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江戸期の「バッケ堰」の位置を探る。 [気になるエトセトラ]

栄橋(草堰跡).JPG
 落合地域に残る、江戸時代の「村誌」とでもいうべきものに、1826年(文政9)に作成された『上落合村差出明細書上帳』というのが、月見岡八幡社Click!に保存されている。下落合村にも、同様の書き上げ(報告書)が存在していたはずなのだが、現存していないようだ。
 当時、「あまるべ」Click!の里とも呼ばれた御領地(幕府直轄地で「天領」とも呼ばれる)の上落合村は、下落合村に比べて田畑がかなり多く、相対的にみて裕福だったと思われ、そのころの上落合村を軸として落合地域の状況をとらえるには、またとない資料となっている。
 上落合村の開墾地は、旧・神田上水(現・神田川)と当時は「北川」と呼ばれていた現・妙正寺川沿いに展開していて、河川の堆積土で形成された農地は地味もかなりよかったように思われる。開墾や耕作で出た多量の土器や埴輪片を、土中にそのまま鋤きこんでしまった伝承が残る一帯だ。両河川沿いに展開していた、「百八塚」Click!とみられる古墳群の墳丘を崩すときの、あるいは崩したあとの整地時におけるエピソードだろう。
 『上落合村差出明細書上帳』は、村役人(名主や庄屋など)が幕府に提出した「現状レポート」のようなものだ。江戸の各町内には、町名主や番所役人が作成した「町方書上」Click!というのが残されているが、『上落合村差出明細書上帳』はいわゆる「村方書上」と呼ばれるもののひとつだ。
 同書き上げには、興味深い記述があちこちにあるのだが、北川(現・妙正寺川)に設置された江戸期の堰と思われる記述が見えている。それは明治以降に造られ、周辺に住む画家たちによって格好の風景モチーフとされていたバッケ堰Click!ではなく、田畑の作付けから収穫までの農繁期にだけ造成された、期間限定の農業用水用の堰だった。なぜ、恒常的に堰が設置できなかったのかといえば、北川(妙正寺川)は千代田城内をはじめ江戸市街(東側)の地下を流れる上水道インフラClick!のかなめである、神田上水の重要な支流のひとつであり、その流れを常に堰き止めておくことは幕府から禁止されていたと思われるからだ。
 上落合郷土史研究会が、1996年(平成8)に作成した『村差出明細書上帳』(岸辰夫・解題)から、期間限定で北川(妙正寺川)の流域に造成された、季節堰の様子を引用してみよう。
上落合村絵図(江戸末期).jpg 地形図1909.jpg
  
 用水之義者北川与草堰致し引来仕付申候 尤(もっとも)北川と申候者井草村与流出申候 尤砂利川而(しかして)御座候 旱損場水損場多御座候 尤揚堰場之義者 前々御普請御入用而御座候 但し三月与堰張八月中取払申候
  
 記述によれば、当時は小川状の流れだったと思われる妙正寺川を堰き止めて、「草堰」(土盛りによる簡易堰)の造られていた様子がわかる。「者」という字が頻出するが、これは人物を指しているのではなく、現在でも使用されている「前者」「後者」と同様に、ある事物や事象を表す代名詞としての用法だ。草堰は3月に造られ、8月中には取り払われたと書かれているので、1年のうち5ヶ月ちょっとの期間だけ存在していたらしい。
古文書解読に詳しい方から、「者」は代名詞とともに「は」としても用いられるので、助詞「は」とも解釈できるとのご指摘をいただきました。ありがとうございました。
 草堰が築かれた位置については、「書上帳」に記載はないけれど、幕末に作成された「上落合絵図」を参照すると、おおよその場所を想定することができる。なぜなら、この草堰にちなんだと思われる地名、ないしは開墾地名が北川(妙正寺川)沿いに採取されているからだ。絵図には「揚水堰東」という地名が、最勝寺方面へと通じる寺斉橋Click!の上流に記載されている。寺斉橋から上流(西)へ約200m、のちに常設されるバッケ堰から下流(東)へ約300mほどの位置に当たる。そこには、田畑へ水を引くために上落合村を横切る用水路の取水口が描かれているので、おそらく江戸期の草堰はこのポイントに築造されたものだろう。
 絵図ばかりでなく、明治期に作成された地図類を確認しても、妙正寺川には用水路と堰の記載が見えている。さらに、明治期の地図にはバッケ堰のあった位置に堰の記載も見えるので、明治も終わりごろになると寺斉橋の上流には堰がふたつ築かれていたのがわかる。
 常設のバッケ堰が築造されたのは、明治以降も妙正寺川の水を利用して農業が行なわれていたためだが、1899年(明治32)に淀橋浄水場Click!が完成し、2年後の1901年(明治34)に神田上水が水道水として使われなくなったことにも起因しているのだろう。したがって、妙正寺川を堰き止める許可が明治政府から下りたのは、1901年(明治34)以降ではないかとみられる。
 大正時代も後半になると、妙正寺川の沿岸では農地が徐々に減少し、西武線の計画が表面化するとともに郊外住宅地の開発が急増していくのだけれど、それでもバッケ堰が壊されずに存在しつづけた理由は、堰の上に人がわたれる板橋が設置されて住民の利用頻度が高かったことと、洪水による被害をできるだけ抑えるため、治水目的に活用されたためだろう。
妙正寺川1941.jpg
手塚緑敏「バッケ堰」.jpg 月見岡八幡社.JPG
 『上落合村差出明細書上帳』には、農事のほかに村の御用や使役についての記述も見られる。
  
