酵母はホシノから白神へ。 [気になるエトセトラ]
自宅でパンを焼かない方、あるいは料理に興味のない方には、あまりピンとはこないタイトルかもしれない。うちでは、パンを焼くときにいわゆる「イースト菌」(ドライイースト)は使っていない。国産の小麦粉との相性があまりよくなく、甘み(うまみ)のある美味しいパンが焼けないからだ。もともとは同じ自然界に存在する酵母なのに、その種類によってパンの風味が大きく左右されるのは、不思議といえば不思議だ。もちろん、それ以前に小麦の種類や産地によっても、パンの味は大きく変化する。米の種類や産地によって、その味が大きく左右されるのとまったく同じだ。
うちではイーストの代わりに、「ホシノ天然酵母」を80年代から長年にわたり使ってきた。でも、ホシノ酵母は発酵力がイマイチで、発酵時間をちょっと間違えるとしぼんだような固いパン(お好み焼きの土台のようだ)や、よくいえば酸味のきいた、悪くいえば酢の物を誤ってパンにたらしてしまったような、酸っぱいパンになってしまうこともたびたびだった。ホシノ酵母は、取り扱いが微妙でむずかしく、冷蔵庫内でのパン種保管にもけっこう気をつかう。特に季節の影響を受けやすく、夏は冷蔵庫の中で増殖して容器からブツブツとあふれてしまったこともある。冷蔵庫から変な音がするな・・・と思ったら、まるでカニのようにホシノ酵母を入れた容器が泡を吹いていた。
逆に真冬はなかなか発酵せず、気温が高い風呂場に置いておいたら、発酵しすぎてボールから生地がスライムのように流れ出ていた・・・なんてこともときどき起きた。なまじ酵母は生き物だから、ちょっとホラー風の不気味な眺めではある。ドライイースト並みに手がかからず、すばやく発酵してパンがすぐに焼け、国産の小麦にジャストフィットする、日本ならではの美味しい酵母はないのかな?・・・と、パン屋さんならずとも、パンを焼く方なら誰しも思っていただろう。
そんな国産粉にピッタリな、“夢”のような酵母が発見されたのは、いまからおよそ10年前の1997年(平成9)のこと。発見場所は、青森県から秋田県にまたがる白神山地の、世界遺産にも指定されているブナ原生林の下、腐葉土の中からだった。発見したのは、工学博士で酒造家の小玉健吉と、秋田県総合食品研究所のスタッフたちだ。国立公園の中なので特別な許可をもらい、白神山地から採集した約500種の酵母の中から、パン作りに適した株を探しつづけ、最終的に発酵や繁殖、保存に優れた株を選別したところ、たった1種類の株が最後まで残った。
それが「白神こだま酵母」と名づけられ、市販もはじまり知名度も高まってきたころ、2005年(平成17)に小玉健吉は死去してしまう。もともと白神山地の酵母研究は、日本酒の醸造に用いる新しい発酵用の酵母探しだったようだけれど、実際に見つかった酵母は日本酒作りではなく、日本の・・・というか、いまや世界のパン作りの分野に大きな影響をおよぼすことになった。
21世紀の初めごろ、「白神こだま酵母」のウワサはパン業界を駆けめぐり、もちろん自宅でパンを焼く人たちの間でもたいへんな評判を呼んでいた。でも、工場で製品を次々と生産するように、酵母の株を一気に増やして大量に販売する・・・なんてことはできない。生き物なので、安定して増やすにはそれなりに一定の時間がかかる。ましてや、それを一般の販売ルートに乗せるには、酵母自体の性質や課題の研究を継続しつつ、かなりの苦心を重ねたのではないか。いくら新しい酵母で焼いたパンを早く食べたいと思っても、入手するまでには少し時間がかかった。
それが2003年前後からだったろうか、東京でも比較的たやすく手に入るようになり、美味しいパンをいつでもすぐに焼いて食べられるようになった。トレハロースの含有量は世界でもトップクラスだそうで、甘くて風味のよいパンがスムーズに焼ける。また、-50℃で1ヶ月保存しても100%死ななかった強力な冷凍耐性は、酵母としては世界一だそうだ。パンを焼いて最初に口にしたとき、“目からウロコ”になったわたしは、ホシノ酵母のとき以上にパンが好きになった。(わたしは本来ご飯党だ) いまや国内ばかりでなく、アジアや欧米からも注文が大量に舞いこんでいるらしい。
もちろん、世界にはイースト発酵のパンのほうが美味しいと感じる人たちも大勢いるのだろうが、わたしはもはや食べ飽きたのか(もともとご飯党の舌のせいだからだろうか)、あまり美味しいとは感じられない。「ふつうのパン」よりは、もう少し「美味しいパン」のほうが好きに決まっている。嗜好のテーマはとてもむずかしいけれど、ひとつハッキリしていることは、昔から伝統的な米食文化圏のはずだった日本が、知らないうちに欧米のパン食文化圏へ本質的な酵母レベルから衝撃を与えられる、“パンの大国”へといつの間にか変貌していたことだ。そのうち、「Shirakami-Kodama」酵母はイーストを追い抜いて、パン作りのデファクトスタンダードになるかもしれない。
■写真上:「白神こだま酵母」で発酵させて焼いた丸パン。
■写真中:同酵母で作ったパンいろいろ。
■写真下:左は、いまや簡単に手に入れることができる「白神こだま酵母ドライ」。右は、秋田県側から見た白神山地。ブナ原生林の腐葉土の中から、新しいパン酵母は見つかった。
白神山地で大発見があったのですね。
私もどちらかというとご飯党なのですが、パンも結構好きです。
どこかで買ったおいしいパンがそうだったのかも。
でも、それなりの表示がしてあるのでしょうね。
「ホシノ天然酵母」で作ったパンも食べ比べてみたいですね。
by sig (2009-06-08 11:24)
JAZZには「組曲」とタイトルされたアルバムがたくさんありますが、たいがい聴いていて退屈する作品が多いように感じます。『The Hearinga Suite』はちょっと聴きでは良さそうですね。はたしてどうでしょう? nice!をありがとヴございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 11:24)
