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『赤い鳥』にみる大正期の媒体広告。(1) [気になるエトセトラ]

 大正時代に、鈴木三重吉によって出版された『赤い鳥』の表4(裏表紙)が、ほとんど歯磨き広告Click!で占められていたことは前に書いた。では、本文中の広告にはどのようなものが掲載されていたのだろうか? 以前にも触れたが、『赤い鳥』の広告は読者である子供とともに、その親(特に母親)をターゲットにした広告表現が顕著だ。今回から、少しずつ『赤い鳥』に掲載された大正時代の広告を通して、大正期の人々の暮らしをシリーズとして眺めてみたい。
 まずは、「特に小児の為めに創られた」と肩書きされる「ホシ小児専門薬」。子供専用の薬品がまだ珍しかったらしく、症状によっていろいろなクスリが用意されている。ホシ小児胃腸薬・ホシ小児下痢止・ホシ小児下剤・ホシ小児浣腸・ホシ小児蟲下し・・・と、「いったい、うちの子にはどれを飲ませればいいのよ!?」と迷いそうだ。
  子供に
  一等
   のみよく
   よくきく
  クスリは
  ホシせうにやく
 コピーの終わりのセンテンス、縦に書かれているので「ホシせうにゃ~(欲しそうにゃ~)」と読んでしまい、おや最後はネコ語かい・・・と一瞬思ってしまった。いくら「のみよく」ても、浣腸を飲ませてしまう親はいないだろうけれど、子供が「お腹が痛~いっ」と訴えたとき、ホシ小児専門薬をすべて揃えていた親は、どれを飲ませたらいいのか迷っただろう。
 イラストの「小児」も微妙で、飛行機を見上げて喜んでいるのか、お腹が痛くて泣きわめきながら走りまわっているのか、はたまた間違ったクスリを親から与えられてしまい、庭先へ飛び出して苦しみもだえているのか、どうとでも解釈できそうな表情や動作をしている。特に、なにかをかきむしりそうな、右手の様子が痛々しい。
 ちょうどこのころから、薬品会社は病気の症状や患者の年代によって顧客を細かくセグメント化し、製造する薬品類を細分化、より「専門」商品化していったのだろう。

 次は、いまでもおなじみの「カルピス」の広告。これが、ちょっと信じられないほどものすごい。「アナタモ孫ト競争シテオノミナサイ」と、エヘラエヘラ笑っているおじさんの横で、老婆が石地蔵のようになってしまった孫をおぶりながらへたりこんでいる。いわく、「コノ子ニカルピスノマセナハルヨッテ急ニ大キウナッテワシニハヨウオブヱマヘン」。ヘラヘラ笑ってないで早く助けてやんなよ!・・・と反感をかう、いまではまずありえない広告表現だ。
 お婆さんは「ノマセナハル」と言っているので、ひょっとすると横のおじさんは大学を出て会社のオエライ重役にでもなった、自慢の息子なのかもしれない。それにしても、孫の様子が普通じゃない。こんな不気味な孫を背負わされるお婆さんもかわいそうだが、こんな小さなうちから糖分の摂りすぎで、不健康に肥満している孫も、さらに輪をかけてかわいそうだ。20歳にならないうちに、糖尿病になって生命を危うくするだろう。お婆さんも孫と「競争シテ」飲んだりしたら、1年もたたないうちに骨粗鬆症で腰骨を痛めそうだ。
 それにしても、手足の節々が曲がって、いまにもぶっ倒れそうな老婆に子守をさせているこの家庭。オエライ重役の連れ合いは姿が見えないけれど、下町へ観劇か日本橋三越へ買い物、それとも銀座へでも出かけているのだろうか? そう考えると、東京で事業に成功し、山手へ大きな家を構えた息子のところへ身を寄せている、大阪から出てきた肩身の狭い老母の心情が感じられて、哀れさを誘う妙にリアルなカルピス広告なのだ。

■写真:ともに1926年(大正15)の『赤い鳥』7月号に掲載された広告より。


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紹興五年

…なんだか不気味な広告もあるものですね。
ところで、中村彝は、晩年にカルピスを題材にした絵を描いていますが、中身の方は飲んでしまったのでしょうか。その時彝は、急に元気になる希望を抱いたのでしょうか。
カルピスには哀感がよく似合う?
わたくしは白いカルピスが結構好きですが、複雑な気持ちになりました。
by 紹興五年 (2006-10-04 20:13) 

ChinchikoPapa

こんばんは、紹興五年さん。
「カルピスの包み紙のある静物」の包装紙は、水玉模様が不ぞろいで色も淡く、現在のものとはずいぶん異なるデザインをしていますね。カルピスは誰かが差し入れしたのでしょうが、彝がひとりでみんな飲んだのでしょうか? 岡崎キイもけっこう、お相伴にあずかったような気がしないでもないですが・・・。
その昔、白いカルピスのほかにメロン味とかオレンジ味とか、美しい色をしたカルピスが発売されたとき、親はなかなか買ってくれませんでしたね。やっぱり、カルピスは白くなくちゃ“らしくない”と、親も思っていたのかもしれません。
by ChinchikoPapa (2006-10-04 23:36) 

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