松下春雄の「下落合風景」は悩ましい。(7) [気になる下落合]
①
蔵が描かれたこの作品も、目白文化村Click!でないことは確かだが、下落合のどこの情景かは不明だ。1925年(大正14)に制作された、松下春雄Click!の『下落合風景』(①)。どこかの原っぱから、西陽を受けた住宅地を描いたように見えるが、カラー画像ではないのでハッキリしない。陽の射し方からみて、右手の後方が南だろうか? ちなみに、描かれた蔵は下落合に現存している土蔵建築の、いずれともデザインが一致しない。当時としては、ごく一般的な蔵の姿だったろう。
つづいて、同年に描かれた『雪の日』(②)。この水彩画にいたっては、油絵の下描きか習作のようで、まったく場所の見当がつかない。なんとなく、左手が少し高くなっているように見えるので、右側が谷間、あるいは崖線の斜面に面しているのだろうか? 冬枯れした樹木がたくさん描かれているので、住宅が建ち並ぶ前のどこかの谷戸か、あるいは雪の斜面をとらえたのかもしれない。
②
松下春雄や里見勝蔵Click!は、早くから『下落合風景』というタイトルを作品に採用しているけれど、佐伯祐三Click!の場合は、アトリエ周辺を描いた作品群へ、案外そのようなタイトルをつけてはいない。佐伯のご近所風景シリーズClick!が、『下落合風景』と総称して呼ばれるようになったのは、おもに佐伯の死後からだ。もっとも、佐伯自身が生前から、一連の作品群をそう呼称していた可能性も否定できないのだが・・・。
次に、1927年(昭和2)ごろに制作された松下の『風景』(③)。手前にゴミ焼却場のような煙突が、ポツンと描かれ煙が出ているその向こう側、斜面の中腹と思われるあたりに、巨大な西洋館が描かれている。その姿は、まるで現在の東京駅中央口の建築デザインのようだ。しかも、ヨーロッパの城郭に見られるような尖塔までが付属している。おそらく、レンガ造りの建物なのだろう。松下の描画位置も、やや高めとなっている。
③
こんな不思議な建物が下落合にあったことを、わたしは残念ながら知らない。目白文化村の、いずれかのエリアにあった西洋館には見えない。周囲の情景から、同年の目白駅寄りのエリアでもなさそうだ。旧・下落合の西部、アビラ村Click!のどこかの景観だろうか? 建物の意匠からして、大正期のモダニズム建築ではなく、もう少し古い明治期の匂いがする。一時期、同年に開園した豊島園の“古城レストラン”を疑ったけれど、まったく異なる姿だったことが判明した。これだけの建物なので、早々に地元の記憶から消えてしまう存在ではないだろう。もしご存じの方がいらしたら、ぜひコメントをお寄せいただきたいと思う。
松下シリーズの最後の作品は、1927年(昭和2)に制作された『風景』(④)。一見すると、目白崖線の斜面から眺めた情景だろうか? 煙突が2本突き出ているのは、崖下にあるなにかの工場のように見える。崖線に湾曲しながら入りこんだ大きな谷間のようにも見えるし、また崖線斜面から上落合方面を眺めた景色のようにも見えるが、光線の具合からすると左手前が南だろうか?
④
大正末から昭和初期にかけ、松下春雄が描いた下落合の風景を次々に観てくると、描画位置のわかりにくさについて、ひとつの共通項が見えてくる。それは、風景の中に道筋をハッキリ描いた作品が少ないことだ。建物の形状や周辺の風情が変わっても、道筋のかたちや傾斜はいまでも変らないことが多い。だから、どこを描いたのかを探る大きなヒントになるのだ。ところが、松下は風景の中に道をあまり取り入れて描いてはいない。あえて、道筋の見えない位置にイーゼルをすえているような感さえある。だから、水彩画の表現とあいまって風景全体が曖昧化し、とりとめのないように見えてしまう。当時、下落合のどこにでもありそうな風景に思えてしまうのだろう。
もっとも、「これは下落合のどこだ?」などと80年後にせんさくされることなど、松下には思いもよらなかったにちがいない。「下落合なんて意識せず、作品として観賞したまえ!」、そんな声がどこからか聞こえてきそうな気もする。各作品を、カラーで観られないのが残念だ。
■写真上:左は、1925年(大正14)の松下春雄『下落合風景』。蔵がとても特徴的な作品だが、目白・落合界隈は蔵がとても多い。右は、目白の蔵。二眼レフの画面はやわらかく、撮影は赤刎千久子氏。目白・下落合界隈の写真絵はがきを、カフェ杏奴さんClick!にて販売中。
■写真中上:左は、1925年(大正14)に描かれた『雪の日』。右は、雪の目白崖線。
■写真中下:左は、1926年(昭和2)ごろに制作された『風景』。右は、東京駅の中央改札。
■写真下:左は、1927年(昭和2)の『風景』。右は、目白崖線に見られるバッケ状の地形。
パパさんはモノクロームの図版でもとても細やかに検証されてるので
もしやパパさんにはカラー写真に見えてるのではないかと
いつも思ってしまいます(笑)。
ポストカード、ご紹介いただきありがとうございました☆
この蔵を写真に収めたときは、
よもや取り壊される日が来るとは思ってなかったので
今となっては貴重な写真ですかねぇ…?
by 千久子 (2008-01-26 19:33)
千久子さん、コメントをありがとうございます。
佐伯作品は、モノクロ画像を眺めていても、なんとなく色が想定できるような感覚になってきましたけれど、松下春雄はさっぱり。(笑) 数を観てないし、水彩のせいもあるのかもしれないけれど、作品ごとにぜんぜん違ったタッチに感じられて、よくわからないというのが正直なところです。
今度、「蔵」特集でもやってみましょうか。目白駅付近から中井御霊神社あたりまで、旧・下落合にはまだけっこう蔵がそこかしこに残っていますね。突然、なくなってしまう前に・・・。
by ChinchikoPapa (2008-01-27 00:04)
Krauseさん、nice!をありがとうございました。
by ChinchikoPapa (2008-01-27 00:05)
うちにも茶道具一式があるはずなのですが、“お薄”はめったに立てませんねえ。
nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2008-01-27 00:09)
きょうは裏丹沢のほうを歩いてきたのですが、薄雪でも震え上がりました。
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2008-01-27 00:12)