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「怪談興行」や「グロ週間」もある公楽キネマ。(下) [気になる下落合]

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 時代劇ばかり制作されると、主演は必然的に刀を振りまわす男優の起用が多くなる。上映された53作品のうち、女優が看板主演しているのは、『女彌次喜多』の五味國枝と『怪談両國花火供養』の琴糸路、『江戸姿紫頭巾』の原駒子、そして『怪談くりから峠』の鈴木澄子のわずか4本にすぎない。原駒子は、別の作品にもしばしば出演しているので、当時はかなり人気があった女優なのだろう。
 公楽キネマClick!が、おそらく同年冬の興行として公開を予定していたとみられる作品に、主演・入江たか子Click!で監督・溝口健二Click!による時代劇『瀧の白糸』がある。入江たか子のように、飛びぬけたスター女優が出現すると主演映画がつづけさまに制作されているが、昭和初期の東京宝塚映画には、主演をまかせて観客を呼べる女優がまだまだ少なかったのだろう。『瀧の白糸』の梗概を、1933年(昭和8)に発行された「公楽キネマ」7月6日号の近日公開予告から引用してみよう。
  
 江戸の花、今は名残りの両國に藝事なら、顔立なら並ぶ者なき水藝の女太夫瀧の白糸が生涯を賭けての戀絵草子! 満天下のフアン諸兄姉が待ちに待つた入江たか子最初の情緒豊かな下町物! 岡田時彦の神技と名匠溝口監督の指導とを得て遂に完成された纏綿極りない空前の華麗黄金篇。/原作 泉鏡花 監督 溝口健二
  
 なんとなく江戸期の話のようだが、岡田時彦が裁判官役で登場し、原作が泉鏡花Click!ということで、おそらく明治中後期の情景を描いた時代劇だろう。
 さて、夏休みが終わる同年8月31日から9月6日まで上映されたのは、『越後獅子の兄弟』『江戸姿紫頭巾』『複雑な裏面』の3本立てだ。『複雑な裏面』は、夫の財産をねらうママ母の子どもイジメと、愛人を陥れるための陰謀と、これまたドロドロとした愛憎現代劇で、同時上映の『江戸姿紫頭巾』は先述の原駒子が主演している。
 つづいて、9月7日から13日まで上映されたのは、『鳴子八天狗(飛龍篇)』『三日月お美代』『起てよ甚五三』の3本立てで、すべて時代劇だった。3作ともありがちなストーリーで、金塊護送と盗賊との追いつ追われつの話、大江戸に出没する泥棒の話、父親を殺された息子の敵討ちの話と、映画を観なくてもだいたい筋立てが想像できる展開だ。
 次に、9月14日から20日に上映されたのは、めずらしく『萬花地獄(前篇)』と『黄金騎士』の2本立てだ。いずれも時代劇だが、どちらかの上映時間が長かったのかもしれない。前者は片岡千恵蔵、後者は嵐寛寿郎が主演している。『萬花地獄』は、めずらしく刀の研ぎ師Click!から物語がはじまるようで、奸臣をやっつける忠臣の話だ。「公楽キネマ」9月14日号から、同作の梗概を引用してみよう。
  
