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気力・吸気・腹案が「観念力」と「光波」を生む? [気になる下落合]

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 下落合356番地に住んだ静坐法Click!岡田虎二郎Click!や、下落合617番地を終(つい)の棲家にした光波のデスバッチClick!松居松翁Click!は、健康や施療に対してどのような考え方をもっていたのだろうか。大正期の日本心霊学会Click!(のち人文書院)が遺した資料を読んでいると、彼らの基盤となった共通する考え方が見えてくるようだ。
 たとえば、1913年(大正2/改訂版1924年)に日本心霊学会から出版された、同会の創立者で会長だった渡邊籐交『心霊治療秘書』から、少し引用してみよう。
  
 鼻呼吸は息が細く静かに調節せられるために動悸を制し心臓にも好い影響を与へるの外、口元の締りをよくし人相を善くする、口から呼吸する人、即ち常に口を開けてゐる人は馬鹿顔に見える。締りがないからである。口元に締りがない人は心にも締りがない。充実し緊張したときには口が締り呼吸も鼻からせざるを得ぬのである。従つて修養中はよく此点にも注意せねばならぬ。それから吸ひ込んだ息を暫らく丹田に溜てをくのは血液の循環をよくするためである。腹一杯、吸ひ込んだ息は丹田(臍の下)に溜てをく。此時は無息の状態に居ねばならぬ。無息の状態に居るときに偉大なる働きをするので、何人でも十秒時や十五秒間は無息で居られるものである。さうして愈よ息苦しくなつて来て、初めて細く成るべく長く静かに鼻から吐き出すのである。吸ひ込んだ息を丹田に湛えてゐる間は全身の血管は悉く緊張し力一杯に張つて来る、
  
 わたしは花粉症なので、春先の2~3月は口呼吸をすることが多くなり、確かに「馬鹿顔」に見えると思う。ここ数年はCOVID-19禍でマスクが隠し、かなり助かっていたことも確かだが、「心に締りがない」のはいまにはじまったことではない。
 つまり、「心霊治療」を行う重要な要素として、「鼻呼吸」がいかに重要なのかを渡邊籐交は解説している。そして、吸気を肺ではなく「丹田」に溜めて(?)、全身の血流をスムーズにしていく、いわゆる腹式呼吸がいかに重要かを説いている。これは、「観念力=念力」を発揮するために必要な基本形のひとつで、ほかに「気力」と「腹案」をあわせることで、「念力」を備えることができ、それによって「心霊治療」に必要な「光波震動」を起こすことができるようになる……ということらしい。
 渡邊籐交の文章はまわりくどく、引用しているだけですぐにページが埋まってしまいそうなので、ここは昨年(2022年)に人文書院から出版された栗田英彦・編『「日本心霊学会」研究-霊術団体から学術出版への道』より、「心霊治療」の要点を引用してみよう。
  
 まず、活元呼吸という特殊な呼吸法をおこなって「丹田に八分の程度で気力を湛えると、一種の波動的震動を起す」。「これが光波震動である。この震動と共に病気を治してやろうとする目的観念を旺盛たらしめねばならぬ。目的観念とは予め構成したる腹案を念想する、つまり一念を凝せば腹案は遂に力としての観念となるものである。而して此観念が術者の全身に伝わり指頭を通じて弱者、即ち病人の疾患部に光波として放射集注するのである。之が終って又呼気を新たにし光波震動を起し病者の心身に光波感応する。此刹那の感応が人心光波の交感である。福来博士の所謂観念力一跳の境である、心霊学者の所謂交霊であり心電感応の現象である」。
  
