負け犬のシネマレビュー(19) 『キャラメル』 [気になる映像]
愛しきもの、それはけなげにして滑稽な女たち。
『キャラメル』(ナディーン・ラバキー監督/2007年/レバノン=フランス)
PAPAさんブログご愛読の皆さま、お久しぶりです。新しい読者の方には、はじめまして。負け犬Click!です。
最近映画観てないの? 久しぶりにお会いしたPAPAさんに訊かれて思い出したのが、数週間前に雨のなか観に行ったこの映画である。東京国際映画祭での上映から気になっていたのだが、なにしろ日本語も怪しい負け犬、英語字幕じゃとても無理とあきらめていたら、ちゃんと公開されていた。
駆け込みでごらんになる方がいるかもしれないので、その先はあえて伏せるが『キャラメル』というタイトル、味わい深いダブルミーニングになっている。
舞台はレバノン。ベイルートである。トルコはユルマズ・ギュネイが、イランはキアロスタミやマフマルバフが、街の様相や人びとの暮らしを伝えてくれた。しかしレバノン、その昔ベイルート発のAP通信で伝え聞いたニュースはどれもヘビーで、いったいどんな街なのか想像もつかない。
旅行に地図を持参しない(おかげで連れは大迷惑だが)私、映画も極力予備知識を入れずに観るようにしている。それでも好評は耳に入り、目につく。期待しすぎて裏切られるのが嫌だからだが、期待した以上によかったものもある。そういう意味では期待どおりだった。
ま、ケニアの街なかをキリンが歩かないように、ベイルートもごくふつうの首都である。ドライバーは連日の交通渋滞にいらつき、若い警官は駐車違反の取り締まりに余念がなく、見放されたような空き地もあれば、いかがわしいホテルもある。外が雨降りだったせいか、照りつける陽射しと、砂が匂いたつような画面が気分を盛り上げてくれる。さらに舞台がエステサロンである。髪にしろ、顔にしろ、ボディにしろ、人に手入れをしてもらうひとときは何物にも代え難い至福の時間。高級でなくていいからリラックスしたい。その点このサロンはヘアサロンも兼ねていて、あまりお高くなさそうなのも私好みなら、ビビッドなコスチュームや派手なメイク、大げさなアクセサリーがいかにもアラブっぽくて素敵だ。年齢や家庭環境、宗教、性向…いろいろ違っても恋する彼女たちはみなチャーミングで、さらにうれしいことには、みなそそっかしい。
叶わぬ恋があれば、偶然が幸運に繋がってもすんなり運ばず、恋する対象は人とはかぎらず、華やかなスポットライトに恋した女は寄る年波に逆らって、さらに老いを強調する。あーあ。いい大人の女が四人も集まってそんな解決策はないだろ、と、ついツッコミを入れたくなる箇所は数知れない。そうして怒りながら目頭が熱くなるのは私が女で、頭ではまちがいとわかっていながら真剣に(傍から見れば滑稽きわまりなく)さらにまちがった方向に突き進んでしまうからだろうが、もうひとつは、この映画のようないい意味のおおざっぱさや、この物語のようになるようになるさという考えが好きだからである。よほど気が向いたときしか観ないが、ハリウッドの大作などは始まって何分後に展開をはじめ、何分後に逆転して…と秒単位で計算されているようで、観ているときは没頭するが余韻が残らない。しかし、この手の佳作(といってもアカデミー賞レバノン代表作にして世界30カ国で絶賛されている)は、制作中の熱気が伝染するように後を引く。
そういえばカラメル、ほどよい火加減だと甘いお菓子になるのに、炎が強すぎたり、長いあいだ火にかけすぎると、ただの黒焦げの塊。それでも凶器のように尖った砂糖の固まりも口に入れてみなければ気が済まない。顎の内側をずたずたにしながら噛みくだくにはつらすぎ、飲みくだすには苦すぎて、間を持たせるために鍋底を引っ掻き回しても、一度こびりついた焦げ跡は水で薄めようと、熱を加えようと容易には剥がれない。これがまた、ねちねちしつこい。そう、これこそが豊かな人生に欠かすことのできない痛みと楽しみ、つまりビターでスウィートな恋である。
それにしても、ばりばり仕事をこなす女が優柔不断な男にハマるのが世界共通なら、いかにして若さを保つかも世界共通のようだが、もう決して若くなくなって思うのは「歳を取るのも悪くない」ではなく、「歳を取るのはなかなかいい」ってこと。主演女優にして、脚本、監督までひとり三役を手がけたナディーン・ラバキーの素晴らしさは自分と同年代の女性だけでなく、頭もお花畑状態のリリーとの生活を支えるため、日がな一日ミシンを踏むローズという60代の姉妹をキャスティングしたところである。人の服を仕立てるばかりで自分は着た切り雀の妹役を演じた、ジャンヌ・モローにも似たきりっとした美人、絶対かの国のベテラン女優だと思ったら、ごくふつうの主婦だというから驚くが、ラスト姉妹の映像は最高にせつなくて素晴らしい。
負け犬
■『キャラメル』公式サイトClick!
