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むかし聞いた足音が聞こえる。 [気になる下落合]

 

 今年の5月に、写真展にからめて「目白・下落合/歴史的建物のある散歩道」マップを作ったばかりなのに、わずか半年足らずのうちに、もうマップに掲載した美しい建物ふたつが消えてしまった。来年になると、またマップの建物のいくつかが消滅していくのだろう。しかたがないと言えばそれまでなのだが、下落合の街並みや景観のテーマとともに、どうしても“もったいない”と感じてしまう。せめて、新宿区による中村彝アトリエの保存がうまくいくよう、ひたすら願うばかりだ。(保存への動きは区長選のあとになるのかな?)

 最近、消えてしまった建物の中で、特に惜しくてたまらないのが目白福音教会・メーヤー館と、マップの西外れになるけれど洋画家・刑部人邸+アトリエのふたつ。もし、マップの旧・下落合4丁目~葛ヶ谷(中井2丁目~西落合)版を作るとすれば、刑部人邸は真っ先におうかがいするべきはずの建築だった。刑部邸は、『日本の洋館・第6巻』(講談社)の表紙を飾るほど、美しい邸宅だった。B29による山手空襲を受けていないこの一帯の街並みは、昔日の下落合の面影をいまだ残している。現在、その跡地を訪ねると、急峻なバッケ(目白崖線)のありのままの姿を目にすることができる。
 洋画家・金山平三Click!が、アビラ村Click!と名づけたこのあたりの南斜面は、その多くの敷地が島津家の所有地だった。四ノ坂をはさんで、刑部邸に隣接する林芙美子邸も1940年(昭和15)ごろ、島津家から自宅建設用の土地を購入している。刑部人邸も、「下落合事情明細図」(1926年・大正15)を見ると、もともとは島津家の運動場(テニスコート)だったらしい。もうひとつ、丘上の島津邸の北側にも運動場(グラウンド)があったようだ。島津家は、東京土地による地域の整備造成計画にも深くかかわっただろうし、この界隈でさまざまな地域貢献を行っている。急峻なバッケ状の四ノ坂に、階段を設置したのも島津家なら、当時、橋がきわめて少なかった妙正寺川の、寺斉橋の西側へ新たに橋を架けたのも同家の寄付による。
 これは下町でも同様に言えることなのだけれど、地主が同じ地域に住んでいると、“分限者(ぶげんしゃ)”としてその地域全体の発展や環境保全につとめるのがならいだった。借地の上に自宅を建てるのが当たりまえだった当時、地主はことさらよけいに地元の街全体へ責任を負う立場にあったのだろう。たとえ土地を一部切り売りしたとしても、当の地主が同じ地域に住みつづける限りは売りっぱなしではなく、あとあとまでなにかと面倒をみつづけるのが“分限者”のモラルのようにも言われていた。だから、街並みを根底から台無しにするような計画や、ことさら環境を大きく変えてしまうような無謀な開発がかろうじて食いとめられていたのだ。国による半ば強制的な開発(という名の破壊)が行われ、地域への責任感を持った地主たちが大勢、乃手方面に追われた東京オリンピック(1964年)前後から、下町の地域(コミュニティ)破壊はとどまるところを知らない。
 
 昨今、東京で同じ地域に地主が住んでいるケースは、きわめてまれだ。例外的なのは、近隣の寺社が所有する住宅敷地ぐらいだろうか? 少し広めの土地は、その地元とは縁もゆかりもない不動産屋や建設会社が“地主”となり、その土地を「どうしようがオレたちの勝手。あとは野となれ山となれClick!」状態がつづいている。あとあとまで自分も住みつづけなければならない、同じ地域に根を張った地主なら、うしろ指さされそうな“町殺し”(小林信彦)のような選択は、文字どおり沽券(土地売渡証文)にかかわるようなことは、決してしなかったはずだ。
 固有の由緒ある土地柄を単なる「地面」としてしか見られず、その上にある森や池や歴史的な建造物を「邪魔なもの」としてしか認識できず、地名を住所表記のための単なる「記号」としてしか受けとめられない人々が、街辻のあちこちをわがもの顔で徘徊しはじめたとき、下町に遅れること40年、山手の“町殺し”が本格化するのだろう。日本橋一帯で聞こえていたその足音Click!が、このところ目白・下落合界隈でもはっきり聞こえている。

■写真上は、メーヤー館跡の廃墟。は、マップにも掲載させていただいたC邸跡。
■写真中:マップから消えてしまった、ふたつの近代建築。メーヤー館の移築は、残念しごくだ。
■写真下は、洋画家・刑部人邸の跡地。ほどなくマンションの建設が予定されている。は、同跡地の北側。昔日のバッケの姿を髣髴とさせる、急峻な雑木林の斜面を見ることができる。


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ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2013-01-10 11:16) 

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