樹木の注文書が残る学習院昭和寮。 [気になる下落合]
現代ではめずらしくなってしまったが、戦前の住環境では家屋を建てる際に、庭や建物、敷地を取り巻く樹木を注文するのがあたりまえだった。こちらでも何度かご紹介しているが、落合地域が住宅地として拓けつつあった当時、周辺には家を建てる工務店Click!とともに大樹をあつかう植木店Click!や、花壇に植える花々の種子や球根を取りあつかう種苗店Click!があちこちで開店していた。
現代の都市部では、住宅敷地のギリギリまで家を建てるケースが多いため、大きな樹々を植える庭や生け垣の余地が失われ、せいぜい花壇か緑の棚、鉢植えなどのガーデニングを楽しむぐらいしか余裕がなくなってしまった。特に住宅街におけるビル状のマンションや、最近増えはじめた老人施設Click!の場合は、庭や樹木スペースさえ惜しみ敷地内にあるすべての緑を伐採して、利益の最大化を当てこみ建設するケースがほとんどなので、都市部における緑地減少と温暖化が進む深刻な課題となっている。
さて、同じようなビル状の建物でも、戦前の場合はどうだったのだろうか? 下落合でいうと、たとえば学習院Click!が下落合406番地(のち下落合1丁目406番地/現・下落合2丁目)に建設した、学習院昭和寮Click!(現・日立目白クラブClick!)のケースを見てみよう。近衛町Click!の南端にあたる学習院昭和寮Click!の敷地に、本館と舎監棟が各1棟、学生寮4棟が建設されるのと同時に、学習院が膨大な量の樹木を植木業者に発注した資料が残されている。宮内庁の宮内公文書館で保存されている、貴重な資料を調査してお送りくださったのは、下落合にお住まいのアーキビスト・筒井弥生様だ。
筒井様からお送りいただいた、宮内公文書館の保存文書「内匠寮昭和三年工事録・二〇/学習院ノ部・二」の画像から、まず昭和寮が竣工する直前の1928年(昭和3)3月23日に注文された樹木類を参照してみよう。
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学習院青年寮新築ニ付庭苑植栽用樹木購入注文書
椎樹(シイ) 高弐間半内外/幹廻リ八寸内外/葉張五尺 四拾本
八ツ手(ヤツデ) 高五尺/葉張四尺/五六本立 参拾本
八ツ手(ヤツデ) 高四尺/葉張四尺/四五本立 参拾本
青木(アオキ) 高四尺以上/葉張三尺 四拾本
一、前記樹木購入候ニ付根巻枝吊養生ノ上青年寮構内指定ノケ所ヘ納入ノ事
一、期間申付ヨリ一週間ノ事
(カッコ内引用者註)
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この段階で、注文先の植木業者は昭和寮の敷地面積に対して、植木の本数がやや少ないと感じただろうか。あるいは、いろいろ事前に問い合わせをもらっていたのに、「しめて注文はこれだけ?」と多少ガッカリしたかもしれない。
東京土地住宅Click!が売りだした近衛町の敷地(第42・43号Click!)には、武蔵野に特有の既存樹木が数多く繁っていたので、建物の周囲だけ整地したあと、それら武蔵野の原生樹木の一部を活用するのかとも考えただろうか。既存の樹木は、おもに南側のバッケ(崖地)Click!に生えている原生林が、ほぼ手つかずのまま残されていたので、植木業者がそう悲観的に考えたとすれば無理もないだろう。
だが、3月23日付けの注文書は、まだほんの序の口だったのだ。つづいて、5日後の3月28日に出された追加注文書には、多彩な樹木リストが記載されていた。宮内公文書館に保存されている同資料から、再び引用してみよう。
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学習院青年寮新築ニ付庭苑植栽用樹木購入注文書
ヒマラヤシーダー(ヒマラヤスギ)
高二間-三間/葉張八尺内外/幹廻リ七寸-一尺 拾本
カウヤマキ(コウヤマキ)
高二間半内外/葉張七尺内外/幹廻リ八寸-一尺二寸 五本
タウヒ(トウヒ) 高二間内外/葉張六尺内外/幹廻リ六寸内外 五本
イテフ(イチョウ) 高三間半/葉張七尺内外/幹廻リ一尺内外 五本
カナメ 高二間内外/葉張六尺内外/幹廻リ六寸内外 拾本
ハンテンボク(ユリノキ) 高二間半内外/葉張七尺内外/幹廻リ九寸内外 参本
ヂンチャウゲ(ジンチョウゲ) 高三尺内外/葉張四尺内外 拾本
仝 (ジンチョウゲ) 高二尺五寸内外/葉張三尺内外 五本
サザンクワ(サザンカ) 高六尺内外/葉張三尺内外/幹廻リ三寸内外 五本
ツバキ 高八尺内外/葉張四尺内外/幹廻リ四寸内外 五本
モクセイ 高六尺内外/葉張五尺内外/幹廻リ一尺内外 参本
シヒ(シイ) 高三間内外/葉張六尺内外/幹廻リ一尺内外 四拾本
モチ 高二間半内外/葉張七尺内外/幹廻リ一尺内外 弐本
八ツ手(ヤツデ) 高五尺/葉張四尺/五六本立 参拾株
仝 (ヤツデ) 高四尺/葉張四尺/四五本立 参拾株
青木(アオキ) 高四尺以上/葉張三尺 四拾株
一、前記樹木購入候ニ付根巻枝吊養生ノ上青年寮構内指定ノケ所ヘ納入ノ事
一、期間申付ヨリ拾日間ノ事
(カッコ内引用者註)
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さすがに、これだけの種類の樹木と本数をそろえるのはたいへんだと判断したのか、前の注文書が納期まで「一週間」としたのに対し、今回の注文書は納品リードタイムを「拾日間(10日間)」と長めに設定している。
このリストに掲載された樹木が、戦争をへて92年後の今日までどの程度残っていたのかは、伐採されてしまったのでもはや詳しく調べようがないが、かなりの本数の樹木がそのまま保存され、手入れが繰り返されていたとみられる。