●「渋谷ユーロスペース1」にて3月20日(金)までロードショー
さっそく書いていただき、恐縮です。ありがとうございました。
「負け犬さんはど~したのだ?」とのお問い合わせを、この1年間、何人かの方からいただいてましたので、負け犬映評ファンの代表としてご無理をお願いしてしました。^^;
また、お仕事の合間にでもつれづれ、気にとめられた作品についてときどき執筆していただければ幸いです。
by ChinchikoPapa (2009-03-19 00:07)
たまに映画を見に行かねばならない、とふと思いました。
by アヨアン・イゴカー (2009-03-19 00:22)
ジャンヌモロー懐かしいですね、あの唇を思い出します
シモーヌシニョーレもいいですね。フランス映画のあのアンニュイを想いださせてくれました。ゴダールも難解だけど好きでしたよ。キャラメル タイトルがいいですね。
by SILENT (2009-03-19 07:50)
アヨアン・イゴカーさん、コメントとnice!をありがとうございます。
わたしも、負け犬さんに刺激されました。映画館でのロードショーは、最近とみにご無沙汰ですね。特に、海外作品は観なくなっています。
by ChinchikoPapa (2009-03-19 13:48)
このころのリンカーンは、Verve時代後半のレディ・デイに声質まで似ていますね。
nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 13:52)
SILENTさん、コメントとnice!をありがとうございます。
ジャンヌ・モローといいますと、すぐにマイルスの「シャンゼリゼを歩くフロランス」メロディとともに、ルイ・マル監督の『死刑台のエレベーター』の映像が浮かびます。唇の両端が少し下がり気味で、なんともいえない色気を感じさせる女優ですね。
そういえば、負け犬さんの映評に、最新のゴダール映画も登場していました。
http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2005-10-11
by ChinchikoPapa (2009-03-19 13:58)
ますます税金を、湯水のように投入できるしくみが進行中ですね。
nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 14:03)
つい先日、北条政子さんの援助で栄西が開山した鎌倉の寿福寺へ、散歩に出かけてきたばかりです。政子さんとその長男が、京へ建仁寺を建立したのですね。
わたしはつい「さん」付けで呼んでしまうのですが^^;、彼女の墓(寿福寺・安養院など)へ詣でるのが、地域性からか子供のころからの習慣になっています。連れ合いさんよりも、政子さんのほうが地元では圧倒的に存在感が重いわけで、フォークロアも多いですね。nice!をありがとうございました。>takemoviesさん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 14:20)
いつも美しい写真を見せていただき、ありがとうございます。それにしても、きれいですね。nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 14:24)
わっ、見憶えのある景色のあたりを散歩されていますね!^^
nice!をありがとうございました。>漢さん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 14:29)
桜餅も美味しいけれど、草餅(団子)も美味しいですね。近くに、美味しい和菓子屋さんがあると、それだけで幸福になれます。nice!をありがとうございました。>甘党大王さん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 14:32)
個展の準備、お疲れさまでした。ご盛況であることをお祈りいたします。
nice!をありがとうございました。>shinさん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 14:34)
吉村昭原作の『休暇』(門井肇・監督)は、ぜひ観たい映画です。
nice!をありがとうございました。>Qちゃんさん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 16:46)
こんばんは。
公式サイトも覗いてみました。
主演女優さんは才色兼備で監督もされているんですね。
天は二物をあたえず、とは、あてになりませんね。
私は本来、大スペクタクルでないとダメなんですが、こういうのもたまにはいいかな。
by sig (2009-03-19 23:18)
新しい部員を迎えて、パワーアップですね。
