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1930年(昭和5)に課せられた税金づくし。 [気になる下落合]

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 1930年(昭和5)に出版された『高田町政概要』Click!(高田町役場)には、巻末に付録として町村レベルの自治体に関係する税金の一覧と、各種申請書や届出書の様式(書類)への詳しい記入例などが掲載されている。これを見ていると、当時の行政側の徴税に関する考え方や、税金を払う当時の住民たちの暮らしなどが透けて見えてくる。
 当時の所得税は、第一種所得税・第二種所得税・第三種所得税の3種類に分けられていて、町村の自治体で扱うのは第三種所得税だった。その税率表によれば、年間に1,200円を超える所得があった住民には、8%の所得税が賦課されている。1935年(昭和5)の給与額から換算した当時の1円は5,000円前後だから、年間600万円ほどの収入があった人は8%、すなわち約48万円を所得税として納付する義務があった。もちろん累進課税なので、所得が増えれば増えるほど税率は高くなっていく。
 年間1万円を稼げば9.5%、5万円だと17%、10万円だと21%、100万円だと27%が所得税として計算された。たとえば100万円は、今日の貨幣価値に換算すると50億円ぐらいだから、よほど裕福な華族かおカネ持ちの企業家でなければ稼げない額だ。50億ほど稼いでも、13億5,000万円が税金としてもっていかれる額だった。所得税の税率一覧では、400万円の36%まで掲載されているが、1930年(昭和5)から数えて10年ほど前までは、第一次世界大戦の成金ブームで年間にそれぐらい稼げる戦争商人がいたかもしれない。
 また、法人や個人への営業収益税は純利益に対して法人の場合3.6%、個人の場合は同じく2.8%を納付しなければならなかった。たとえば、1,000円(約500万円)ほどの純利益が出れば、法人の場合は36円(約18万円)、個人の場合は28円(約14万円)が税金だった。営業収益税のほかにも、営業しているだけで賦課される営業税(現在の事業税)というのがあり、これが業種業態ごとに非常に細かく分類規定されている。
 たとえば、商品の販売店や飲食店、旅館、貸席業、運送業、下宿業などは、売上高の0.5%が営業税として徴収される。商店の場合、年間の売り上げ高が2,000円(約1,000万円)ぐらいだとすると、そのうち10円(約5万円)が営業税ということになる。これが金融業だと売上高の11%、周旋屋(引っ越し屋)や問屋業だと5%、料理屋だと1.6%、製造業や印刷業、出版社、写真館だと0.5%、銭湯は1.1%……などなど、非常に細かく業種業態が規定されている。ただし、床屋の場合は一律1円90銭(約9,500円)だが、従業員がひとり増えるたびに1円ずつ加算されていった。
 同じ一律の営業税で面白いのは、芸者の置屋の場合で、芸者ひとりにつき月額4円80銭(約2万4,000円)、「小芸者」つまり半玉ひとりにつき月額1円90銭(約9,500円)が課せられた。これを年額に換算すると、芸者がひとりいれば57円60銭(約28万8,000円)、半玉でさえ22円80銭(約11万4,000円)もかかったことになる。また、遊技場では1930年(昭和5)ごろ大ブームとなっていた玉突き場(ビリヤード)Click!が高く、玉突き台1台につき年間で45円(約225,000円)も取られている。ブームで流行っている事業から、税金を取れるときにたくさん取っておくというのは、いまも昔も変わらないようだ。雀荘などの場合は、ゲーム台1台につき年間24円(約12万円)が課税されていた。
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 以上の業種業態は、年間または月間で課せられている税金だが、開業するごとに日割計算で課税される業種もあった。たとえば、寄席や映画館は開館するごとに30銭(約1,500円)が徴収される。また、「遊覧所」のような事業、たとえば遊園地やサーカス、見世物小屋などは、やはり開業(開設)した日ごとに1円50銭(約7,500円)が課せられた。一見、安い税額のように見えるけれど、もし年間300日ほど開館した寄席や映画館は90円(約45万円)、「遊覧所」の場合には450円(約225万円)ほどが、お客の入りにかかわらず税金で消えていくので、法人や商店に比べればかなり高額だったのがわかる。
 次に「雑種税」と呼ばれる、人々の暮らしと密接に関連する物品にかけられていた税金を見ていこう。たとえば、自宅に馬車があった場合(そんな家はめったにないが華族屋敷には常備していた)、2頭立て馬車は年間110円(約55万円)、1頭立てだと75円(約37万5,000円)、自家用人力車はふたり乗りが年間15円(約7万5,000円)、ひとり乗りの俥(じんりき)が9円(約4万5,000円)、自家用車(マイカー)が5馬力以下が年間49円(約24万5,000円)、10馬力以下が82円(約41万円)となっている。このあたりの華族邸やおカネ持ちの屋敷では、自家用の馬車や俥(じんりき)、自動車を所有するのがめずらしくなかったので、目白・落合地域の自治体にはいい収入源となっていただろう。