また、筒井弥生様も指摘されるように、上記の注文リストにサクラの木が存在しない。敷地南側のテニスコート脇、バッケ(崖地)の淵に生え、毎年みごとな花を咲かせていたサクラの巨木は、学習院昭和寮が建設されるはるか以前から繁っていた原生のものだろう。花弁がピンクがかった白だったので、ヤマザクラかオオシマザクラ、あるいは老樹となったエドヒガンザクラだったものだろうか。幹の太さからすると、樹齢は百年以上がたっていたのではないだろうか。そのサクラの巨木も、マンション建設のために惜し気もなく伐り倒されてしまった。
周辺住民のみなさんは、「目白が丘幼稚園周辺の交通安全・環境を守る会」(代表:早尾毅様)を結成して、長期にわたり緑の保存を訴えてきたが、学習院昭和寮(日立目白クラブ)から西へ500mほどのところにある下落合のタヌキの森Click!と同様、大きく育った樹木や樹齢100年を超える古木は一顧だにされず伐採されつづけている。
宮内公文書館に保存された同資料類には、「永久保存」という朱印があちこちに押されているが、かんじんの中身に記録された樹木類の大半は「永久保存」どころか、2018年から進むマンション建設のために、なんのためらいもなく90年余でさっさと伐り倒されている。唯一、正門や北側の塀沿いに残された樹木も、マンションへクルマが出入りする利便性を考え、道路の拡幅のために昭和寮時代からの塀を撤去し、ほとんどの樹々が伐採される計画だという。これだけ温暖化が大きな課題となり、緑地・樹林の保全が地球規模で叫ばれている中、もはや「どうかしてる」……としかいいようがない建設計画だ。
◆写真上:工事前に南側から眺めた、昭和寮のテニスコートがあった丘。右手にみえる老樹が、昭和寮の建設前から繁っていたとみられるサクラ。
◆写真中上:上は、学習院昭和寮の第4寮(上)と解体された現状(下)。中は、昭和寮敷地の西側に接する竹藪が美しかった坂道(上)と工事中の現状(下)。下は、1932年(昭和7)に航空機から撮影された学習院昭和寮の全景。
◆写真中下:上は、宮内公文書館に保存された資料「内匠寮昭和三年工事録・二〇/学習院ノ部・二」。(提供:筒井弥生様) 中左は、同上。中右は、昭和寮に生えるスダジイの巨木。1928年(昭和3)3月23日の注文書の「椎樹」か、3月28日の「シヒ」の1本とみられる。下は、2葉ともテニスコートに繁っていたサクラの老樹。
◆写真下:上・中は、「内匠寮昭和三年工事録・二〇/学習院ノ部・二」より。(提供:筒井弥生様) 下は、昭和寮の本館北側の塀沿いに繁る樹木類。マンションへのクルマ出入りを容易化するため、接道の拡幅工事でほとんどすべてが伐採される予定だ。
深夜に瞑想し、心がたゆたうようなアルバムですね。90年代のクレジットを見て納得しました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 14:57)
海老名の泉橋酒造は、丹沢山系の水系を酒造りに利用しているのでしょうから、かなり惹かれますね。ペットボトルなどに詰め商品化された話は聞きませんが、丹沢の水は富士山系に勝るとも劣らず美味しいです。丹沢でのキャンプの楽しみのひとつに、湧水のうまさがありました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 15:02)
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ありささん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 15:02)
子どものころ、周囲にはウクレレを弾くお兄ちゃんたちがいましたけれど、あの小さな弦楽器の音色はいまいち好きになれませんでした。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 15:05)
ChinchikoPapaさん
こんにちは
仰る通りで、丹沢山系の伏流水を使ってお酒を造っているそうです。
創業は安政4年(1857)といいますから、歴史のある蔵元さんですね。
海老名市には3年ほど住んでいたことがあります。
休日の夕方、夕日に染まる丹沢の山々をみるのが好きでした^^
そうなんでう、僕も湧水を汲みに行ったことがありました。
by kiyokiyo (2020-01-18 15:39)
kiyokiyoさん、コメントをありがとうございます。
神奈川県で水の美味しい街というと、すぐに海老名市と厚木市、それに山北町あたりが浮かびます。神奈川県の相模川水系を中心に上水施設を設計・施工していた親父が、よく大山・丹沢周辺に連れていってくれたのは、水が美味いからだったのかもしれません。丹沢でキャンプをするとき、よく沢沿いの湧水源を探してまわっていました。水が特別にいいので、江戸期から酒造が栄えたんでしょうね。
by ChinchikoPapa (2020-01-18 20:07)
数日前、東北や北陸の酒どころの仕込みは、寒さと雪とでたいへんだなぁ……などとのんきに思っていたら、きょうはこちらも雪で震えあがりました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 21:10)
昨日、BTO-PCを注文してしまいました。Core-i9にしたのですが、映像の編集やゲームでもやらない限りi7のパフォーマンスと、それほど大きくはちがわないようですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>@ミックさん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 23:25)
