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家庭環境にとても恵まれた亀高文子。 [気になるエトセトラ]

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 明治末から大正期にかけ、「芸術家」をめざそうとすると、さまざまな障害や抵抗を覚悟しなければならなかった。「芸術」という仕事自体の社会的評価が、それほど高くなかったせいもあるが、なによりも家族や親戚一同から執拗に反対され、無理やり進路を諦めさせられたケースも多かっただろう。
 特に画家や小説家には、そのような事例が多々見られた。「男子たるもの、軟弱な絵描きになんぞなってどうするのだ」とか、「売文業など、得体のしれないヤクザのやる仕事だ」とか、「ちゃんとした定職に就いたら、趣味でおやりなさい」とか、ひどいケースになると「そんな、いい加減な人間に育てたおぼえはない。出ていけ!」と親から勘当された例さえあった。芸術家は「定職」とはみなされず、いかがわしい仕事で身すぎ世すぎをしている人間の代表のように見られがちな時代だった。
 そのような社会背景や家庭環境では、男子でさえたいへんな芸術家への道が、女子ではそれに輪をかけて困難だったことは想像に難くない。よほど理解のある家庭か、知的で視野の広い両親や、応援してくれる身内や親戚がいるのならともかく、ふつうの家庭では女子が芸術の道をめざすのは、まず絶望的な状況だった。
 洋画家をめざした長沼智恵子Click!は、東京へやってくる口実として目白にある日本女子大学の家政学部へ入学したが、同大学では美術教師をしていた松井昇に絵を習い、しばらくすると松井の推薦で谷中真島町1番地の太平洋画会研究所へと通いはじめている。福島県の実家では、てっきり家政学を熱心に勉強しているものとばかり思っていたのだろうが、長沼智恵子は「主婦」になるつもりなどさらさらなかった。つまり、女性が画家をめざすには、親をだましてでも習いつづける以外に方法がなかったのだ。
 太平洋画会研究所で、長沼智恵子の同窓だった渡辺ふみClick!(のち亀高文子Click!)は、智恵子とはまったく異なる、正反対の家庭環境から洋画家をめざすようになった。子どものころから、日本画家である父・渡辺豊州が仕事をするのを傍らで眺めて育ち、暇さえあれば絵を描いていたようだ。彼女が女子美術学校Click!へ通いたいといいだすと、父親は諸手を上げて賛成し娘を送りだしている。渡辺ふみの実家は横浜にあり、もともとハイカラで昔からの規範や枠組み、慣習などが希薄な家庭環境だったせいもあるのだろう。
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 少女時代の様子を、1922年(大正11)に大日本雄弁会講談社から発行された「婦人倶楽部」3月号の、亀高文子『苦しみよりも楽しみ』から引用してみよう。
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 他の友達が外へ出て毬をついたり、鬼事をして笑ひ興じて遊んで居る時、私は独り自分の室で古い日本画をひき写したり、何かしら好きな絵を描いたりして遊んで居ることに限りなき楽しさと幸福とを覚えました。小学校から女学校へ通ふやうになつても、私の絵に対する興味は益々濃厚になつてゆくばかりでした。懐かしくも思ひ出多い女学校を卒業いたしました時、私は何の迷ひもなく、其の時出来たばかりの女子美術学校へ入学することになりました。父はいふ迄もなく喜んで賛成して呉れましたので、私の希望は何の故障もなく達せられたのでした。之は生れながらの趣味が同じ道を歩む理解ある父の好意によりて順調に私のゆくべき道へ志すことが出来たのでございます。
  
