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森山カルテットの板橋文夫が好きだ。 [気になる音]

 日本人が演るJAZZの中で、わたしが好きな作品はそれほど多いとはいえないけれど、学生時代から変わらずに聴きつづけているのがこの1枚。1977年に新宿PIT INNで行われた、森山威男カルテットによる『FLUSH UP』だ。とうに擦り切れ、すでに処分してしまったLPは翌78年早々にプレスされ、わたしはさっそく購入している。CDはずっと遅れて、1991年の春にようやく発売された。
 このアルバムが気に入っているのは、どこか土臭い演奏をする板橋文夫(p)が、昔から好きだったせいだろう。77年の春、森山カルテットがPIT INNに出演したとき、わたしはライブを聴きに出かけているはずだが、いろいろなライブに顔を出していたせいか記憶が曖昧だ。どうやら、このアルバムの録音日ではなかったような気がする。同様に、板橋文夫トリオのライブにも頻繁に出かけていた。森山威男(ds)が山下洋輔トリオを抜けたのは、カルテットが結成される少し前だったように思う。そして、このコンボの音楽ディレクターとして迎えられたのが、ピアニストの板橋文夫だった。
 それまで、森山威男といえば山下洋輔トリオのドラマーの印象が強く、なによりも全学バリスト封鎖中の早大法学部4号館で、1969年夏に行われた『DANCING古事記』ライブのイメージが強烈だった。すでに伝説化しているこのライブは、当時ゲバルトで対立していた各セクトのお兄ちゃんやお姉ちゃんたちが、コンサートの間だけ観客席で一緒に並んで演奏を聴いていたという、ちょっと信じられないようなエピソードを早稲田に残している。もちろん、わたしの知らない時代のこと。
 
 板橋のピアノは、興が乗るとうなり声とともにピアノ線を切るほどの凄まじいドライブをするのが有名で、PIT INNでのライブには必ず調律師が呼ばれていた。そのハードな面ばかりがクローズアップされがちなのだけれど、これが同一人物の演奏かと思うような、繊細できめ細やかな弾き方をすることもできた。まるで、コルトレーンClick!の“静”と“動”を思わせるような起伏。当時のスタイルは抜群のテクニックを基盤に、1969~72年ぐらいまでのマッコイ・タイナー(p)の影響が顕著だったように思うが、歌伴やリズムセクションでのバッキングには1968~69年ぐらいのチック・コリア(p)の影がチラリと見え隠れしたりもした。でも、それは演奏のほんの部分的なものにすぎず、総体的には板橋ならではのモードJAZZスタイルをすでに確立していたように思う。その演奏の魅力に取り憑かれたわたしは、森山カルテットや板橋トリオを聴きに通いつづけた。
 それから時代がすぎ、わたしは仕事が忙しくてライブハウス通いどころではなくなったころ、板橋は『WATARASE(渡良瀬)』というアルバムを出した。栃木県の渡良瀬出身の彼は、北関東の広大な平野を流れる渡良瀬川を観ながら育ったのだろう。さっそく聴いてみたところ、またしても板橋のピアノに魅了され「WATARASEコンサート」へ通ったりした。そして、1990年の暮れ、森山カルテットが名古屋のライブハウスLovelyへ出演した際、「WATARASE」が演奏されることになる。こちらも、さっそくわたしの愛聴盤の1枚となった。
 
 板橋文夫については、面白い想い出がある。80年代の前半、わたしの周囲ではめずらしかった、お茶の水に通う友人の女学生がピアノを習っていた。クラシックを習っていたので、あまり気にもとめなかったのだけれど、なにかの機会に教師の名前が出て、わたしは愕然としてしまった。彼女にピアノを教えていたのが、PIT INNでうなり声をあげながらピアノ線をよく切っていた板橋文夫なのだ。JAZZのみでは食えないから、どうやら昼間はピアノ教師をつづけていたらしい。
 確かに、クラシックの曲は弾きこなせてあたりまえ、それプラスアルファの音楽的才能とオリジナル表現力とテクニックと体力とが、JAZZには求められる。板橋はクラシックピアノを彼女に教えることで、夜への指ならしとテクニックのおさらいを、日々つづけていたのかもしれない。

■写真上:『FLUSH UP』(UNION JAZZ/TECP-18775)。森山威男(ds)、板橋文夫(p)、望月英明(b)、高橋知己(ss)の演奏で、18分間にわたるタイトル曲の板橋と高橋のモード演奏は壮絶だ。
■写真中は、「WATARASE」が収録されている『Live at LOVELY』(disk union/DIW-820)。森山(ds)、板橋(p)、望月(b)に加え、サックスに井上叔彦(ts)が参加している。同時に収録された、同じく板橋作曲の「GOOD BYE」も好きな曲。は、ライブハウスで演奏中の板橋文夫。
■写真下は、学生時代に知人へ頼んでダビングしてもらった、「DANSING古事記」コンサートのテープ。は、CD版の『DANSING古事記』(disk union /DANC-3)。山下洋輔(p)、森山威男(ds)、中村誠一(sax)で、このコンサートをプロデュースした麿赤児や立松和平の名前も見える。


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ChinchikoPapa

ご評価いただき、ありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2007-10-18 23:11) 

ChinchikoPapa

takagakiさん、たくさんのnice!をありがとうございました。<(_ _)>
by ChinchikoPapa (2007-10-20 16:15) 

sig

Chinchiko Papaさんはジャズにも詳しいので、すごいな、と思います。
学生時代にいろいろとたくさん、いい経験をなさいましたね。そして蓄積されたものが小説やこのブログに結実しているのですね。すばらしいです。

by sig (2008-06-02 19:18) 

ChinchikoPapa

sigさん、コメントをありがとうございます。
あまりにも過分すぎるお言葉です。JAZZは好きで聴いてますので、まったく系統だった知識があるわけではありません。(大汗) 気に入ったジャンルの好きな演奏家だけの、つまみ食いもいいところです。
学生時代は、ただただ働いていた・・・という印象しかありません。(^^; 近くに住む両親から、ひとり暮らしをするなら学費や生活費はみんななんとかしろよ・・・と言われましたので、アルバイトをしまくっていました。勉強している時間より、おそらくいろいろなアルバイトに精を出していた時間のほうが、間違いなく長かったですね。ほかの学部の授業へ目移りして講義を聞きに出かけたりと、おかげで留年をしてしまい、最後まで可否のわからない単位ギリギリの卒業でした。
by ChinchikoPapa (2008-06-02 20:02) 

ChinchikoPapa

昔の記事にまで、nice!をありがとうございました。>lequicheさん
by ChinchikoPapa (2015-01-07 15:52) 

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