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陸軍に注文の多い初年兵たち。 [気になるエトセトラ]

近衛師団司令部師団長室の窓.JPG
 国立公文書館に保存された、軍関係の資料(おもに陸軍が大多数)を参照していると、ときどき目についてひっかかる資料がある。それは、「要注意兵卒ノ状況ニ関スル件報告」というようなタイトルをつけた陸軍大臣や陸軍省副官あての報告書で、大正後期から昭和初期にかけて特に急増しているドキュメント類だ。
 内容をくだいていえば、帝国陸軍とはあい入れない思想の持ち主たちが、徴兵制により少なからずわが部隊に入営してきたので、「どうしたもんでしょ?」、「なるべく説諭で思想を矯正してはいますが」、「いうことをきかないし、上官の命令もきかない」、「宣誓文に署名しません」、「差別反対のパンフレットを撒きそうです」、「アナキズム研究をやらせろといってます」、「休暇で外出したまま、どっかへ行っちゃいました」……etc.といった、なかば困惑を含んだ内容が多い。これに対し、陸軍省では兵役期間は短いながらも、できるだけ地道に説諭するよう指示を出しているのだろう、その後の「要注意兵卒」に対する説得の経過や動向を知らせる報告書がつづく。
 報告書の出だしは、たとえばこんな具合だ。1926年(昭和元)12月に上げられた「要注意兵卒ノ状況ニ関スル件報告」から、典型的な文章を引用してみよう。
  
 陸軍大臣 宇垣一成殿
 本年度第〇師団に入営シタル思想要注意初年兵ハ六名ニシテ中三名ハ特ニ思想ノ根柢強因ナルモノノ如ク各々部隊長ニ連絡 言動視察中ナリ 状況別紙ノ如シ
  
 徴兵制は入営してくる人物を選べない、すなわちハナから軍人をめざす志願兵ではないため、多種多様な思想をもった若者たちが大量に入営してくることになる。特に、大正後期から昭和初期にかけては共産主義や社会主義、民本主義、自由主義、アナキズム、サンディカリズムなどさまざまな思想をもった初年兵が増え、いくら上官が「説諭」して考えを改めさせようとしても、逆に理屈をぶつけ合う議論ではまったく歯が立たなかったり、腕力で抑えつけようとしても組合運動を経験して来た筋金入りの「闘士」がいると、逆にやられかねないような危機感も報告書には見え隠れしている。
 現場から陸軍大臣や副官あての報告書では、ハッキリと明確に請願はしてはいないけれど、どうしても手に負えない兵卒たちは本人の不利や不名誉にならないよう、なんらかの理由をつけて穏便に除隊ないしは退官させるのが適切……といったようなニュアンスさえ感じとれるものさえある。「説諭」しようとした上官が、おそらく逆に思想堅固で闘志満々な兵卒に脅かされているような雰囲気だ。中には、争議の先頭に立っていた「兵隊やくざ」みたいな人物もいて、「てめえ、シャバに出たらタダじゃおかねえからな。おぼえてろよ」などと、脅迫された上官さえいたのかもしれない。
 中には理不尽な扱いを受けたら「抗争」も辞さずと、宣言してから入営する者もいた。1926年(大正15)1月の、金沢第九師団の報告事例をいくつか見てみよう。
  
 「自分ハ入営後軍規ニ服従スルモ不合理ナル制裁ヲ受クルトキハ下僚ヲ相手トセズ少クモ中隊長以上ヲ相手トシテ抗争スル意図ナリ」ト語レルコトアリ(中略) 宣誓式ニ於テ「如何ニ上官ノ命令ナリトモ反国家社会的行動ニハ服従スル能ハズ」トノ理由ノ下ニ最初宣誓ヲ拒ミタル (工兵第九大隊)
 入営前水平社同人ニ対シ軍隊ニ於テ差別的待遇ヲ為スニ於テハ徹底的糾弾ヲ為スベシ洩レ語リタリト云 (歩兵第十九聯隊)
  
