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バッケ出土の古墳刀を細見する。(中) [気になる下落合]

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 以前にも書いたClick!けれど、現在の刀剣史は戦前とは異なり、もっとも初期の日本刀、すなわち独特のかたちをした湾刀の祖型は、岩手県の平泉または一関付近にあったとみられる舞草(もぐさ)鍛冶、あるいは山形県の月山周辺に在住した初期月山鍛冶と想定されている。いずれにしても、東北地方が日本刀の故郷だった可能性が非常に高い。世界に類例のない日本ならではの刀剣技術が、中国大陸や朝鮮半島の文化的な影響からある程度距離をおく、そしてヤマト朝廷からは“まつろわぬもの”と一貫して蔑称で呼ばれた東日本の地域で誕生し、やがて完成されていくのは、海外文化の直輸入、あるいは植民地化による直接コピーやバリエーションではなく、本質的な「日本の(オリジナル)文化や技術」とはなにか?・・・を考えるうえで、とても象徴的な現象だ。
 武器としての刀剣の発達は、時代時代の軍事的な戦闘様式や具体的な戦法(江戸期には直刀に近い寛文新刀に象徴される剣法)と密接にからみ合っている。古代の東日本では馬の普及が顕著であり、騎馬戦におけるすれ違いざまの太刀打ちニーズから、刀の長さ(刃長)が4~6尺(約120~180cm)もの長大な湾刀が早くから制作されていたと想定されている。これに対し西日本では、平安時代に入るまで兵と兵とが徒歩(かち)で闘う戦法が主流であり、おもに刺突を目的とする切刃(きりは)造りでカマス鋩(きっさき)の、歩兵にとって短めで扱いやすい直刀=朝鮮刀が常態だった。(江戸期の寛文新刀も、刺突が主体となる剣法の流行で造られている) この東日本の武器=日本刀、西日本の武器=朝鮮刀という土壌の違いは、ある意味で武士階級が権力を掌握する平安末期まで、その軍事的な実力や戦法の違い、あるいはときにそれらの伝播とともに、大なり小なり影響を与えつづけたと思われる。
 2006年に再版された、故・石井昌國/佐々木穣共著の『古代刀と鉄の科学-増補版』(雄山閣)は、日本刀形成期における作品や技術の東から西への伝わり方を、全国から出土した古墳刀の総合的な研究成果を踏まえつつ、実証的にとらえていてとても貴重だ。
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 本書では、刀の体配(刀姿)のみならず、鋼の性質や作刀技法(鍛錬法)、刃文の形成にいたるまで、日本刀における鑑定技術なみの緻密かつ微細な観察が行われている。
  
 板目肌の一種の変形である綾杉肌も、十世紀の福島県石那坂出土の腰刀に見られ、のちの舞草刀工の始源的な作品とみたいものである。(中略)東国から西国へ移行したと思われる刃文の洋式がある。東京都和泉経塚古墳の大刀(五世紀前半)や埼玉県金鑽神社古墳の大刀(五世紀後半)に見られる流水刃が、茨城県大宝の古太刀(十世紀後半、伝平将門所佩)や岐阜県国府町の古太刀(十一世紀前半)に示される二重刃・三重刃になり、これに打ちのけが加わって、のちの山城伝の「三条」になるのである。 (同書「はじめに」より)
  