nice!をありがとうございました。>今造ROWINGTEAMさん
by ChinchikoPapa (2009-03-19 23:47)
sigさん、コメントとnice!をありがとうございます。
公式サイトへ行って、まず音楽に悩殺されてしまいました。スパニッシュとタンゴのモードに、弱いわたしです。w
ディズニーの長編アニメを観た記憶があまりないのですが、確か「わんわん物語」は何度目かのリバイバル上映のとき、映画館で観ていると思います。
by ChinchikoPapa (2009-03-19 23:57)
こんにちは。
ChinchikoPapaさんの世代が、いちばんディズニー映画との接点が希薄な層ではないかと思います。ディズニーには、ご本尊が亡くなった後から約20年間、私でさえ「何を考えているのか」と首を傾げたくなる時期がありました。新しい作品はみんなはずれ。リバイバル(遺産)だけに頼っていたのです。復活を果たしたのは経営者が変わった後、1989以降でした。
by sig (2009-03-20 11:14)
はい、そうなんです。わたしは、ディズニー映画を観た記憶がほとんどありません。
「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」とか、「ゴジラ」「ガメラ」シリーズなどの怪獣映画はずいぶん観てますが、ディズニー映画を観たい・・・と子ども心に思った記憶がないんですね。つまり、それだけ子どもの間でディズニーへの関心が薄れていた時代ではないかと思います。
子育てをしていた時期の映画館では、今度は一連の宮崎アニメと、「ドラゴンボール」シリーズや「名探偵コナン」など、これまた国産アニメが中心で、ディズニーの長編アニメは観てないですね。それでも、家には『美女と野獣』と『リトル・マーメイド』がありますが、これは米国の知り合いが宮崎アニメと交換してくれということで送ってくれたものです。^^
by ChinchikoPapa (2009-03-20 19:12)
ChinchikoPapaさん、負け犬さん、大変ご無沙汰しています(でもちゃんと読ませていただいています)。
読んでいて、久しぶりに私も映画を観に行こう!と思ったら、あら、ユーロスペースは昨日までだったんですね。
映画もレストランもどこか似ているように思うのですが、大手外食チェーンとか、やり手のダイニング・チェーンがどれほどすごくても、なんだかどうでもいいようなことが多いのです。ちょっとクセや足りないところがあっても、個人経営のような店に好みの店を見つけて、料理人の思いやオーナーの配慮を感じるほうが、心に残ったりします。
映画を見るとき、私が特に大切に思うのが、負け犬さんの書いていらした『余韻』と制作者の熱気です。
まだ上映している新百合ケ丘まで足を延ばそうかなあ....とすら思ってしまいました、この映画評を読んで。間抜けで方向違いで一生懸命な人たち(?)がすごく好きなので。
いつも頭がお花畑状態(!?)でとんちんかん・kadoorie-ave
by kadoorie-ave (2009-03-21 10:28)
So-netブログへ引っ越されたばかりなんですね。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。nice!をありがとうございました。>るるさん
by ChinchikoPapa (2009-03-21 11:19)
kadoorie-aveさん、コメントをありがとうございます。
すみません、わたしがいち早く負け犬さんの原稿をアップすればよかったのですが、上映期日の前日になってしまいました。<(__;)>
わたしも、気に入った映画の余韻があとを引くのは大好きです。その余韻の強弱が、おなじ作品を何度も観に映画館へ通わせるか、それとも「1回観ればいいや」となるかの大きな動機づけとなりますね。さらに、どこの映画館でも上映しなくなってしまった場合は、DVD購入のきっかけともなります。
『キャラメル』は、今年の後半あたり名画座のギンレイホール(神楽坂)あたりで上映するのではないかと期待しているのですが・・・。もし上映されたら、仕事帰りにでも立ち寄りたいですね。
by ChinchikoPapa (2009-03-21 11:52)
負け犬さん、記事のアップ初日だけで200名の方が、『キャラメル』のシネマレビューを読まれています。これからも、ご覧になった映画のレビューをお時間のあるとき、あるいは「ヒマができたぞ」というときでけっこうですので、ぜひお寄せください。
大家Papa
by ChinchikoPapa (2009-03-21 12:01)
こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>さらまわしさん
by ChinchikoPapa (2015-05-02 19:04)