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どこまでも「御留」にまつわる下落合。 [気になる下落合]

 江戸時代に、将軍家の鷹狩り場だった下落合の「御留山」Click!について書き、大江戸(おえど)の大規模な水道網の東半分を支えた、御留山の前を流れる神田上水の「御留川」Click!についても書いたので、もうひとつ「御留魚」についても書かなければならない。御留魚というのは、冬から春にかけての時期が漁の最盛期にあたる、大川(隅田川)の「白魚(シラウオ)」のことだ。
 「月も朧(おぼろ)に白魚の~ 篝(かがり)も霞む春の宵~」で有名な、三人吉佐巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)の「大川端庚申塚の場」Click!だが、これは佃島Click!の漁師たちが舟を出して、大川で白魚漁をしている情景を渡りゼリフにしたもの。この白魚は、佃の漁師たちが家康へ恩返しの献上をするようになってから、御留魚に指定されて禁漁となった。つまり、幕府へ献上するぶんだけ佃島からの出漁は許されるが、一般の漁師は獲ってはいけない魚となったのだ。でも、この御留魚の取り決めは家康一代限りで、二代・秀忠以降も将軍家へ献上されてはいたものの自由に捕獲が許されて、町の魚河岸にも水揚げされるようになる。
 なぜ、佃島の漁師たちが家康に恩義を感じていたのかといえば、以前にもここで触れたClick!ように、大坂(阪)は佃村の漁師を江戸へと招き、大川の中洲のひとつを埋め立てて佃島として住まわせてくれたからだ。魚河岸の旧家に伝わった古文書に、その由来書きが残っている。
  
 天正年中恐れながら東照宮様御上洛遊ばされ候砌、多田の御廟並に住吉明神へ御参詣の節、同所神崎川渡場に船御座なく、安藤対馬守様御下知にて佃村孫右衛門へ仰付けられ、即ち同人支配の漁船を以て、神君を始め奉り、御供の多勢御渡申候。 (中略)天正十八年、大坂より関東へ森孫右衛門一族六人を召連れ罷下し候。江戸着、安藤対馬守様へ届出候処、御屋敷に休息仰せ付られ、対州様より申上候処、神君、森孫右衛門一族無事着の儀御満足に思召、即ち対馬守様を以て御本丸御菜御用相勤め申すべき旨仰付けられ候に付、孫右衛門頭取仰付られ、又々支配の漁師三十余人罷り下し、暫く対州様御屋敷に罷在、専ら漁業に従事致し候事、その節、海浜の近き小島を借地し、漁業を開設候事。
  
 
 住吉明神へ参詣するところ、舟がなかったので地元の漁師に借りたぐらいでは、これほど手厚くもてなしはしないだろう。おそらく、本能寺の変の直後、大坂にいた家康は佃島の漁師たちに助けられて、無事に窮地を脱することができたのではないか。だから、家康は幕府を開くと同時に、佃村の漁師たちをわざわざ江戸へ招いて恩返しをしたはずなのだけれど、家康の死後も、移住先の佃島から幕府へ御留魚を献上しつづけたのには、どうやら別の理由がありそうだ。そこに、漁場の利権をめぐる、地元の江戸漁師仲間との間に軋轢があったからではないか。
 佃村から移住した当時、漁師たちは家康からどこで漁をしても「御免かまひなし」の一札をもらっていた。だから、東照宮様の御威光が末代までつづくよう、幕府にそれを忘れさせないためにも、御留魚の献上をつづけることでクギを刺していたのではないか。事実、江戸期も時代を下るにつれて、佃島漁師と江戸湾の漁師仲間との間で訴訟沙汰が急増し、幕府は判決をめぐって苦慮することになる。上記の魚河岸文書の中に、安藤対馬守の名前が見える。もちろん、下落合の御留山近く、鼠山に下屋敷をかまえ、一時期は但馬守を受領していた安藤家Click!のことだ。めぐりめぐって、御留魚と目白・下落合界隈との因縁はつづく。

 明治維新ののち、千代田城にやってきた天皇に白魚を献上したところ、あっさりと断られた佃島の漁師たちは(ただし、大正期には受け取ってもらえたようだ)、とうに江戸っ子化してただろうから「おとつい来やがれてんだ」と皮肉たっぷりに、これまでどおり徳川家への白魚献上をつづけることにした。つまり、大正から昭和初期にかけて、下落合と目白に大垣と尾張の徳川家が相次いで引っ越してくるが、大川で白魚が獲れた大正末のころまで、徳川家には佃島から御留魚が相変わらずとどけられていたようなのだ。
 こうして、御留山に御留川、やがては御留魚までがそろってしまう目白・下落合界隈。御留魚がいるなら御留鳥だっているでしょう・・・ということになるのだが、それはまた、別の物語。

■写真上:たそがれの大川。釣船の灯りは見るものの、漁船の漁火はわたしも見たことがない。
■写真中は、安藤広重の『名所江戸百景』Click!第4景「永代橋佃しま」(1857年・安政4)。永代橋Click!のたもとに白魚漁の漁り火が見える。は、永代橋Click!から眺めた石川島・佃島方面。
■写真下:白魚(シラウオ)はサケ目なのだそうだ。WEB魚図鑑Click!で初めて知った。


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ChinchikoPapa

いつもnice!を、ありがとうございます。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2007-09-08 20:02) 

ChinchikoPapa

Qちゃんさん、いつもありがとうございます。
by ChinchikoPapa (2007-09-08 23:38) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。
>一真さん
>sigさん
>飛騨の忍者 ぼぼ影さん
>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2010-09-25 22:08) 

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