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1年半越しに手こずった『下落合風景』。 [気になる下落合]

 
 『下落合風景』シリーズの中で、いちばん描画ポイントの特定に手こずり、もっとも時間がかかったのがこの作品。(「くの字カーブの道」除く/爆!) 一昨年の暮れ以来、どの場所を描いたものか探しつづけてきた。どこにでもありそうな、一般の住宅と道を描いている作品なのだけれど、特徴がほとんどなくて場所を絞りこめなかったのだ。手前の2棟つづきの家は日本家屋、右手奥の家は洋風に見える。左手の日本家屋は、目白駅寄りの一帯や文化村に建っていたような大きな家には見えない。
 画面をよく観察すると、広めの道を歩いている女性と思われる右側の人物がスカートをはいているようなので、着物姿ではなく洋装の女性が目立った、大正末の目白文化村周辺を描いたような気がした。道がやや右へカーブしているように見え、建っている家々の向こう側になにも見えず、道路からやや下がり気味のようにも感じる。ひょっとすると、山手通りあるいは十三間通り(新目白通り)の下になってしまった道で、わたしは一度もそこに立ったことがなく、実際に歩いたことがないのではないかとも考えた。だから、既視感がまったく湧いてこなかったのだろうか? ところがさにあらず、しょっちゅう散策しながら通っている道だったのだ。

 下落合を山手線から城北学園(目白学園)の周辺まで、空中写真と地図とをためつすがめつ眺め、延々と探しつづけた結果、ようやくそれらしい場所を1ヶ所見つけることができた。家々の姿がハッキリ写る米軍の空中写真のみでは、絶対に見つからなかっただろう。なぜなら、画面の奧に描かれている洋風の家は戦前すでに建てかえられ、手前2軒の日本家屋は1945年(昭和20)4月13日夜半の空襲Click!で跡形もなく焼けてしまったからだ。1年かかってようやく探し当てたのは、またしてもアビラ村Click!の尾根沿いに通るいつもの道筋、つまり第二文化村の南端に接する三間道路(5.5m道路)だった。
 
 手前の日本家屋と奧の洋風住宅との間には、細い道筋が通っているはずだが、この描画位置からだとよくわからない。また、道もわずかに右カーブしているポイントに佐伯はイーゼルを立てている。この三間道路をそのまま進むと、すぐ右手に洋画家・宮本恒平Click!の大きな西洋館+アトリエが、さらに進むとやはり右手に第二文化村のテニスコートClick!が出現する。そして、その先は「アビラ村の道」Click!の描画ポイントへとたどり着く。画面の女性はテニスコートの方角から、つまりアビラ村方面から第二文化村へと歩いてきたところだ。また、道路左側の小路を左折すると、ほどなく1930年協会へ参加した川口軌外のアトリエへと出る。もっとも、川口がここへアトリエを建てたのは1932年(昭和7)ごろなので、佐伯がこの作品を描いていたときには存在していない。
 
 佐伯がこの位置から、右側へ目を向けて第二文化村を描いていたとしたら、大きな屋敷が手前から奧へと道沿いに5~6棟は建ち並ぶ壮観な眺めだったはずなのだけれど、彼はあえて日本ばなれしたそのような風景をモチーフにしていない。当時は樹木も大きく成長してはおらず、大正期としては非常に異形な建物群がはっきりと見えただろう。佐伯の視線は、ここでもはっきりとした意図を含んでいるのがわかる。つまり、佐伯は当時の“下落合らしい”大きな西洋館群を明らかに避け、ありきたりな、またしても普通の家屋が並ぶ風情を選んで描いているのだ。
 描画ポイントを見つけたとき、わたしはすぐに「制作メモ」Click!のサブタイトルを思い出した。1926年(大正15)9月29日に描かれた、20号の「文化村前通り」だ。画面の天候は薄曇りに見えるが、当日の気象庁の記録では「晴天」となっている。でも、当時の記録は今日の局地的なピンポイントで観測した気象ではないので、下落合の上空には雲がかかっていたのかもしれない。女性の服装にも、季節的な違和感はない。
 
 同日の作品に「切割」(20号)のタイトルが見えるが、佐伯はこの道をアビラ村までたどり、南へ左折して二ノ坂のカーブClick!でも描いたものだろうか? では、この作品を描画ポイントマップClick!に加えてみよう。

■写真上は、佐伯祐三『下落合風景』(1926年・大正15)。おそらく、9月29日の「文化村前通り」ではないかと思われる。は、現在の同所で、右カーブもわずかだが残っているのがわかる。
■写真中上は、1936年(昭和11)の空中写真。は、三間道路の描画位置あたりを拡大。
■写真中下は、1926年(大正15)の「下落合事情明細図」。は、1947年(昭和22)の空中写真。洋風の建物は建てかえられ、手前の2軒は文化村空襲で焼けている。
■写真下は、道路の右手の現状。は、左手を入ったところにある川口軌外アトリエ。


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ChinchikoPapa

takagakiさん、たびたびnice!をいただき恐縮です。
ありがとうございました。<(__)>
by ChinchikoPapa (2007-04-05 00:00) 

pinkich

佐伯が描いた特徴のない風景から描画ポイントを特定するのは大変な作業ですね!描かれたくの字型の道路と現在の道路の角度がぴたり一致しています。佐伯祐三への愛情がなければ1年以上かけて描画ポイントを探すことなどできませんね!
by pinkich (2015-04-25 17:23) 

ChinchikoPapa

むかしの記事にまで、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2015-04-25 19:35) 

ChinchikoPapa

pinkichさん、こちらにもコメントをありがとうございます。
この画面の情景は、非常に手こずったもののひとつです。ほとんど、下落合の全域と、上落合の方面までシラミつぶしに検討した憶えがありますね。佐伯の作品には、わざわざ調べなくてもわたし自身に既視感のある風景もあれば、70年代にはすでに風景が激変していて、じっくり検討しないとすぐにはわからないものがありますが、これは後者の例ですね。
by ChinchikoPapa (2015-04-25 19:42) 

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