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いくつになっても古書店めぐり。 [気になる本]

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 わたしが通っていた大学の周囲には、50~60軒ほど古本屋が店をかまえていた。大学の教科書や、新刊本を扱う大小書店は最寄りの駅まで歩くと6~7軒はあったと思う。大学の出版部が刊行した学術書のみを扱う専門店もあったが、この店はおそらく大学の直営だったのだろう。学生時代には、軒を並べる古書店にずいぶんお世話になった。
 大学の講義で使う教科書は、たいがいその教授や講師が著した本を用いるので、講義がスタートする4月には揃えておかなければならない。最初の講義では、「教科書はこれを使うので、成〇堂で手に入れておくように」とかなんとか、実物を手にして書店を指定するのでマジメな学生はちゃんと新刊本を購入していた。わたしは、教科書に3,000円も払うのがもったいないので(そんなおカネがあれば好きな本やレコードが買えるのだ)、畢竟、古書店めぐりをすることになる。
 前年に受講した学生が、不要になった教科書を近くの古書店に売るのはめずらしくなかったので、何軒かまわるうちにたいがい見つかる。だが、古本屋の親父のほうでもその需要を見こんでいて、ちょっとボロでも半額ならうれしかったが、定価より2割ほど安いぐらいが関の山だった。毎年、講義で同じ教科書を使う先生ならいいが、中には「今年は、この教科書を使います。出版したばかりだからね、古本屋にいっても置いてないよ」と、年度が変わるごとにちがう教科書を指定する印税稼ぎのセコイ先生もいて、泣く泣く2,500円(LPレコード1枚の値段)だかを払って買った憶えもある。
 現在でも、大学の周辺にある主要な古書店は健在のようだが、当時に比べれば店舗数は半減しているように思う。新しくオープンした店は知らないが、いまでも営業をつづけている店は30軒前後だろうか。そういえば、わたしが入学した1970年代の半ばすぎに、古書店を舞台にしたドラマを大学近くの店舗で撮影していた。確かユニオン映画の作品だったと思うが、あちこちでロケをしていたような記憶がある。その古書店を探してみたら、相変わらず健在だったのがうれしい。
 この年になってもネットの古書店を巡回することが多いが、できるだけ安く本を手に入れるというよりも、調べものの資料探しという目的がほとんどだ。江戸期から大正中期ぐらいまでの本は、すでに著作権が切れているので国会図書館をはじめ、各種のデジタルデータやアーカイブのサイトで閲覧・ダウンロードすることができるけれど、大正末から昭和にかけての本は、古書店めぐりをしなければ手に入らないし読むことができない。
 新刊本の本屋でも古本屋でも、わたしは本屋が大好きだが、初めて書店に入ったのはいつごろだろうか。もっとも古い記憶は、海街Click!に住んでいた子どものころ(幼稚園時代だろう)、駅近くの大型書店(確かサクラ書店とかいった)で、ディズニーの豪華絵本Click!を母親に買ってもらったあたりだ。確か『ぺりとポロ』『シンデレラ』、それに『ダンボ』は憶えているが、男の子がこんな本を喜んで読むはずもなく放置され、少女時代に戦時中の「英米文化排斥」の中で育った母親の欲求充足で終わったにちがいない。
 小学生になると、その大型書店が毎月配達してくれる小学館の『少年少女世界の名作文学』全50巻をあてがわれたが、半分も読んでいないのではないだろうか。それでも印象に残っている作品といえば、ヴェルヌ『十五少年漂流記』『海底二万里』『八十日間世界一周』、ルブラン『綺巌城』、ファーブル『昆虫記』、ディケンズ『クリスマス=カロル』、トウェイン『トムソーヤの冒険』、ドイル『シャーロック=ホームズの冒険』、スチーブンソン『宝島』、ポー『こがね虫』『盗まれた手紙』……ぐらいだろうか。そもそも、同全集の第1回配本が第11巻のオルコット『若草物語』だったので、しょっぱなから読む気が失せて眠くなった。小学生の男子に、『若草物語』はどう考えても退屈きわまりない作品だろう。それに、「名作文学」などよりよほど面白いものがあったのだ。
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 そう、いわずとしれたマンガだ。当時は、カッパ・コミクス(光文社)になっていた『鉄腕アトム』と『鉄人28号』、「少年サンデー」(小学館)や「少年キング」(少年画報社)、「少年マガジン」(講談社)などをむさぼるように読んでいた。これらのマンガ類も、わざわざ書店へ買いにいかずに、配達員がとどけてくれたのを憶えている。そのうち、『おそ松くん』や『オバケのQ太郎』が連載されていた「少年サンデー」をよく読むようになったが、それも小学5~6年生になるころには飽きてしまった。それに代わって、俄然、興味がわいてきたのが推理小説と冒険・オカルト本Click!の類だ。