 甲州負手の研師定八には水田郷国定の一振りを依頼した若き武士こそ奸臣司馬大學を誅すべく、肝膽を砕く忠臣小枝角太郎であつた。
  
 これだけの短い梗概だが、「水田郷国定」は江戸期に名の知られた刀鍛冶である、備中の水田住国重のパロディだろう。後述するが、当時の映画で実在の人物を描くときは、名前の1文字を別字に変えて演出することが多かった。
 つづいて、9月21日から23日の3日間は2本立ての興行で、『萬花地獄(後篇)』と『乱刃花吹雪』を上演している、ともに時代劇で、この時期は刀剣にまつわるテーマの作品が多かったようだ。上映期間が短かったのは、どこかの系列館で上映したとき、観客の動員数があまりなかった作品なのだろうか。当時の映画館は、客の入りが悪いからといって急に上映作品を変えてしまうような、今日のようにフレキシブルな興行体制はとれず、予告した期間には必ず予定のタイトルを上映していた。
 9月24日から27日までの4日間も、『結婚五十三次』と『阪本龍馬』の2作を上映している。『結婚五十三次』は甲賀計二が主演の現代劇だが、梗概が省略されていて内容がわからない。『阪本龍馬』の「坂本」が1文字ちがいなのは、当局のチェックや遺族からのクレームを防止するための改変であり、フィクションであることを強調したいがためだろう。
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 つづいて9月28日から10月4日までは、人気の『銭形平次・復讐鬼』や『龍虎八天狗』、『悲しき操』の3作が上映されている。当時の銭形平次は、アラカンこと嵐寛寿郎が演じている。南町奉行所の与力だった笹野新三郎の周囲で、座敷に生首が現れる怪異や就寝中の不吉な夢魔などがつづき、銭形平次が笹野家の呪いを解き明かすために探索に乗りだすというような、なかば夏向きの怪談じみた展開だ。
 また、『悲しき操』は現代劇だが、やや悲劇がらみのホームドラマとなっている。「公楽キネマ」9月28日号から、その梗概を引用してみよう。
  
 妻を失つた國友は妹美奈子と文子の成長を楽しみに餘生を送つた。國友の竹馬の友山田は職を求めて上京し、國友の友誼に甘へてその家に寄宿した。ある日思はぬ悲劇が國友の上に襲つた。
  
 「國友の上に襲いかかつた」が日本語の表現的には正しいと思うが、パンフレット「公楽キネマ」の梗概を書いているのは、専属ライターなど同館にはいそうもないので、館主か従業員の誰かなのだろう。ストーリーをうまくまとめ、読み手に「つづきを観てみたい」と思わせるような、誘引力のあるうまいコピーを書いている。
 次に、10月5日から12日まで上演されたのは、『怪談くりから峠』と『右門十番手柄』の2本立てで、2作とも時代劇だ。『怪談くりから峠』は、先述したように女優の鈴木澄子が主演する作品だが、『右門十番手柄』の“むっつり右門”は、またまた嵐寛寿郎が演じている。「先週まで盗賊に寛永通宝を投げてた平次親分が、なんで今週は八丁堀の与力なんだよう」というような文句は、おそらく出なかったろう。当時は、映画も芝居と同一視されていて、客席から「よっ、アラカン待ってました!」のかけ声があるのもめずらしくなかった。ある俳優でヒットした“持ち役”の作品は、何度でも繰り返し制作されており、銭形平次とむっつり右門が同じ俳優でも、なんら不自然には感じられなかったろう。
 ちなみに、「公楽キネマ」10月5日号より『右門十番手柄』の梗概を引用してみよう。
  
 八丁堀の名物與力むつつり右門と、その腰着巾(ママ:腰巾着)、おしやべりや傳六の功名話。傳六め。柄にもなく浅草で評判の大魔術見世物小屋の女太夫お初に戀をしたが、俄然老中松平伊豆守の股肱の隠密井上金八郎暗殺事件が突発した。曲者は明察神の如き右門の裏の裏行く不敵な奴、茲に右門と怪人の腕比べの幕は切つて落されたが、又々現れたあばたの敬四郎、毎度の失敗にこりもせず事件の中へ飛込んだ。しかるに傳六の戀人お初が意外や事件の黒幕となつてゐて………?
  