千代田城の正月に詠われていたのが「君が代」(「君」はもちろん徳川家です)で、「さざれ石」はその歌謡にちなんだ行事だったと、どこかの文献で読んだ記憶があります。この慣習が千代田城下たる大江戸の街にも拡がり、正月に限らず祝い事があると、「高砂」と同じように詠じられたという記録もみえますね。街中で詠われる場合の「君」とは、祝いごとの主役だったり一家の主だったりしたようです。nice!をありがとうございました。>SILENTさん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 11:35)
横浜の開港150年記念の多彩なイベント、まだまだつづきそうですね。
nice!をありがとうございました。>takemoviesさん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 11:41)
ブログで同日同時刻の「それぞれの時間」を切り取って見せ合う・・・という企画、とっても面白いですね。ネットワークの「時間」と「空間」の共有を実感できそうな催しです。nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 11:50)
sigさん、コメントとnice!をありがとうございます。
生協などで購入するパンですと、どこかに「○○酵母使用」と書いてあるケース(イーストアレルギーの方を意識して)がありますが、一般のパンですとどうでしょう。白神酵母は、すでにかなりポピュラーになっていますので、あえて記載されていないのかもしれません。自家製のパンを売っているお店では、扱いがむずかしいホシノ酵母には躊躇していたところでも、イーストから白神酵母へ転換して導入しているところがかなり増えているのではないでしょうか。
by ChinchikoPapa (2009-06-08 12:03)
うちは女の子がいないので、テディベアはついぞ見かけなかったのですが、最近なぜか見かけるなと思ったらオスガキのガールフレンドの持ち物でした。nice!をありがとうございました。>漢さん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 12:13)
久しぶりにStingの曲を聴きました。1980年前後のJAZZYさがいいですね。
nice!をありがとうございました。>shinさん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 12:22)
でんでんむしメール、ネーミングがいいですね。^^ いっそのこと郵便局のキャラクターも、郵便回収車や配達バイクに貼るシールは「〒」ではなく「カタツムリ」ということで、「かわいー!」を連発する今の子に受けるのではないでしょうか。アートハガキや手紙とともに、少しでも「アナログ通信」ファンを増やすキッカケづくりになりそうです。nice!をありがとうございました。>ナカムラさん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 13:32)
見るからに美味しそうな手作りパンが、いろいろと並んでいますね。^^
nice!をありがとうございました。>パン好き妻のangie17姉さん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 16:46)
川のせせらぎがいまにも聞こえそうな、涼やかで美しい写真ですね。
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2009-06-08 20:28)
我が家のパンは
パン焼き機のパンです
白神こだま酵母知りませんでした
トライさせていただきます
いつも勉強させていただいています
by SILENT (2009-06-09 08:03)
SILENTさん、コメントをありがとうございます。
うちはこのごろ、電子レンジの「グリル」機能を使って焼くのですが、以前はガスオーブンで焼き上げていました。食べ比べてみますと、なんとなく火を使って焼いたほうが、香ばしさが立って美味しく感じるようです。でも、パンの皮(耳)の部分は、火を使うとかなり固くなりますね。
こちらこそ、いつも懐かしい大磯の風景を堪能させていただいてます。^^
by ChinchikoPapa (2009-06-09 11:41)
6月はなぜか、青い色の花が多いですね。梅雨空によく似合います。
nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2009-06-09 11:49)
わたしは、煎茶とコーヒーは少し「中毒」気味かもしれません。紅茶はめったに飲まないです。nice!をありがとうございます。>NOBUさん
by ChinchikoPapa (2009-06-09 13:17)
子供の頃から、日本の小麦はパンが作れないので、うどんにするのだと思っていました。大変面白い記事です。
私も御飯党ですが、ぱんも大好きです。
by アヨアン・イゴカー (2009-06-10 08:56)
アヨアン・イゴカーさん、コメントとnice!をありがとうございました。
わたしも、圧倒的なご飯党ですので、小麦粉にほとんど縁がなかったのですが、国産の小麦粉と酵母とで焼いたパンを食べてから、目からウロコ状態になりました。それまで食べてたパンが、かなり色褪せて感じたのですね。米の味や種類にはうるさいのに、パンの味には無頓着でいた自分に気がついたんです。
by ChinchikoPapa (2009-06-10 10:29)
わたしも、天気の悪い日には耳の中がバリバリほどではないにしろ、パリパリと鳴ります。子供のころからですので、おそらく気圧の変化で鼓膜がなるんでしょうね。nice!をありがとうございます。>くまさん
by ChinchikoPapa (2009-06-10 17:53)