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 つまり、呼吸法で「丹田」に気力を集中し、起きた「光波震動」を「病気を絶対に治すぞ、治療するぞ! 治療するぞ!」という観念(腹案)とともに、患者の身体へ「念力=光波震動」を送りこむと、相互の「光波感応」によって病気が治癒する……ということのようだ。これは、松居松翁の「光波のデスバッチ」とよく似ている。
 当時は「心霊」現象だと認知する認知しないは別にして、科学的にはいまだ解明されていない「念力=光波震動」を用いた治療法が、全国各地で試みられていたようだ。松居松翁のケースは、「霊」的ではなく「科学」的として「光波のデスバッチ」による患者への施術を行なっており、『落合町誌』(1932年)が「この療法の科学的根拠は光波のデスバツチで、それが動物の身体に応用される時、体内の血行を盛んならしめ、あらゆる疾患を一掃するもので、決して精神的とか霊的とかいふものでなく、この現象は医学者としても看過すべき出ないと思ふ」と書いたのは、大正末から昭和初期にかけ、いかがわしい詐欺師まがいの施術者が雨後のタケノコのように現れていたから、それと差別化するためにあえて意識的にこのような書き方をしているのだろう。
 また、1930年(昭和5)には警視庁が「心霊術」を取り締まる「療術講ニ関スル取締規則」を公布したため、それにひっかからないよう「科学的根拠」を強調しているものとみられる。もっとも、松居松翁の「光波のデスバッチ」も十分にいかがわしいのだが、ある側面では「光波」を当てたので「もう大丈夫、安心だ」と思わせる、心理療法的な効果(プラシーボ)は、その過程でいくばくか期待できるのかもしれない。
 渡邊籐交の『心霊治療秘書』では、「気力」と「吸気」、「腹案」の集中力によって「観念力」を生みだし、それが「光波震動」を起こす経過を、「統整されつゝある観念状態の図示」として、順次わかりやすく(?)表現したイラストも掲載されている。松居松翁が患者に行った、手かざしによる「光波のデスバッチ」の施術も、おそらく同じような方法論によって編みだされたものだろう。
 ただし、渡邊籐交が「光波」を生む「念力」を、あらかじめ「宇宙的エネルギー」を備えた人間の体内にやどる自然の「気」力であり、それを「宇宙の霊に合致」させることで「心霊治療」ができるとしたのに対し、松居松翁の「光波のデスバッチ」は、宇宙から降りそそぐ「気」(宇宙エネルギー)を体内に取りこみ「光波」に変換することで、「デスバッチ(実はdispatchの意味か?)」=手かざしによる施術が可能になるとしているようだ。すなわち、前者は唯心論的(精神論的)で、後者はその方法論は別にしても、目には見えないが後世の科学的な解明が待たれる「宇宙エネルギー」を用いるという点では、まがりなりにも「物理学」的ともいえるのだろうか。
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 松居松翁が、「光波のデスバッチ」で施術を行ったのは大正後期から昭和にかけて、すなわち渡邊籐交の『心霊治療秘書』と同時代なので、その施術については同書に触れられていないが、岡田虎二郎の静坐法は明治末から1920年(大正9)までのわずか10年間であり、彼の死後に出版された改訂版『心霊治療秘書』(1924年)には、他の呼吸法とともに岡田式静坐法についてかなりの紙数を割いている。
 特に静坐法への批判や、他の呼吸法との厳密な比較などはしていないが、端座し足の甲を重ねて重心をヘソの下=「丹田」にかけて身体を安定させ、口を閉じ鼻呼吸をしながら下腹部に力を入れて、「虚心坦懐」に「静坐」をすると紹介している。岡田式静坐法は、誰かを治療するのではなく自分自身の身体を壮健に保ち、病気がある場合は体内の血流を円滑化して自然治癒力を高めることを目的としているので、渡邊籐交の「心霊治療」とは目的がまったく異なるが、「呼吸法」の反応などについて、同書より少し引用してみよう。
  
 4.静座(ママ)呼吸の反応 氏の静座呼吸を行へば、其反応として身体が動揺する。膝上の両手は自然に離れるとか、頭が前後左右に動揺するとか、胸部足部動揺の結果膝行する者もある。此動揺は人の性状に依つて程度が異るのみならず、同一人でも時に依つて異ると云ふ。/5.静座原理 心身重心の安定として臍下丹田に力を込め、全身の力を集注する結果、腰部は堅く膨張し且つ強靭な不断の弾力を集中する、斯くして血液の循環は調和せられ心身の平安が期せられると云ふ。
  
 ちょうど、1960~70年代にかけて世界的に流行った禅や、ラジニーシズムに代表される「冥想」法に近いような趣きだ。もっとも、ブッダ(シャカ)を起源とする「冥想法」は、日本では身体が揺れたりすれば即座に警策でたたかれるのが常だが。
 わたしが参照している渡邊籐交の『心霊治療秘書』は、国立国会図書館に収蔵されている1924年(大正13)の改訂版だが、どうやら同書は岡田式静坐法を信奉する人物の蔵書だったらしい。往々にして、このような「健康法」や「施術」を信奉する人たちは、「わかってないな」とでも笑い流せばいいものを、同様の組織や集団に対しては敵対的であり、少しでも「まちがっている」ことが書いてあると、とたんに敵愾心をムキだしにした言質を吐き散らすものだが、同書にもそのような書きこみがいくつか見られる。
 たとえば、『心霊治療秘書』が呼吸法のみを取りあげ、「比較し見れば」と簡単なサマリーを書いてまとめている横に、「著者は岡田式静坐法の何物たるかを知らず。依て之を論ずる資格なし、況んや比較論評に於てをやである」と、怒りの文字が挿入されている。
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 怒りは、血管を収縮させ血圧を高め動悸を加速させる、岡田式静坐法がもたらす精神とは対極だと思うのだが、このようなミクロコスモス的集団の「信者」は、排外主義的に怒りを爆発させる傾向が顕著だ。そして、そのような人こそますます「不健康」になっていく?

◆写真上:京都市の河原町二条下ルにあった、日本心霊学会(人文書院)の本部。
◆写真中上上左は、1913年(大正2)に出版された渡邊籐交『心霊治療秘書』(日本心霊学会・改訂版/1924年)。上右は、2022年出版の栗田英彦・編『「日本心霊学会」研究』(人文書院)。は、『心霊治療秘書』の「呼吸法」と「観念力」のページ。
◆写真中下は、『心霊治療秘書』の著者・渡邊籐交()と、日本心霊学会からの著書が多い福来友吉()。は、日本心霊学会内にあった治療室で患者に「手当て」をしている様子。は、身体の中で形成される「観念状態」のイラスト。「右端は観念粉起(ママ)しつゝあるも注意を一点に凝集し統一しつゝあれば順次に統整し最後に左端の如く真我の状となり光波的霊活動をなす」と書かれている。イラストは上段右から下段左へと推移するのだが、若い子のネットスラングでいえば「ばりイミフ・草」だろうか。
◆写真下は、下落合に住んだ「光波のデスバッチ」の松居松翁()と、岡田式静坐法で知られた岡田虎二郎()。中上中下は、『心霊治療秘書』内の岡田式静坐法に関する解説。は、国会図書館の同書内に書きこまれた批判文の一部。

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