誰が「ネコの首に鈴を」という言い方もありますね。疑惑になんら説明をしようとしないでシカトする議員や、公私混同で税のムダづかいを放置する政府を、ふつうは「腐敗」しているというのですが、腐臭を感じて「おかしい」と問題意識を抱く国民の数が減っているのでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>サボテンさん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 23:30)
大寒が近づくと、そろそろウメの便りが各地からとどきますね。寒ザクラの芽も、そろそろふくらんできたでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>simousayama-unamiさん
by ChinchikoPapa (2020-01-18 23:33)
うちは庭にも木々が一杯あり、所有している山は森のようになって土壌が豊かなので、果樹を植えておくと自然に実がなります。その勝手に生っている果実をPapaさんに送ると恐縮して下さるが、なんの手数も労力もなくできたものなので、そんなに恐縮してくれずともいいです。
都会は木々が必要なのに、建設計画だとかなんとか言って伐採していくのは、空気も悪くなるし、温暖化も進んで厄介ですね。
by Marigreen (2020-01-19 08:54)
Marigreenさん、コメントをありがとうございます。
広大なお庭の豊かな樹林は、うらやましい限りですね。夏はすごしやすく、空気も澄んでとても気持ちがいいのではないでしょうか。もうすぐ、この地域周辺を描いた洋画の「武蔵野風景」シリーズを連載する予定ですが、時代が100年も経るとどのように変貌してしまうのかがわかって興味深いです。
by ChinchikoPapa (2020-01-19 12:38)
5年前にネコが死んで火葬にしてもらったのですが、ネコは「家につく」ということで、いまだに家の片すみへ写真とともに置いてあげています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 12:46)
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 12:47)
ポークソテーは、料理人しだいでご馳走にもなり、ただの焼いた豚肉にもなる難しい料理だと思います。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>(。・_・。)2kさん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 12:51)
昨日、京都はインバウンドのキャパシティが、もう限界だというニュースを見ました。既存の観光客が「京都ばなれ」を起こしており、深刻な課題となっているようですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ハマコウさん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 12:58)
「老人ホーム」といっても、いろいろですね。近くには、看護師・介護士・食事つき高級賃貸マンションのような「老人ホーム」がいくつも建設中です。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ピストンさん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 13:25)
いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 13:28)
わたしは原告としての提訴が三度、強制執行の経験が一度ありますが、いずれも取引先の請求未払い事案、あるいはオフィス賃貸料の敷金返却案件でいずれも勝訴しています。ただ、裁判の手続きや遂行には手間ヒマを考慮したとしても、どこか心理戦を含むゲーム感覚に似たものを感じますので、「裁判マニア」のような人が出てきてしまうのもわかるような気がします。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>いっぷくさん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 14:55)
1964年の東京五輪で、親から聖火ランナーを見にいったといわれていたのですが、まったく記憶に残っていません。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2020-01-19 23:54)
ご丁寧なコメントありがとうございます。日本のみならず、世界中のリーダーがおかしな方向に進んでいるような気がしてなりません。何とかしなければと思いつつ、次代の方々に期待して授業を進めています。
by サボテン (2020-01-22 07:43)
サボテンさん、こちらこそわざわざコメントをありがとうございます。
おっしゃる通りですね。なんだか、政治や社会に対する課題認識や問題意識の持ちようが、トンチンカンになっているような気さえします。政府のミスリードもそうですが、ひとりひとりが「おかしい」と感じる多角的な視座が、とてもたいせつだと感じますね。
by ChinchikoPapa (2020-01-22 13:26)
こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>fumikoさん
by ChinchikoPapa (2020-01-22 13:34)
池の水面に映る木々が、色とりどりで美しいですね。同じような写真を、国分寺の恋ヶ窪にある湧水池で撮影できましたので、近々掲載したいと思っています。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2020-01-27 10:04)