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負け犬のシネマレビュー(13) 『ストロベリーショートケイクス』 [気になる映像]

抱きしめたい女の子たち
『ストロベリーショートケイクス』(矢崎仁司監督/2006年/日本)

 魚喃キリコの原作コミックを、友人の本棚に見つけたのは何年前だったか。強力に勧められて、読み終えた私はその日家に帰って、泣き伏した。 堰を切ったように、という表現が大げさでないほど、涙があとからあとから出てきた。
 そうだったのか・・・ものすごく仕事ができたXSサイズの彼女も、もしかしたら夜ごと便器に顔を突っ込んで吐いていたのかもしれない。群れる女の子に陰口たたかれていたあの子も、誕生日には寂しい思いをしていたのかもしれない。男になど興味なさそうなあの子だって、はしゃがないだけで彼氏がほしかったかもしれない。自信たっぷりに見えた彼女は、思いを寄せる男に好きなそぶりも見せられない内気な子だったのかも・・・報われない思いをしてきたのは自分だけじゃなかったんだ、という涙はほとんどもらい泣きだが、泣くだけ泣いたら、晴れ晴れと気持ちが軽くなった。そして、だから泣ける映画がウケるのか、と思った。 涙はストレスと同じ排泄物だ。たまには外に出してやらないと、身が持たない。
 
 宮台真司によれば、少女マンガは73年以前、清く正しく美しい少女に輝かしい未来が待っているという構図だったが、73年以降は美しくもなく聡明でもなく素直でもない内気な女の子が、でもこのままでいいんだと自己肯定をはじめ、77年になると両親の不和や不倫など、自分を取り巻く複雑で生きにくい現実をそれでもクサらず生きるための構えや知恵を磨くというスタイルになったとか。しかし少女マンガが変貌を遂げる一方、少年マンガの世界はあいかわらず。斉藤美奈子がアニメ、特撮、伝記のヒロイン像を論じた『紅一点論』の帯には「ナイチンゲール」は『ナウシカ』に、「キュリー夫人」は『セーラームーン』に、「ヘレン・ケラー」は『もののけ姫』に、とある。男から救いをもとめられるヒロイン自身はいったい何に、誰に救いをもとめるのか。
 90年代半ば、コギャルと呼ばれた街のスターも、いまや20代後半。高校生のころから他人からなめられないよう武装しつつ、友だちの痛いところを刺激しないやさしさを持つ反面、仲間以外は「関係ないよ」と背景のように割り切ってきた彼女たちの世代は、子ども時代にバブルをかいま見、その後のだらしない大人を目の当たりにもしている。努力すれば報われるなんて絵空事が通用しない世の中で、それでも結果を出すために働き、すべての仕事はサービス業だと身をもって感じている。でも努力は人間の本能。特に、男の子よりも根がまじめな女の子は、下っ端に競争させてなんぼの組織に組み込まれてしまう。そして、そういう子ほど、好きな男に痛々しいほど純情だ。
 
 この映画に出てくる4人のヒロインが素敵なのは、時どき投げやりになるところだ。報われない世の中で、ムダな努力をしているわけではない。ただ流されているわけでもない。見栄もあれば、意地もあり、下心もある。そこが彼女たちに健全な色気を感じさせるところ。友だちにしろ、好きな男にしろ、見栄や意地を張るのは仲間というテリトリーにあるからで、そういう身内的な者に対して一度弱みを見せると、あとはなしくずし的に甘えてしまうのを彼女たちは知っている。友だちだから、ほんとうに苦しいときこそ頼らない。頼れないのである。
 きっとこの子たちはほんとうにお金に困ったとき、友だちにはぜったい借金しないだろうなと思いながら観ていたら『嫌われ松子の一生』を思い出した。中谷美紀が演じたあの映画のヒロイン川尻松子が、いまこの時代に生きていたら“嫌われ”るどころか、映画の冒頭、ぎょっとするようないでたちで登場する池脇千鶴あたりと大の親友になれたかもしれない。
 
 原作者は、友人でもあるこの映画の監督、矢崎仁司に「暗い話を書いちゃったんです」と作品を送ったそうだが、暗くはない。狗飼恭子の脚本でいっそうせつなく、力強くなったリアルな物語だ。見栄張って、意地張って、へとへとに疲れて、気がつけばタバコのパックは3箱目、コーヒーは10杯目。ジャンクフードに胃を荒らし、アルコールに浸ったあげくの寝不足で、肌はぼろぼろ。それでもにこにこ笑って働いたことがあるひとなら、4人のうち誰かにどっぷり感情移入するはず。そして最後には4人全員を好きになるだろう。私は胸の大きな女が出てこないところも大好きだけど。
                                                                                    負け犬
『ストロベリーショートケイクス』公式サイトClick!
渋谷シネ・アミューズ/その他 9月23日(土)~ロードショウ


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