 また、荷運び用の馬車には年間8円50銭(約4万2,500円)、牛車の場合は細かく規定されていて、大型の荷台のものは荷馬車と同額が年間に徴収されている。庶民に手がとどく自転車にも課税されており、年間2円60銭(約1万3,000円)の納税義務が課せられていた。自転車に付属するリアカーを所有していると、年間にプラス1円20銭(約6,000円)も取られた。自動車とともに、大正末ごろからおカネ持ちの間でブームになっていたオートバイは、年間14円(約7万円)の税額だった。
 ただし商売用の自動車、たとえば魚市場や青果市場へ生産物を運んだり、地方から穀物を運んでくる物流トラックなどには一律課税ではなく、年間の取引高に応じた税金が架けられている。「特殊自動車」と名づけられたこれらのクルマは、魚市場と青果市場の場合は取引高の0.0001%、米穀市場の場合は0.00004%、その他の市場の運搬車は0.0002%とかなり優遇税率が設定されていたのがわかる。これは、税金が物流全体の経費に与える影響を考慮し、生活必需品の物価を安定させるための措置なのだろう。
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 昭和初期の郊外では、どこの住宅でもイヌを飼うペットブームにわいていたが、イヌ1頭あたり年間8円(約4万円)の税金が取られている。もちろん、そこらをうろついたり魚屋の前でスキをうかがっているネコは無税だ。一方、家畜は牛が1頭あたり年間80銭(約4,000円)、馬が64銭(約3,200円)、ヤギ・ヒツジ・ブタが16銭(約800円)だった。郊外に多かった「東京牧場」Click!などで、牛を100頭ほど飼育していれば、年間で80円(約40万円)ほどの税金が発生していた。ひょっとすると、落合火葬場Click!の裏手にあたる上高田の裕福な「乞食部落」に隣接して、ヤギ牧場Click!を経営していた秋山清Click!も、納税期には金策に苦労していたかもしれない。
 そのほか、職業に賦課される税金というのもあった。たとえば、「遊芸師匠」と呼ばれる長唄や清元Click!、常磐津、義太夫、小唄、三味Click!謡曲Click!、琵琶、詩吟、日本舞踊などの師匠(おしょさん・おしさん)Click!は、1等から4等までの芸レベルで等級づけされ、1等の場合は年額50円(約25万円)が課税されている。また、「技芸士」と呼ばれる落語家、講談師、奇術師、活動写真弁士などは同様に1等から5等までのレベルが決められ、1等の場合は年間64円(約32万円)も納税しなければならなかった。同様に、太鼓持ち(幇間)も1等と2等があり、1等の場合は月額4円(約2万円)、年額にすると48円(約24万円)なので、遊芸師匠とあまり変わらない税額だった。
 職業の中でも、とび抜けて税金が高額なのは、歌舞伎や新派などの役者や映画俳優たちで、1等から7等まで分類されている。1等は年間400円(約200万円)で、2等が240円(約120万円)、いちばん安い7等でも9円(約4万5,000円)だった。1930年(昭和5)現在、あちこちから引っぱりだこだった高田町雑司ヶ谷旭出43番地(のち目白町4丁目43番地)に住んだ、華族出身の映画スター・入江たか子(東坊城英子)Click!や、人気が高かった新派の水谷八重子Click!などは、おそらく1等~3等あたりの税額規定を受けていたのではないだろうか。
 また、舞台や映画、各種展覧会、相撲などを楽しむのも「観覧料」と呼ばれる課税の対象だった。たとえば、50銭~1円未満の入場料では、1回の税額が2銭(約100円)、歌舞伎の桟敷席や相撲の砂かぶりなど高額な席で、たとえば7円(約3万5,000円)ほど支払うと25銭(約1,250円)の税金が発生した。つまり、なにか楽しいことをしようと行楽に出かけたり、いわゆる遊楽をともなう施設やイベントへ入場したりすると、そこには「よくきたね、いらっしゃい!」と役所の“納税課”が待ちかまえていたわけだ。
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 この遊楽のために、どこかへ入場・入館する際に発生する「入場税」は、ありとあらゆる施設に拡大され、戦時中は中断されたものの、戦後も引きつづき課税されつづけたが、1989年(昭和64)にすべての売買行為に課税する消費税の導入とともに廃止された。ただし、ゴルフ場の利用のみ、現在でも「娯楽施設利用税」と同等のものが課税されている。

◆写真上:西側から見た高田町役場跡の現状で、右手の緑は学習院の森。
◆写真中上は、「雑司ヶ谷の鬼子母神が舞台の、新派の芝居をやってるから観たいわ」などというと、1等席ならふたりで60銭(約3,000円)ほどの税金が発生した。写真は『残菊物語』で、お徳の水谷八重子(右)と菊之助の花柳章太郎(左)。は、ビリヤードの台は1台につき年間45円(約225,000円)も課税された。(小川薫アルバムClick!より)
◆写真中下は、学習院馬場で乗馬をする院生たち。この地域は華族屋敷には馬車が、目白駅の運送店には荷馬車Click!が、さらに乗馬用の馬たちもたくさんいたので動物税は多かっただろう。は、大黒葡萄酒Click!の荷馬車とトラック。ワインは生活必需品ではないので、生鮮食料品用の物流馬車やトラックに比べ税金が高かった。
◆写真下は、小泉清アトリエClick!の表側だった鷺宮の小泉ビリヤード。は、「年間8円(約4万円)払えワン!」のイヌと、「なにしてようが無税で勝手だニャ」のネコ。

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