わしがなんで「逮捕」されるんじゃ! [気になる下落合]
吉武東里Click!が設計した、美しいスパニッシュ建築の刑部人邸Click!が解体され、そのあとに建設されたタウンハウス風のシャレた集合住宅なのだが、いつまでたっても入居がはじまらないと思ったら、昨年ディベロッパーが倒産してしまったようだ。下落合のタヌキの森の工事中「重層長屋」Click!もそうだけれど、四ノ坂の物件もこのまま“野ざらし”状態がつづくのだろうか?
先日、「カフェ杏奴」Click!で調べものをしていたら、洋画家・刑部人Click!のご長男である刑部昭一様とお話する機会があった。杏奴のママさんから偶然、ご紹介いただいたのだ。現在は、四ノ坂から目白文化村Click!の第一文化村エリアへ移られているのだが、わたしはこれ幸いとお父様のことや旧・刑部邸のこと、あるいは金山平三Click!について取材させていただいた。刑部昭一様は、金山じいちゃんのもっとも身近にいたおひとりなのだ。「いや、ホントに変な人で・・・」と、お話いただいたエピソードの数々に、わたしは笑いClick!が止まらない。
刑部様は一級建築士で、銀座2丁目に設計事務所を開設されていたのだが、お昼近くになると金山じいちゃんがやってきて、「やあ、昼めしに行こうか?」と誘いにくるのだそうだ。普通の感覚だったら洋画界の重鎮であり、しかも祖父と孫ぐらい歳が離れている“金山画伯”が誘いにきたのだから、当然お昼はおごってもらえる・・・と判断するのがあたりまえだろう。でも、金山じいちゃんに“あたりまえ”はまったく通用しない。要するに、ランチを“たかり”にきたのだ。いくら洋画の大家でも、描いた絵を1枚も売らないのだから、しょっちゅうおカネに困っていたそうで、外出先が銀座方面で昼どきを迎えると、どうやら刑部設計事務所がねらわれたらしい。
また、銀座を歩く格好もすごかったようで、カンカン帽をかぶり浴衣を着流していたそうだ。しかも、その浴衣が並みの作りではない。手ぬぐいを1枚1枚つないで縫い合わせ、それを生地にして浴衣を縫うものだから、いろいろな模様が入り混じったツギハギだらけの“作品”なのだ。当然、裁縫好きの金山じいちゃん自身が縫い上げたのだろう。人形作品Click!の衣装から想像すると、かなり縫い目も粗くボロボロに見えたにちがいない。また、浴衣の“柄”には旅先の馴染み旅館の手ぬぐいも使われていたかもしれず、下諏訪の桔梗屋旅館Click!の“柄”も含まれてやしなかっただろうか?
いつもボロボロの格好をしているものだから、「洋画の大家」を駅まで出迎えた歓迎団の一行が、あまりにも汚い年寄りを見すごしたエピソードは、すでにこちらでもご紹介Click!しているが、刑部様によれば警察に捕まった“事件”もあったそうだ。そのときは、たいてい身ぎれいな装いをしていた刑部人も同行していたが、たまたま金山平三と似たような汚い格好をしていたらしい。戦後、ふたりそろって写生旅行Click!に出かけ、特急の1等車を利用したときのことだ。汚い風体の怪しい男ふたりが1等車に乗りこんでいるということで、まず列車の車掌がいぶかしんだ。そして、列車から警察へ通報してしまったのだ。駅へ着くと、さっそく警官たちがやってきてふたりは捕まった。
「こちらは、あ、あの、一応これでも芸術院会員の、洋画の大家でおられる金山平三画伯で・・・」
-ちょっと来い。
「わしは、これから人君と、大石田の最上川を見に行くんじゃ!」
-そ~かい、ちょっと来い。
「わ、わしが、なんで逮捕されるんじゃ!?」
-い~から、ちょっと来い。
・・・と、わたしの想像はもう止めどないのだけれど、ふたりは列車から降ろされ連行されてしまったのだろう。自宅に警察から連絡が入り、ようやく本人確認がとれてほどなく「釈放」されたようなのだが、まだまだ人を“見た目”だけで判断するのがあたりまえの時代だった。
また、刑部昭一様が子供のころ、暮れになると金山アトリエへよく呼ばれた。1年間を通じて描いた絵を一同に並べ、気に入らない作品を焼却する手伝いをさせられたのだ。そのときの金山平三の表情は、非常にけわしく怖かったらしい。描いた絵は、すべて額に入れられアトリエに保管されていた。額といっても本格的なものではなく、おカネがないからダンボールでこしらえた簡易額だった。それをアトリエで1点1点眺めながら、気に入らない作品はダメ出しをして、庭先の焚き火に放りこむのだ。ダメ出しのキャンバスを、ダンボール額から外して火にくべるのが刑部様の役目だった。あまりにもったいないと刑部様は思われたそうだが、それを口に出して言えるような雰囲気ではなく、非常にピリピリした空気が張りつめていた。きっと、池へタライClick!を浮かべに刑部邸へとやってきた金山じいちゃんとは、まるで別人のような表情を浮かべていたにちがいない。
刑部昭一様の結婚式に、金山じいちゃんはバリバリのモーニング姿でやってきた。でも、当時の一般的なモーニングではなく、かなり古色蒼然としたいでたちで、ひときわ目立っていたようなのだ。それもそのはず、そのモーニング、金山平三がフランス滞在中にあつらえたもので、大正初期のヨーロッパ仕立てだった。刑部様の回想は、まだまだつづくのだが、それはまた、別の物語。
いろいろと、楽しいお話をありがとうございました。>刑部様
■写真上:「なっ、なんで、わしが逮捕されるんじゃ!?」。