 仲仙道下板橋宿江(へ)御伝馬定助郷相勤申候 其外御鷹野御用人足 杉之葉榧(かや)之葉 此分虫ゑひつる虫 其外諸御鷹野御用向相納メ申候
  
 中山道の下板橋宿へ、幕府の伝馬(通信網)用に馬を供出したり、「御鷹野御用」をつとめていたのがわかる。将軍家や姻戚家が鷹狩りをするときは、狩り場の整備をしたり、勢子として鷹狩りに徴用されたりもしたのだろう。もちろん「御鷹野」とは、下落合の御留山(御禁止山)から長崎村の鼠山Click!一帯で行われた狩りのことで、七曲坂Click!の東側には一帯を眺望する「御立場」が設けられていたのが、「下落合村絵図」に記載されている。
 また、文中に面白い記述がある。「杉之葉榧之葉 此分虫ゑひつる虫」の部分だが、スギの葉やカヤの葉を幕府に納めていたのは、解題者が同書で指摘しているように、スギの枯葉はテレピン油が多く含まれているため着火用の素材として最適であり、後者は蚊遣り用の除虫葉としての役割りがあるので、千代田城内でのニーズがあったのだろう。
 さらに、同書の解題者は虫のことを、それぞれ「分虫」と「ひつる虫」としてとらえ、どのような虫だかは不明だとしているが、これは「此分虫」と「ゑひつる虫」のことであり、江戸期の古文書にはときどき登場する虫名だ。まず「ゑひつる虫」は、“虫聴き”(虫の音鑑賞会)で登場する秋の虫のひとつで、「松虫、鈴虫、ゑひつる虫」とセットで書かれたりする。当時、盛んに行われていた「道灌山の虫聞」などの資料から、わたしはウマオイかクツワムシのことではないかと想像しているのだが、いずれにしても秋の風流な虫聴きの会には欠かせない虫の音だったのだろう。
 「此分虫」(コブムシ?)は、江戸期の養蚕(カイコ)の記述で見かける虫名なのだが、カイコの幼虫を指して「此分虫」(イモムシの一般名称)と呼んだものだろうか? でも、上落合村で養蚕業が営まれていたという記述は見えないので、なんらかの虫の幼虫を幕府に納めていた・・・と解釈できるだろうか。ただし、千代田城内の赤坂御門(見附)あたりには、桑原(畑)が一面に拡がっていたので(おもに雷除けのクワバラとしての縁起かつぎから)、御家人がその桑の葉を利用して養蚕をしていた可能性もありそうだ。落合がホタルの名所となるには、文政年間は時期的にいまだ早いと思われるので、「此分虫」をホタルの幼虫としてしまうには尚早のように思われるのだが・・・。
下落合村絵図(江戸末期).jpg 権兵衛山.JPG
 『上落合村差出明細書上帳』の記述は、いわゆる“村自慢”とはまったく正反対の、きわめて地味で控えめな記述に終始している。おそらく、書上げに記載された内容よりも、上落合村はもっと豊かだったと思われるのだが、幕府の目にとまってこれ以上の「御用」を増やされてはかなわないので、「なんの取り柄もない、ぜんぜんたいしたことない村ですよ。分限者もいなければ、名所旧跡などひとつもありません」などと、できるだけ「つまらない村」を演出するのが、同書上げに通底する村役の一貫した姿勢だ。そこには、江戸期のしたたかな農民の姿が垣間見えている。