 渡辺ふみの家庭ケースは、当時としては例外中の例外だろう。一家は、娘が本郷の女子美術学校や谷中の太平洋画会研究所へ通いやすくするため、横浜から東京の谷中清水町(現・谷中1丁目)へわざわざ転居している。
 渡辺ふみは、女子美術学校で熱心に勉強するが、子どものころから絵を描きなれていたせいか通常よりは早く技術は上達したものの、今日のように展覧会やコンペティションなどが存在しないので、絵を創作するというモチベーションを保ちつづけることが難しかったようだ。彼女は、女子美術学校に5年間も学んだにもかかわらず、「僅かに写生を覚えた位のもの」だったと、後年になって総括している。
 女子美を卒業してからは、谷中の初音町15番地(現・谷中5丁目)にあった満谷国四郎Click!のアトリエに通って弟子になり洋画を習いつづけたが、満谷から創立して間もない太平洋画会研究所を紹介されて通うようになり、そこで長沼智恵子と出会っている。
 そこでも家族、特に父親の強いバックアップがあったようだ。上掲のエッセイ『苦しみよりも楽しみ』から、再び引用してみよう。
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 私の画に対して非常な興味と理解とをもつて呉れる父は私の画が一枚一枚と描かれて行くのを何よりの楽しみとして居ました。それ故私は成るべく父を喜ばせ度いと思つて努力しましたが、時には幾分か父の悦びを買はうとして父の好きそうな画を描くやうなことさへありました。けれ共、父が本当によく私の画を見て呉れるといふ事が何程私の励みとなつたか分りません。/美術学校に居りました頃は静物とか、花とか、風景とかいつたものゝうちの或るものに特殊な興味を持つて居りませんでしたが、それがいつ頃よりか人間といふものに強い興味を感ずるやうになり、散歩の途中や、外出中にモデルのよいのに逢ふと描きたくて堪らないやうな気がいたしました。
  
 このあと、同じ洋画家の宮崎與平(実質、渡辺家へ婿入りのかたちなので渡辺與平Click!)との結婚や、よき理解者だった父親の死、出産、そしてわずか24歳の夫・渡辺與平の死と、洋画の道とは逆に実生活では波乱に満ちた生活を送ることになった。
 ところが、この苦難の生活や子育てが、かえって人間を深く見つめる契機になったようだ。若いころは、なにも理解せずに描いていた写生や、想像で描いていた表面的な絵へ、ほんとうの「人間味」が加わってきたと、どこまでも前向きに生きようとする渡辺ふみの性格が見える。そして、「自分の描かうとした或るものが、多少でも描き出された時の嬉しさは何にたとへん方もございませぬ」と文章を結んでいる。
 だが、女性の画家が子どもを抱えながら生きていくには、大正初期は厳しすぎる環境だった。文展で連続入選をつづけながらも、生活は決して楽にはならなかったらしい。1918年(大正7)になると、東洋汽船が運営する定期航路の船長だった亀高五市と再婚し、画名を亀高文子と名のるようになった。5年後、関東大震災Click!による被害と、夫の転勤にともなって神戸へ転居し、以降、活躍の舞台を関西へと移すことになった。
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赤艸社(亀高文子アトリエ).jpg
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 再婚した亀高五市も、妻の仕事には理解があって、彼女は自邸のアトリエに画塾「赤艸社女子絵画研究所」を創設して多くの生徒たちを集めている。いまでも関西地方では、女性への洋画普及のさきがけとして、亀高文子は語られることが多いようだ。
 最後に余談だが、娘の画家志望に賛成しためずらしいケースとして、下落合1385番地に住んだ甲斐仁代Click!の父親がいる。お話をうかがった、甲斐仁代のご姻戚・甲斐文男様によれば、彼女を一貫して応援しつづけたようだが、それはまた、別の物語……。

◆写真上:渡辺ふみは本郷弓町(現・本郷1丁目)の女子美術学校で学んだが、卒業した直後に同校は本郷菊坂町(現・本郷5丁目)の本妙寺坂沿いに移転している。写真は、本妙寺坂に建っていた女子美跡(右手の茶色いマンション)の現状。
◆写真中上は、制作年不詳の亀高文子『芙蓉』。は、本郷菊坂町の女子美術学校校舎。は、1935年(昭和10)の「火保図」にみる女子美術学校の様子。
◆写真中下は、渡辺ふみのポートレート()と、渡辺與平と結婚後に生まれた子どもたちとの記念写真()。は、1929年(昭和4)に制作された亀高文子『読書』。
◆写真下:いずれも神戸時代の写真。は、1935年(昭和10)に自邸のアトリエで制作する亀高文子。は、赤艸社女子絵画研究所が開設された亀高文子アトリエ。は、赤艸社での研究会の様子で中央のイーゼルが亀高文子。背後の壁には『読書』が見える。