 わたしは、学校の図書室に入りびたりになり、今度は『世にもふしぎな物語』とか『まぼろしの怪獣』、『空とぶ円盤の謎』『幽霊を見た!』『恐怖の幽霊』『ネス湖の怪獣』……などなど、不思議な話や怖い話に惹きつけられた。これらの本は、子どもの本を多く出版していた偕成社や小学館のものが多かったように思う。冒険やSF、オカルトなどがブームになった背景には、怪奇・怪獣ブームに火を点けた円谷プロの「ウルトラQ」や「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」などが流行ったからだろうか。
 また、推理小説はご想像のとおりドイルの「ホームズ全集」やルブランの「ルパン全集」を、片っ端から読んでいった。これらの作品は、家にあったのを何度か読み返しているので、学校の図書室から借りだしたのではなく、いつもの書店からとどけてもらっていたように思う。当時は、ハヤカワ・ミステリ文庫やハヤカワ・ポケットミステリ(ともに早川書房)の全盛期で、推理小説ブームでもあったのだろう。中学時代を通じて、推理小説のマイブームはつづくことになる。
 推理小説を読んで刺激され、暗号をつくって解読しあう“暗号遊び”も、友だち同士でずいぶん流行った。期末試験が迫って忙しい、オトベ君の家に暗号をこしらえてもっていったら、試験勉強中だったらしく「そんなことしてる時間ないんだよう」と、迷惑顔されたのをいまでも憶えている。わたしは、期末試験でも忙しくないので(要するに学校のお勉強が大キライなので)、フラフラ遊びながら好きな本を読んでは妄想をふくらませていた。おそらく、子ども用に出版されていたドイルやルブランの作品は、すべて読みつくしていると思う。
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偕成社「世にもふしぎな物語」.jpg 偕成社「まぼろしま怪獣」.jpg
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 以前、わたしが初めて書店で買った日本文学の作品は、旺文社文庫版の夏目漱石Click!『吾輩は猫である』Click!と書いたが、どこが面白いのかサッパリわからなかった(いまでもわからない)。推理小説では、東大の安田講堂事件があったころ初めて書店で手にした、創元推理文庫(東京創元社)で改版したての分厚いコリンズの『月長石』だった。確か友人に奨められたと思うのだが、あまりに長すぎて途中で投げだしたのを憶えている。
 その後、創元推理文庫はずいぶん読んだけれど、このころには江戸川乱歩Click!など日本の推理・怪奇作家の作品にも目を向けだしていた。近くの本屋さんへいくと、春陽文庫(春陽堂)のピンクも目に鮮やかな「江戸川乱歩名作集」がズラリと並び、少しエロチックで怪しげな装丁にも誘われて全巻を読んだ記憶がある。ついでに、「兄に頼まれたんですけどぉ~」とかなんとかいって、終刊間近な「ボーイズライフ」(小学館)を買って帰ったのも憶えている。金髪でビキニのお姉さんたちが、あちこちに登場する同誌だったが、残念ながら1970年ごろに廃刊になった。もちろん、わたしに兄などいない。
 「ボーイズライフ」は、おそらく高校生から少し上ぐらいまでの年齢層をターゲットにした、ハイティーン向けの総合雑誌だったのだろうが、当時の高校生はといえば毎週発刊される「週刊プレイボーイ」(集英社)や「平凡パンチ」(平凡出版)などのほうに流れ、おとなしい「ボーイズライフ」など買わなかったのだろう。確かにビキニのお姉さんよりは、裸のお姉さんのほうがいいに決まっている。ちょうど「少年チャンピオン」(秋田書店)が発刊されたころ、推理小説や冒険・SF小説のほうがよほど面白く感じていたわたしは、荒唐無稽で子どもっぽいマンガにまったく興味を失った。
 小学生のとき以来、いまでもマンガはほとんどまったく読まないのだが、いつだったか「なぜ読まないの? 大人が読んでも、読みごたえのある作品はたくさんあるよ」と訊かれ、答えに窮したことがあった。単に「つまんないから」では、ちょっとマンガ好きな相手に対して失礼になるので、「情景が規定されて面白くない」と答えたように思う。
 確かに、テキストの世界は想像をどこまでも野放図に拡げられ、物語をベースに自分自身ならではの世界を、頭の中へ自由自在に描きだし構築することができるが、マンガはどうしても描かれたイメージが先行してあらかじめ情景が規定・限定され、好き勝手に場面を想像できる余地が狭いかほとんどないに等しい。つまり、どのようなストーリーであるにせよ、自分で好き勝手に想像できず、舞台や場面を押しつけられるのが「つまんない」要因なのかもしれないな……と、すっかり“テキスト脳”になってしまったわたしは考えている。
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 書店で単行本が無理なく買えるようになったのは大学生のころからで、それまでは毎月の小遣いの中から捻出して、おもに文庫本を買っていた。高校1年生の夏休み、「倫理社会」の課題図書でパッペンハイムの『近代人の疎外』を買ったことがある。古くから岩波新書に入っている1冊で、このとき初めて新書本を手にしたのだと思う。でも、パッペンハイムさん(および翻訳者さん)には申しわけないが、「つまんない本におカネをつかってしまった、古本屋で買えばよかった」と、むしょうに腹が立って後悔したのを憶えている。(爆!)