■写真中上:上は、アビラ村Click!(芸術村)と呼ばれた旧・下落合(現・中井2丁目)に建つ、エピソードの尽きない金山平三アトリエ(左)と刑部人アトリエClick!(右)の内部。下左は、1946~56年(昭和21~31)制作の金山平三『港』。下右は、1971年(昭和46)制作の刑部人『渓流新緑(塩原)』。
■写真中下:「だから、なんで、わしが、逮捕されるん、じゃー!?」。
■写真下:左は、1963年(昭和38)制作の刑部人『金山先生(長野市犀北館にて)』。右は、同じく1963年(昭和38)に描かれた堅山南風の日本画『K先生』。
刑部人邸跡のデザイナーズ・ハウスはそんな事態になっていたんですね。知りませんでした。金山さんのエピソードたのしく読ませていただきました。
by ナカムラ (2009-07-04 11:45)
こちらにも、nice!をありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 13:17)
ソーントンというと、コルトレーンが死んだときに録音した強烈なアルバムを思い浮かべます。確か、彼も若死にでしたね。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 13:24)
みどりが香り、坂道のある東京の風情はいいですね。多くの湧水による渓流が暗渠化され、下水管を流れているのは残念です。nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 13:34)
ナカムラさん、コメントとnice!をありがとうございます。
おそらく、どこかのディベロッパーか不動産屋さんが“引き取って”、販売を継続するのかもしれませんが、こういう時代ですから引き取り手が簡単に見つかるかどうかはわからないですね。「放置」状態が長いと、近所にお住まいのみなさんも、きっと不安じゃないかと思います。
by ChinchikoPapa (2009-07-04 13:42)
シェークスピアといえば、少し前まで早大の演博で坪内逍遥とともに特別展をやっていましたが、行きそびれてしまいました。nice!をありがとうございました。>漢さん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 13:51)
こんにちは。
自己を確立している人は唯我独尊の境地になれて怖いものなしですから、
強いですね。
by sig (2009-07-04 14:05)
sigさん、こちらにもコメントとnice!をありがとうございます。
きっと、金山じいちゃんからは、周囲を巻きこむ独特なオーラも出ていたんじゃないかと思います。それに包まれると、「あたりまえじゃない」ことが当然のように思われ、不自然さや非常識さをあまり感じなくなるのかもしれません。^^;
by ChinchikoPapa (2009-07-04 14:33)
わざわざ登ってきたのでしょうか、なぜか湘南平の上で野良ネコたちにときどき会います。nice!をありがとうございました。>SILENTさん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 21:07)
菖蒲の涼やかな青が消えて、茄子の鮮やかな花が咲いています。
nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 21:11)
こちらにも、nice!をありがとうございました。>ulyssenardin36000さん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 21:12)
このところ蒸し暑いせいか、夏がけもはいで寝ているようで、少し私も鼻風邪ぎみです。nice!をありがとうございました。>yuki999さん
by ChinchikoPapa (2009-07-04 21:20)
お身体に気をつけて、チャリティコンサートがんばってください。
nice!をありがとうございました。>ばんさん
by ChinchikoPapa (2009-07-05 00:30)
大阪は暑そうですね。東京も、きょうは29℃ほどまで上がったようです。
nice!をありがとうございました。>ねねさん(今造ROWINGTEAMさん)
by ChinchikoPapa (2009-07-05 19:31)
深夜放送を面白く感じていたころ、「いとしのレイラ」は番組ごとにかかっていたような気がします。nice!をありがとうございました。>shinさん
by ChinchikoPapa (2009-07-05 19:57)
こちらにも、nice!をありがとうございました。>fuzzyさん
by ChinchikoPapa (2009-07-06 18:31)
こちらにも、nice!をありがとうございました。>U3さん
by ChinchikoPapa (2009-07-06 19:42)
こちらにも、nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2009-07-07 19:07)
温泉の湧くところへはときどき出かけるのですが、入るのではなくお見舞いだったりします。nice!をありがとうございました。>hide-mさん
by ChinchikoPapa (2009-07-08 18:39)