読んだ!(18)  コメント(20) 

読んだ! 18

コメント 20

ChinchikoPapa

寒ザクラが満開に近いですね。紅白のウメも咲きそろいました。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 10:57) 

ChinchikoPapa

うちもずいぶん前から買い物袋を利用していますが、最近は個人商店でもいわゆる「レジ袋」ではなく、紙袋へ入れてくれるところが増えましたね。昔ながらの、新聞紙で商品を包んでくれる青果屋や乾物屋も、古い商店街では出はじめているでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 11:08) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 11:08) 

ChinchikoPapa

ラッドの『Inside Job』は、CDで見かけたことがありません。そもそもCD化されたのでしょうか? 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 11:13) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>@ミックさん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 11:13) 

ChinchikoPapa

いつも、「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>ありささん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 12:59) 

ChinchikoPapa

マックは風味が好きではないので、これまでほとんど数度しか食べたことがありません。モスもネット注文で同様のサービスがありますが、こちらはたまに利用することがあります。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>いっぷくさん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 14:29) 

ChinchikoPapa

楽器は、学生時代からピアノにフルートにと手を出してみましたが、遅かりしでまったくモノにはなりませんでしたね。やはり、楽器に親しむには、できるだけ早くからスタートしたほうがいいようです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ぼんぼちぼちぼちさん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 14:49) 

ChinchikoPapa

「夜の帝王」というのは、すごいネーミングですね。わたしは、あのほろ苦い菜の花のおひたしが大好きです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2020-02-17 21:39) 

Marigreen

私も親に「社会の役に立つ人間になれ」と言われ続けて育てられたので、自分に文学、演劇等をするのを禁じていました。本当は私は芸術方面が好きで、そっちの方へ行きたかったのですが、役に立つ人間になって、手すさびにピアノ等をやろうと思っていました。が、実際的な人間にはなれず、そのことで自分を責め続けて生きていました。還暦過ぎてから、そういう自分との折り合いがつき、好きなことをやっています。遅きに失したかもしれませんが。
by Marigreen (2020-02-18 07:48) 

ChinchikoPapa

きのうまでは「束の間」の春めいた陽気でしたが、きょうはまた冷えています。春が来たかと思ったら、「ぬか喜び」でしたね。w 「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
by ChinchikoPapa (2020-02-18 09:56) 

ChinchikoPapa

子どものころ、東京の河川には「船上生活者」がたくさんいたのを憶えています。80年代になると見かけなくなったのですが、いまは「車上生活者」として姿を変えたものでしょうか。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>サボテンさん
by ChinchikoPapa (2020-02-18 10:00) 

ChinchikoPapa

Marigreenさん、コメントをありがとうございます。
自分自身のことに、「遅きに逸した」ことはないのではないでしょうか。気づいたときに始めれば、それはその人の“生き方”そのものになりますよ。
by ChinchikoPapa (2020-02-18 10:03) 

ChinchikoPapa

ここ数日は暖かかったのですが、きょうは北風が吹いて少し寒いですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>okina-01さん
by ChinchikoPapa (2020-02-18 16:53) 

ChinchikoPapa

ボールペンは、パイロットの液体インクタイプ(VCORN)の各色をときどき使います。筆圧が少し必要な通常のボールペンは、あまり使わなくなりました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ピストンさん
by ChinchikoPapa (2020-02-18 16:58) 

ChinchikoPapa

あちこちの寒ザクラが、開花しはじめていますね。陽当たりがいいところでは、満開のところもあります。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>hirometaiさん
by ChinchikoPapa (2020-02-18 18:09) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2020-02-20 10:31) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2020-02-20 14:55) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>fumikoさん
by ChinchikoPapa (2020-02-21 11:42) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2020-02-29 11:20) 

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