◆写真上:古本屋の店先で、平積みの中に思わぬ貴重本が眠っていることもある。
◆写真中上は、小学生時代にあてがわれた「少年少女世界の名作文学」(小学館)第1回配本のオルコット『若草物語』。出鼻をくじかれた少女趣味の作品だが、同時に収録されたポーの作品は面白かった。中左は、長すぎて途中で投げだした中学生時代のコリンズ『月長石』(創元推理文庫)。中右は、「兄」に頼まれてたまに買った月刊「ボーイズライフ」(小学館)。は、懐かしい大学近くにあったかつての古書店街。
◆写真中下は、いかにも怪しげな装丁に惹かれた「江戸川乱歩名作集」(春陽文庫)。は、マンガより面白くなった「少年少女世界のノンフィクション」(偕成社)。は、いまだに電話番号の局番が3桁の同じく懐かしい古書店街の一画。
◆写真下上左は、小学生時代の「名探偵ホームズ」全集(偕成社)。上右は、懐かしい同時代の『怪盗ルパン』(講談社)。中左は、高校1年の夏休み課題図書だったパッペンハイム『近代人の疎外』(岩波新書)。いまなら面白く読めるのかもしれないが、当時は「つまんない」本の代表だった。中右は、同じ岩波新書でも面白かった杉浦明平のルポルタージュ『台風13号始末記』。は、学生時代にドラマのロケをしていた学生街の古書店。いつの間にリニューアルしたのか、当時とは比べものにならないほどキレイな店舗になっている。

読んだ!(22)  コメント(13) 

読んだ! 22

コメント 13

サンフランシスコ人

サンフランシスコの日本町

http://www.yelp.com/biz/forest-books-san-francisco-2?hrid=9K6w-uCmtW7zdIBJto-CiQ

英語書の古本屋が1軒あります....
by サンフランシスコ人 (2023-02-07 03:04) 

ChinchikoPapa

サンフランシスコ人さん、コメントをありがとうございます。
古書店もネットが中心になって、店舗が少なくなっていくのが淋しいですね。
by ChinchikoPapa (2023-02-07 10:03) 

ぼんぼちぼちぼち

古書店巡りは楽しいでやすよね!
思わぬ掘り出し物に出逢えること、しばしばでやすね。
貴記事に挙げられている中では、江戸川乱歩はけっこう読みやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2023-02-09 18:19) 

ChinchikoPapa

ぼんぼちぼちぼちさん、コメントをありがとうございます。
「なにが出てくるかわからない」ところが、古書店めぐりの醍醐味ですね。江戸川乱歩の文庫版は、子どものころに読んだ記事掲載のシリーズの印象が強烈で、いまだにあれ以上の装丁に出会えていません。w
by ChinchikoPapa (2023-02-09 23:06) 

