SSブログ

ブログ17年目の今日に想うこと。 [気になる下落合]

16周年01.JPG
 この11月24日で、拙ブログは17年目を迎えた。ずいぶん長いことつづいたものだが、最近は落合地域とその周辺域のかなり細かい事績まで判明してきているので、書く側としてはますます面白い。ちょっとした記録にも、それに重ねあわせる同時代のエピソードや近所の出来事などが、シンクロしていくつも思い浮かぶ。
 それは、いわゆる通常の「郷土史」や「地域史」ではあまり語られることのない、ほんの些細な事件だったり些末な出来事だったり、ウワサ話だったり、実は錯覚にともなう誤伝だったり、その地方・地域ならではの慣習やブームだったりするのだけれど、そういう小さくて一見どうでもよさそうな物事が、地域の時代性をよく反映し、リアルな記述や表現を可能にする、たいせつな要素なのだとつくづく思う。いいつくされた言葉かもしれないが、記録や記憶を掘り起こす際の文章表現と“リアリティ”とが深く関連するテーマ、記録文学やノンフィクションにおける大きな命題のひとつだ。
 拙ブログでは、自治体あるいは公的な郷土史料(地元資料)なら目を向けないような、とるに足らないテーマや、つまらない小事件、どうでもいいようなエピソードや伝承などを、これまで大量に掘り起こしピックアップして書いてきた。別に、書くことがないから些末なテーマをあえて取りあげ、重箱のすみをつっつくような記事を書いているつもりはない。それらは、地域で語り継がれる主要な物語の「骨子」に対する、実は豊かな「肉づけ」につながるたいせつな要素だと思うからだ。
 たとえば、連作「下落合風景」Click!を描いた佐伯祐三Click!は、なぜニワトリClick!を飼育していたのか、ニワトリはどこから購入したのか、なぜ佐伯は萬鳥園種禽場Click!の住所を曾宮一念Click!あてのハガキに書きかけて何度も訂正しているのか、空き地や広場のどこで中学時代Click!から大好きな野球Click!をしていたのか、そのときご近所のチームメイトClick!には誰がいて審判Click!は誰がつとめていたのか、いつどこからなんの贈り物Click!歳暮Click!をもらっていたのか、魚屋Click!はどの店を利用していたのか、乾物屋からはどんな品物Click!をとどけてもらっていたのか、なぜ写真を撮られるとき笑顔ではなくいつも憂鬱な顔Click!になるのか?……などなど、どうでもいいようなディテールが、きわめて重要な意味を持つことさえありうる。また、だからこの現場で「下落合風景」Click!を描いていたんだな……と、新たな“気づき”や視界の拡がりなども、ときには得ることができる。
 いや、この課題は別に“有名人”に限らない。金融恐慌から大恐慌Click!を招来した昭和初期、新興住宅地の落合地域も少なからず影響を受けたとみられるが、具体的にはどのようなことが起きていたのか、新築から間もない近衛町Click!小林邸Click!目白文化村Click!安食邸Click!は、なぜすぐに転居することになったのか、この大恐慌で下落合から練馬へ移転した目白中学校Click!の卒業生たちは、どのような影響を受けているのか……?
 大正期から、東京郊外にはドロボー事件Click!が急増するが、どのようなタイプの窃盗が横行していたのか、ねらわれた家庭にはどのような住宅が多かったのか、なぜ昭和期に入ると新たなタイプのドロボーや強盗Click!が登場してくるのか、ドロボーに対するセキュリティには、各時代でどのような対策がとられているのか、また落合地域に限らず、同時代の近隣地域における状況はどうだったのか?……etc.
 各時代の些細なテーマを掘り返せばキリないが、これらの現象は落合地域で同時代に暮らしていた人々へとつながり、大なり小なり影響を与えているはずだ。彼らの日常や当時の生活観を深く理解し、よりリアルかつ正確な人物たちの暮らしぶりをとらえるためには、これらのディテールが “肉づけ”の欠かせないパーツとなって存在していることに気づく。
16周年02.JPG
16周年03.JPG
早稲田駅1974.jpg
 米国の記録文学者ジョン・マクフィーが、プリンストン大学で講義をした内容を再編した、『DRAFT NO.4:On the Writing Process by John McPhee』の邦訳が出た。2020年に白水社から出版された、『ノンフィクションの技法』から引用してみよう。
  
 もう一つ、わたしが未だにチョークで板書している標語に触れておこう――「一〇〇〇の細部が一つの印象をつくる」。実は、これはケーリー・グラントからの引用である。細部というものは、それ自体で意味を持つことはほとんどないが、総体としてきわめて重要だという意味である。/細かな事実のどれを記事に入れ、どれを省くかを、書き手はそもそもの初めから考えなくてはならない、現場でメモを取る記者は、言うまでもなく、実際に目に入ったものの多くを省いている。文を書くことは選択であり、出発点ですでに選択は始まるのである。わたしはメモを取るとき、後で記事に使えるとは思えないことも含め、とにかくたくさん書きとめるが、それでも選択をしている。実際に稿を起こすと、選択の幅はさらに狭まる。これはまったく主観に頼って進める作業で、自分にとって面白いことは使い、そうでないことは省くのである。未熟なやり方かもしれないが、ほかの方法をわたしは知らない。
  