◆写真上:江戸期に「草堰」が築かれたと思われる、現在の栄橋あたりの妙正寺川。
◆写真中上は、江戸末期に作成された「上落合村絵図」にみる北川(妙正寺川)と農業用水の分岐。その南東側には、「揚水堰東」という地名が採取されている。は、1909年(明治42)に作成された陸軍陸地測量隊の1/10,000地形図にみる用水路の分岐点。
◆写真中下は、1941年(昭和16)に斜めフカンから撮影された妙正寺川流域の上落合と下落合。下左は、昭和初期に描かれたとみられる手塚緑敏「バッケ堰」(タイトル不詳)。下右は、『上落合村差出明細書上帳』が保存されている上落合の月見岡八幡社。
◆写真下は、幕末に作成された「下落合絵図」にみる七曲坂筋の東側にあった鷹狩り場の「御立台」。は、七曲坂の東側に並行して大倉山(権兵衛山)山頂へと向かう権兵衛坂からの眺望。


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ChinchikoPapa

若いころはラグビー観戦に正月から出かけましたが、いまは暖かい部屋でのTV観戦ばかりです。w nice!をありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 19:52) 

ChinchikoPapa

子どもが小さければ、きっと『タンタンの冒険』は駆けつけてたんじゃないかと思います。w nice!をありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 19:56) 

ChinchikoPapa

なにもしないで1か月・・・というのは、わたしもあこがれてしまいます。
nice!をありがとうございました。>dendenmushiさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 20:02) 

ChinchikoPapa

こちらにも庚申塚が多く、夜通し寝ずに念仏を唱えつづけたという講の伝承が残っています。謂れを信じていたというよりも、村人たちのコミュニケーションと講中の結束確認のような行事になっていたようですね。nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 20:10) 

ChinchikoPapa

とても美しいですが、さすがに寒そうですね。シャッターを切るかじかんだ指先を想像してしまいました。nice!をありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 20:25) 

ChinchikoPapa

ミケランジェロの「ピエタ」は、確か何度も傷つけられているんですよね。美しいものを見ると破壊したくなる心理が、人間のどこかに潜んでいるのかもしれません。nice!をありがとうございました。>nikiさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 20:38) 

ChinchikoPapa

印象に強く残った映画は案外ロードショーではなく、あとで2本立ての名画座で観た映画だったりするのは面白いですね。nice!をありがとうございました。>hanamuraさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 20:44) 

ChinchikoPapa

「新卒一括採用」というのは、まったく意味のないしくみだと思います。個性的で能力のある人材を確保すべき時点で、学生たちにことさら“画一化”や“マニュアル化”を求めるという、人材確保の側からでさえ有害無益な習慣ですね。nice!をありがとうございました。>銀鏡反応さん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 20:57) 

ChinchikoPapa

このところ東京文化会館へ出かける機会が多いのですが、このホールの音響よさを最初に実感したのは、ショルティ=シカゴ響のコンサート時でした。nice!をありがとうございました。>opas10さん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 21:01) 

ChinchikoPapa

このところ、わたしもアルコール摂取量が増えています。ちょっと肝臓へのダメージに、気をつけたいと思います。nice!をありがとうございました。>da-kuraさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 21:07) 

ChinchikoPapa

明日は東京市街も2℃まで下がるようですので、郊外では氷が張るところもありそうです。nice!をありがとうございました。>ハマコウさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 21:45) 

ChinchikoPapa

谷崎源氏と舟橋源氏を読んだはずですが、プロットが残っているだけで細かな描写はすっかり忘れてしまいました。nice!をありがとうございました。>ponpocoponさん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 23:50) 

ChinchikoPapa

しばらく前から、メキシコ料理を食べる機会があり、ちょっとハマリそうになっています。nice!をありがとうございました。>パルの大冒険さん
by ChinchikoPapa (2011-12-25 23:52) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>アヨアン・イゴカーさん
by ChinchikoPapa (2011-12-26 01:03) 

ChinchikoPapa

『THE WEY AHEAD』のアーチー・シェップ、絶好調ですね。w
nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2011-12-26 01:09) 

ChinchikoPapa

スペインのワインも、奥が深そうですね。fumikoさんも、シカ肉と赤ワインの美味しい組み合わせを、スペインで召し上がってたんですね。w nice!をありがとうございました。>fumikoさん
by ChinchikoPapa (2011-12-27 20:56) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>sonicさん
by ChinchikoPapa (2011-12-28 15:37) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>sigさん
by ChinchikoPapa (2011-12-29 22:47) 

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