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戦前の下落合における揚水設備。 [気になる下落合]

 目白文化村の水道は、「水道」と名前がついていても、基本的には下落合の豊富な地下水脈から水をくみ上げる方式だった。ポンプで地下水をくみ上げ、それを村内に設置された大きな水道タンクに貯えて、落差圧によって配水する。あるいは、圧力が足りなければ、配水ポンプも併用していたかもしれない。貯水池からとどく本格的な上水道が、下落合一帯に引かれるのは荒玉水道Click!の完成を待たなければならなかった。
 では、地下水による水道網が張られていた目白文化村以外のエリアでは、どのようなしくみが採用されていたのだろう? 水道がなければ、もちろん井戸水を使うわけだけれど、家事や仕事をするのにいちいち手動で井戸水をくみ上げていたのでは、毎日がたまったものではない。東京市街の水道とまったく同様に、蛇口をひねれば水が出る便利な生活をめざしたに違いない。以前、1925年(大正14)に作成された下落合の「大日本職業別明細図」(商工地図)をご紹介Click!したが、その中に、この界隈で営業している「ポンプ商」の所在が目についた。この「ポンプ商」こそが、いま風に言えば「水道屋」だったのだ。
 「ポンプ商」といっても、単にポンプの機器を売っているだけではない。「自動揚水装置」といって、井戸掘りからパイプの敷設、水道タンクの設置、家屋新築/改築時の設計参加など、手動の井戸とはまったく異なる給水設備全般を提供していた。手動のポンプで間に合うような浅い井戸ではなく、もっと本格的な深層地下水による家庭配水システムをめざしていたのだ。井戸の水をくみ上げているという仕組みさえ意識させず、蛇口をひねれば水が出る水道と、まったく同じ使用感の設備だった。
 
 当時の様子を、「商工地図」の出版と同時期、1925年(大正14)発行の『主婦之友』に掲載された、ポンプ会社とのタイアップ広告記事から引用してみよう。
  
 では完全な井戸はと言ひますと、深さは少くとも二十五尺から三十尺くらゐで、水量の豊富な、清く美しく爽快な味で、臭ひのない水が湧き出すものでなければなりません。ところが一方かうした条件をつけてみますと、或は井戸が遠すぎたり、深すぎて手押ポンプでは重すぎたりして、やはり思ふやうにはまゐりません。ここに最近これらの欠点を除いて、普通の水道のやうにカランを捻りさへすれば、自動的にいつでも水が出るやう、自然と水を蓄へておく自動湧水設備なるものが考案されたのであります。
  
 そして、記事の中では、以下の11項目にわたる揚水設備のメリットを挙げている。
  ①衛生的で、流行病などから完全にのがれ得ること。
  ②自分の好む水を沢山引くことができる。
  ③夏は冷たく、冬は暖(ママ)い水が使へる。
  ④濁つた水が出たり、断水したりすることがない。
  ⑤取扱は普通の水道と変りがない。
  ⑥工事が全く自由で、一寸した設備で噴水、撒水、消火用などに使へること。
  ⑦価格の低廉なること。
  ⑧形の小さく危険のないこと。
  ⑨馬力の割合に水の沢山でること。
  ⑩維持費の少いこと。
  ⑪知識のないものにも、自由に取扱ひができること。
 ポンプで地下水をくみ上げたあと、一度小型の水道タンクへと貯水し、そこから落差圧力により各部屋のカランまで給水するという方式だ。水道タンクを使うのであれば、数戸まとめて給水する設備もあっただろう。これが、当時の一般的な設備だった。
 
 さらに、この時期には最先端の技術として、水を使うとポンプが自動的に作動し、止めると自然に作動をやめるというような、オートマチックポンプまで登場している。これは、東京市芝区にあった「小林捨次郎商店」が1924年(大正13)に開発し、特許を取得した先進のオートポンプだった。しかも、この製品は貯水タンクを必要とせず、ポンプからくみ上げたばかりの水をそのまま給水できる、圧力配水機能を装備しているのが特徴だった。
 目白文化村に設置された配水用の揚水ポンプは、このような家庭用の小さなものではなく、建屋を必要とするほどの巨大なものだった。だから、モーター音も大きかったとみられ、近くの家々にも水をくみ上げる音が響いていたのかもしれない。当時はモーター音の小ささも、家庭用揚水ポンプを導入する際の大きな関心事だった。

■写真上:戦前までは一般的だった、井戸端のベルト式揚水ポンプ。下落合のお宅にて。
■写真中は、貯水タンクを設置する一般的な揚水設備。は、タンクの必要がない屋内設置の「オートポンプ」。タンクの水量を気にせず、水を大量に使う風呂場などには最適な設備だった。
■写真下は、当時の一般的なロータリーポンプ。は、小林商店が発明した「オートポンプ」。


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ハナボッチ

ご無沙汰しております。井戸水ですか。懐かしい!私の昔の家も井戸水生活でした。庭には旧式(?)な手押しポンプがあり、ガコガコ動かすとタイミングを遅らせて水がドバッ、と出てくるのが子供心に楽しかったのを思い出します。お水そのものは、ご指摘どおり夏は冷たく、冬暖かく、甘露な味がした(ちょっと美化しすぎですかね)思い出があります。まぁ、母は「今考えると何が混ざってたか恐ろしい・・・」と苦笑していますが。
by ハナボッチ (2007-07-20 13:02) 

ChinchikoPapa

ハナボッチさん、こちらこそご無沙汰です。相変わらず忙しそうですね。
ハナボッチさんの家あたりですと、きっと御留山つながりの豊富な水脈で、清廉な井戸水が汲めたのではないかと想像します。御留山の泉の水は、確かに甘露ですね。・・・って、あまり飲みすぎると、いまや身体を壊しそうですが。(汗) おとめ山公園が拡張されれば、もう少し湧水の水量が回復するでしょうか。
下落合の井戸水は、1970年代前半ぐらいまでは、衛生的にもそれほど危ない状態ではなかったんじゃないでしょうか。
by ChinchikoPapa (2007-07-20 18:00) 

ChinchikoPapa

takagakiさん、ありがとうございました。<(__)>
by ChinchikoPapa (2007-07-20 18:01) 

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