 西日本ではもっとも古い作刀技法のひとつである、三条の“小鍛治”称号に代表される「山城伝」が、東日本からの技術の伝播によって形成された経緯は非常に興味深い。故・石井昌國は、全国で出土した膨大な数の古墳刀を実際に調査し、ときには日本刀の研師に依頼して研磨してもらい、その実質を確認しながら生涯をかけて研究をつづけた人だ。その研究の成果物には、動かしようのない事実の積み重ねと、確かな刀剣知識に裏づけられた圧倒的な説得力を備えている。
 日本美術刀剣保存協会の審査員もつとめていた彼の目から見れば、古代の刀剣先進国だった東日本へ、近畿地方から技術的にも戦法的にも遅れた武器が流入するなど奇異で不自然な想定(史観)として映っていたかもしれない。もうひとつの課題として、きわめて重要な出土物である古墳刀に関して、十分な刀剣についての専門知識のある古代史学者あるいは考古学者が、戦前はもちろん、戦後でさえどういうわけか、これまでほとんど存在してこなかったことも、「日本史」をとらえる視界を大きく狭めていた要因ではないか?
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 目白(めじろ=鋼)を大鍛治(タタラ)で精錬する原材料として、川砂鉄や山砂鉄とともに岩鉄(磁鉄鉱)が意外に多用されていたことも、古墳刀の科学的な成分解析から判明してきた。従来は、砂鉄による鋼は国産で、岩鉄による鋼は朝鮮半島からの輸入品を国内で加工したもの・・・と単純にとらえられていたのだけれど、これほど古くから大量の磁鉄鉱が存在しているということは、国内で岩鉄の採掘鉱山遺跡が見つかっていないだけなのかもしれない。確かに、弥生時代の鉄器類は、西日本を中心にほとんどが朝鮮半島からの輸入品だろうが、古墳時代の実情ははたしてどうだったのか・・・? さて、目白崖線(バッケ)から出土した古墳刀を細かく観察してみよう。以下、わかりやすく記述するために、わたしが研いでもらった古墳刀のことを「バッケ刀」と呼ぶことにする。
 平(ひら)造りによるバッケ刀の鋩(きっさき)は、のちの日本刀と同様に典型的なフクラ(丸み)がよく保存されており、朝鮮半島から輸入されたままの姿をとどめている切刃造りでカマス鋩の作刀技術とは、明らかに技法において本質的な差異が認められる。また、鍛え肌も、板目(いため)をまじえた柾目(まさめ)による“流れごころ”の地肌が顕著で、このバッケ刀の作刀技術が意外に古いことが推測できる。下落合の弁天社近くで発見された横穴墓古墳群Click!は、ナラ時代(8世紀初期)の墳墓と想定されているけれど、同時に出土した古墳刀が同時代のものかどうか不明なことは、以前にも書いたとおりだ。
 被葬者の生活用品などの副葬品とは異なり、刀剣の場合は何代にもわたり伝承される可能性がある。だから、ある時代の古墳から出土したとしても、いちがいに同時代の作品とは決められないのだ。外形を見るかぎり、フクラがついて鎬造りに近いかたちをしているので、6世紀後半から7世紀にかけての姿をしているように思われる。同刀の地肌や鍛えがどのようなものか、実際に研いでみないとわからないのだが、新宿歴史博物館に展示されている古墳刀(レプリカ?)の様子を観察する限り、すでに錆が中心の芯鉄まで達してしまっているようで無理のように見える。
バッケ刀2.jpg
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 古墳刀は時代が下るにつれ、鋼の折り返し鍛錬法や刃文の創作法が複雑化・高度化して、刀の強度をより増すためにか、あるいは他地域との作刀技術の差別化をあえて図るためにか、大板目肌(おおいためはだ)や綾杉肌(あやすぎはだ)と呼ばれる、複雑な模様の地肌が形成されるようになってくる。また、刃文も単なる直刃(すぐは)ではなく、のたれ刃や乱刃(らんば)などが多く見られるようになる。その地肌や刃文の形成における鍛錬技法の進化は、そのまま湾刀としての日本刀の出現へ向け、東日本を中心に繰り返し試行錯誤がつづけられた結果のようだ。            <つづく>


■写真上:目白崖線から出土したバッケ刀の地肌。流れごころの柾目をまじえ、全体的には板目肌が目立つ。刃文は中直(なかすぐ)が大きくのたれて、のちの日本刀における大乱れに近い。
■写真中上:古墳刀の鍛え合わせの組織断面で、実際に刀を切断して調査している。すでに古代から、皮鉄(白色)や芯鉄あるいは刃鉄(濃灰色)の概念が、鍛錬技法で成立しているのがわかる。
■写真中下:東北から北海道における古墳刀の調査分布状況。印は石井昌國が実際に調査を行なった古墳刀の出土位置で、◎印は鋼の原材料が砂鉄エリアであることを示している。
■写真下:バッケ刀の地肌と刃文いろいろで、地鉄がよく練れている様子がわかる。


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ChinchikoPapa

白蓮の開きかけは、どこかゆで卵も思い出してしまいます。
nice!をありがとうございます。>納豆(710)な奇人さん
by ChinchikoPapa (2008-07-20 12:55) 

ChinchikoPapa

戦後、農鍛治(のかじ)がいなくなりましたが、大工の道具鍛治も東京でめっきり見かけません。nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2008-07-20 13:02) 

ChinchikoPapa

七夕にお盆がすぎてお墓参りが終わると、東京はそろそろ大川花火ですが、長岡の花火は一度観てみたいですね。nice!をありがとうございました。>sigさん
by ChinchikoPapa (2008-07-20 13:06) 

ChinchikoPapa

西に向かって川辺にいますと、漣と光線に見とれることがありますね。
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2008-07-20 18:46) 

ChinchikoPapa

『靖国』がスムーズに上映できないこと自体、この国の未熟さを感じますね。
nice!をありがとうございました。>Qちゃんさん
by ChinchikoPapa (2008-07-20 19:00) 

ChinchikoPapa

こちらへもnice!をありがとうございました。>mustitemさん
by ChinchikoPapa (2008-07-24 21:35) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2010-09-06 12:10) 

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