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 この2本立て上映のあと、公楽キネマは10月13日から18日までの6日間、従業員の骨休めのためか休業しているとみられる。8月18日以来の2ヶ月ぶりの休業で、ようやく暑さが遠のいた館内ではホッとした空気が流れていたのではないだろうか。
 休み明けの10月19日から22日までの4日間は、『東京音頭』『颱風を突破るもの』『時雨の長脇差』の3本立てで、『東京音頭』は現代劇だが梗概がないので内容は不明だ。つづいて、10月23日から25日までの3日間が、『出世二人侍』『火の車お萬』『開花異聞・落花の曲』の3本立てで、いずれも時代劇となっている。そして、この1週間が他の上映期間と異なるのは、「音楽週間」と位置づけられていた気配が見える点だ。
 上映作も、『東京音頭』と『落花の曲』が音楽(音曲)がらみの作品だと思われ、パンフレット「公楽キネマ」の同じ見開きには、レコード会社による「コロンビア週間」(ママ:コロムビア週間)の広告が掲載されているからだ。小唄勝太郎と三島一聲によって、日本ビクターに『東京音頭』が吹きこまれたのは1933年(昭和8)のこの年で、レコードは空前の大ヒットとなった。映画にレコードに踊りのイベントと、絵に描いたようなメディアミックス戦略だが、もっとも早い時期での成功例といえるだろうか。この流れからいけば、『東京音頭』Click!をリリースしている日本ビクターが広告を出稿しそうなものだが、なぜか公楽キネマは日本コロムビアに広告出稿の声がけをしている。
 日本コロムビアが宣伝しているレコード(もちろん当時は蓄音機用のSP盤)は、「流行唄」としてミス・コロムビア(松原操)と松平晃が唄う『秋の銀座』『思ひ出の月』、伊藤久男と赤坂・小梅が唄う『旅に泣く』『もつれ髪』、そして「ジヤズソング」と銘うつ川畑文子が唄う『ウクレン・ベビー』『淋しき路』の3枚だ。もちろん、「ジヤズソング」は今日のJAZZとは関係なく、西洋音楽っぽいポップスぐらいの意味あいだったろう。ところで、「ウクレン」ってなんだ?……と調べてみたら、川畑文子が唄ったのは「ウクレレ・ベビー」の誤植で、しかも2ビートのハワイアンだった。
 次に、10月26日から29日までは2本立ての時代劇で、『風流上州颪』と『荒木又右衛門』が上映されている。特に『荒木又右衛門』は歴史物なので、東京宝塚映画の嵐寛寿郎や羅門光三郎、原駒子などオールスターが出演していたようだ。
 さて、公楽キネマでは10月30日から11月5日の6日間を「グロ週間」と名づけて、血みどろ映画3本立てを企画している。「グロ週間」があるのなら、エロ・グロ・ナンセンスブームから「エロ週間」もありそうだが、少なくとも、1933年(昭和8)の6月から11月までの半年間には見あたらない。上映されたのは、主演が市川正二郎の『怪談南海の激浪』、松本田三郎の『流血白鬼城』、尾上梅太郎の『宇都宮怪談』の3作でいずれも時代劇だ。「ねえねえ、グロ週間にかかる活動が面白そうだからさぁ、映画に連れてってよ~」とせがむ子どもに、親は青筋たてて「もう金輪際、絶対にダメです!」と叱りつけただろうか。
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 つづいて、11月6日からは『日の丸若衆』と『天蓋浪々記』そして『隠密傀儡師』の3本立てが予告されているが、羅門光三郎の『隠密傀儡師』は7月にも一度上映されており、3ヶ月後のアンコール上映ということになる。公楽キネマでは、観客にもう一度見たいタイトルをアンケート調査で募集し、いちばん票が多かった作品を再上映したものだろうか。
                                  <了>

◆写真上:1933年(昭和8)9月14日から上映された、白井戦太郎の『黄金騎士』。
◆写真中上は、第1次山手空襲Click!直前の1945年(昭和20)4月2日撮影の空中写真にとらえられた公楽キネマ。警察からの強い“指導”Click!でも入ったのだろうか、日米開戦前の1940年(昭和15)ごろから目立つ外壁の白い塗装はやめていたようだ。は、8月31日~9月6日で上映された嵐寛寿郎が主演の『右門捕り物帖・越後獅子の兄弟』。は、9月14日~20日で上映された片岡千恵蔵が主演する『萬花地獄(前篇)』。
◆写真中下は、9月28日~10月4日で上映された嵐寛寿郎の『銭形平次・復讐鬼』。は、10月5日~12日で上映された嵐寛寿郎の『右門十番手柄』。は、10月26日~29日で上映された阿部九州男と木下双葉が共演の『風流上州颪』。
◆写真下は、近日上映予定で紹介されている尾上菊太郎と鈴木澄子が共演の『左門戀日記』。は、1933年(昭和8)8月31日~11月5日の公楽キネマ上映リスト。下左は、近日公開予定の入江たか子と岡田時彦が共演する『瀧の白糸』。下右は、「公楽キネマ」10月19日号に掲載された「コロンビア週間」(ママ:コロムビア週間)のレコード広告。

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