水谷嘉弘

しばらくです。早稲田古本屋街のお話、懐かしく拝読しました。店頭写真を見て記憶が蘇ってきました。明治通りから入って北側を「安藤書店」「三楽書房」と回り始めるルートが定番、「文英堂」「二朗書房」は神保町にも引けを取らない雰囲気がありました。前者は早稲田文士、尾崎一雄の作品にも登場したはずです。「古書現世」はまだなく、「いこい書房」「五十嵐書店」「さとし書房」と続けて覗いて、聡さんのお店でお茶を御馳走になりながら駄弁ったものでした。店番をやったこともありました。あれから50数年、今でも年賀状をやり取りしています。
by 水谷嘉弘 (2023-02-10 15:54) 

水谷嘉弘

訂正です。さとしさんは、敏さんです。失礼いたしました。
by 水谷嘉弘 (2023-02-10 16:08) 

ChinchikoPapa

水谷嘉弘さん、コメントをありがとうございます。
早稲田の古書店で店番をされてたんですね。わたしは店名を憶えるのが苦手で、よほど特徴のあるネームでないと忘れてしまうため、特にあれだけ古書店が集まっていますと“店の場所憶え”のみに頼っていました。おそらく、学生時代は古書店ハシゴがめずらしくなかったので、上記で挙げられている店にも入ったことがあるかと思います。
調べてみましたら、古書現世は1976年の創業で(その割には、当初からかなり古びた店構えでしたがw)、わたしの入学とほぼ同時期に開店したのですね。同店の主人が書き、昨年出版された『早稲田古本劇場』(本の雑誌社)を入手しているのですが、まだ読めていません。
by ChinchikoPapa (2023-02-10 16:35) 

水谷嘉弘

僕は、すぐ近くの戸山高校の生徒時代に古本屋巡りを始めました。明治通りをトロリーバスで通学していました。大学は戸塚から離れましたが、敏さんの店で知り合った同世代の友人たち~古本仲間、と会って情報交換するのが楽しみで早稲田通いは続けていました。1976年には社会人になっていたので落合道人さんとはすれ違いですね。「古書現世」は敏さんから今度新しい店が出来たと聞いて訪ねたのを覚えています。文学書中心だった「さとし書房」もこの何十年かは赤本専門店として知られているようです。店頭写真も既に赤本の棚が目立っていますね。
by 水谷嘉弘 (2023-02-10 17:08) 

pinkich

安東邸は解体期限を過ぎてもまだ解体されていないようですがそろそろ限界ではないでしょうか。有姿を見たい人今のうちにに!
by pinkich (2023-02-10 18:24) 

ChinchikoPapa

水谷さん、重ねてコメントをありがとうございます。
わたしが古書店をよく利用したのは、記事中の教科書を手に入れる必要もありましたが、やはり市価よりは廉価で本を入手できるからでした。駅前の大きな芳林堂で1冊買うよりも、貧乏学生には同じ金額で2~3冊買えるのがやはり魅力でしたね。卒業シーズンなど学生たちの移動時期になると、引っ越しで持っていくのが面倒なのか蔵書を売り払ったようで、けっこう出たばかりの本が古書店の棚に並んでいました。
“赤本”は、わたしの学生時代から置いている店がありましたけれど、店内の書棚はほとんどが単行本で、文庫や新書はたいがい店前のワゴンなどで安売りされていました。古くからの古本屋街の矜持でしょうか、当時はどこの古書店でもマンガは扱っていなかったと思います。
by ChinchikoPapa (2023-02-10 23:32) 

ChinchikoPapa

Pinkichさん、コメントをありがとうございます。
明日アップする記事でも書きますが、落合地域の緑地減少率はいつも新宿区のトップに挙げられており、かなり深刻ですね。わたしの学生時代に比べ、80%以上の樹木が伐られていると思います。
by ChinchikoPapa (2023-02-10 23:36) 

kiyo

自分は、小学校や中学校の図書館、図書室では、空想科学小説、のちのSFの分野に惹かれて、その後の、丁度、始まったばかりのハヤカワSF文庫やJA文庫や、当時、そろそろ、見当たらなくなり始めていたハヤカワSFシリーズ、創元社のSF文庫を買い集めていきました。

by kiyo (2023-02-16 08:57) 

ChinchikoPapa

kiyoさん、コメントをありがとうございます。
小学校の高学年や中学校では、それぞれ生徒たちの興味が少しずつ分かれていく年ごろですね。おっしゃるとおり、「SF」「推理・サスペンス」「オカルト」「物語(おもに女子)」などに、友人たちも分かれていきました。休み時間になると、読んだ本の情報交換をしていた憶えがあります。
by ChinchikoPapa (2023-02-16 10:38) 

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