 わたしが記事を書くときと、まったく同じ手順であり手法なのに驚く。わたしは取材(インタビューや資料調べの双方)をするとき、どうでもいいような些細なことまで選択的にノート(PC)に書きとめている。そして、それらの中から書こうとしている記事をよりリアルに、あるいはより面白く、さらにはより深く実情に近い空気感を盛りこむために、それらのディテールを記事の特性にあわせて混ぜあわせながら記述している。
 つまり、「落合地域のどこそこに、×××で有名な××××が住んでいて、×××××のような業績を残した」というような、味も素っ気もない、いわば教科書・論文のような記録や記述ではなく、有名無名に限らずその時代に生きた人々について、当時の具体的な暮らしの感触や周辺の環境、空気感、音や匂いなども含め、その人物に「血のかよった」有機的な物語として展開していくためには、一見些細でどうでもいいような先述のディテールが、実はとてもたいせつな関連性や意味をもってくることに気づく。ジョン・マクフィーの言葉でいえば(実際の出所はケ―リー・グラントだそうだが)、「一〇〇〇の細部」へのこだわりこそが表現(映画や文章を問わず)、すべての印象を大きく左右するのだと思う。
16周年05.JPG
16周年06.jpg
セメントの坪(ヘイ)観察.jpg
 当時の人々は、実際にそれらの細かな物事を見聞きし、ときには自ら経験し、同じ環境や世相(社会状況)の空気の中で生きていたのだから、どこかで影響を受けていないわけがないのだ。しかも、それが近隣で起きた出来事やテーマ、事件・事故であればなおさら、自分自身の不安や悩みとして、あるいは自身が住んでいる地域の問題として、さらには当時の日本の課題として、どこかで認識していたにちがいない。これは別に負の課題に限らず、地域の誇りや楽しみ、喜び、祝いなどのテーマでもまったく同様だろう。
 それをあぶりだすモノが、各時代における細かな日常の些事(ないしは煩瑣事)であり、ある時代にそこで暮らしていた人物が抱いていた生活観を理解すること、彼らが目にしていた風景を想い描くこと、そして彼らをとり巻いていた空気感を呼びこみ想像することに、それらのディテールが少なからず役に立つのではないかと考える。
 換言すれば、落合地域で暮らしていた、とある人物を描こうとすれば、その人物の経歴や仕事・業績(作品など)、言動などを記述するだけでなく、その人物の性格や性癖、好き嫌い、考え方、趣味・嗜好、仕事以外のささやかなエピソード、そして彼らの周辺に存在したモノや音(生活音や音楽)、同時期に周辺で起きていたことがら、あるいは当時の社会状況などのディテールを、何重にも繰り返し重ね合わせて描写することで、よりリアルで正確な人物像をとらえることができる……と考えるのだ。
 1970年代から1990年代にかけて、数多くの優れたノンフィクション作品を残した共同通信社の斎藤茂男は、若い書き手の前でこんなことをいっている。1989年(昭和64)に築地書館から出版された、斎藤茂男『夢追い人よ』から引用してみよう。
  
 (前略) 修行というか、勉強というか、その最良の機会は「事実によって鍛えられる」という鉄則を超えるものはどうもないのじゃないか。昔から新聞記者の世界でいわれている当たり前のことだが、やっぱりわれわれは、事実というものによって視点を鍛えられて、少しずつ、少しずつ、螺旋状を描きながら自分の観点や感性を練り上げていく――そういう作風みたいなものを身につけていくしかないんじゃないか、というのが私の実感です。
  
 わたしは、記者という仕事は一度もしたことはないが、人にせよ地域にせよテーマがなんであるにせよ、それをとらえる観点や認識、ときには感性が「螺旋状を描きながら」練りあげられていく……という感覚は、この17年でなんとなくわかったような気がする。
16周年08.jpg
16周年09.jpg
16周年10.JPG
 しかも、デジタルメディアだからこそ、タテにつづく螺旋形の積み重ねのように記述や記録を蓄積でき、いつでも出発点となった過去のテーマ、あるいは枝分かれをした気になる記事を瞬時かつスムーズに検索し参照することができる。これが紙媒体なら、そのコンテンツにたどり着くまでのスピードや効率面では、まず困難で不可能な作業にちがいない。

◆写真:落合地域のテーマなどにからめ、近ごろの取材先や関連していそうな情景。

読んだ!(18)  コメント(22) 
共通テーマ:地域