浅草、早稲田、どこかの寺、どこかのスキー場・・・と、いろいろな地域へ出没しているようです。^^
by ChinchikoPapa (2013-01-22 19:28)