入営生活.jpg
第九師団19260125.jpg
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 また、名古屋第三師団では勤務中でもアナキズム研究をつづけさせろと、中隊長にねじこんだ初年兵がいる。1926年(大正15)1月の報告書から引用してみよう。
  
 入隊宣誓式ニ際シ直チニ署名セズ、中隊長ニ更ニ〇法第三条ノ説明ヲ求メシヲ以テ中隊長ハ之ニ答へ尚他人ヨリ不条理ノ取扱ヲ受ケタル時ハ上申ノ処置ヲ取ルコト許サレアルコトヲ説明セシ(中略) 又中隊長ニ在営間自己ノ研究ニ就キ自由ヲ許サレ度キ旨申出デタルモ中隊長ハ隊内ニテ主義ノ研究ハ許サザルコトヲ言ヒ渡セリ (歩兵第三十四聯隊)
 農民組合ニ関係シ岐阜県中部農民組合青年部ノ部長タリシコトアリ 間々過激ノ言ヲ吐ケルコトアリ (歩兵第六十八聯隊)
  
 また、休暇で外出旅行したら、そのままもどってこないエスケープ下士官や、尉官クラスの士官の中には「勉強したいのに忙しくて、もうやってらんないし!」と、ストライキまがいに勤務放棄をするなど、のちの日中戦争あたりから本格化したファシズム時代の陸軍に比べると、なんとも“牧歌的”な事件が次から次へと起きている。
 これらの報告書は、もちろんマル秘の印が押されて、陸軍省の資料室の奥へと仕舞いこまれていたのだろう。換言すれば、軍隊とはいえそれだけ人間臭い一面が大正期から昭和初期にかけての陸軍には、まだ色濃く残っていたということかもしれない。
 周囲の状況に刺激されたのか、あるいは初年兵の逆オルグにあって新たに思想を形成をしたものか、下士官が休暇をとったまま帰ってこないエスケープ事件を見てみよう。兵舎の所持品を調べてみると、アナキズム関連の書籍が見つかっている。1926年(大正15)4月に報告された、大阪第四師団から陸軍大臣あての報告書より引用してみる。
  
 大正十五年四月三、四日ノ両日奈良見物ト称シ外泊休暇ヲ願出所定ノ時間ニ帰営セザルヲ以テ伯太憲兵分遣所ト協力シテ捜索ニ従事シ其手懸ヲ得ル為 本人ノ手箱等ヲ点検シタル結果 無政府主義者ト認ムベキ逸見吉造(水平社幹部)石田政治(水平社幹事)両名ヨリノ来信ト主義ニ関スル左ノ書籍ヲ発見シ思想上ニ関シ相当研究セルコトヲハッケンセリ/左記/クロポトキンノ研究/大杉栄ノ日本脱出記/ゴーリキー全集第五編/啼レヌ旅/薄明ノ下ニ/解放/改造/自然科学/文章往来/アフガスチンノ懺悔録 (野砲兵第四聯隊)
  
閲兵式.jpg
第四師団19264026.jpg
近衛師団司令部(近美工芸館).JPG
 さらに、1927年(昭和2)2月には将校の少尉が、軍隊では多忙すぎて自身が進めている「支那に関する研究」が満足にできないのを理由に、いきなりいっさいの勤務を放棄してサボタージュし、懲罰として重謹慎30日を命じられたものの、その後も勤務放棄のストライキをつづけ、ついには退職が認められた事例も報告されている。
  
 (少尉は)精神ニ動揺ヲ来シ軍隊生活ヲ厭忌シ退職ノ手段トシテ素行ヲ紊シ隊務ヲ顧ミザル件ニ関シテハ既報ノ処 一月二十九日附免官ノ内達ヲ受ケ挨拶、整理ヲ済マシ翌三十日奉天ニ向ヒ出発セルガ支那事情ヲ研究セントスルモノゝ如シ (歩兵第七十三聯隊)
  
 彼ら軍内部のアナキズムや共産主義思想、あるいは社会主義思想などを少しずつ「説諭」(オルグ)して取りこみ、原理主義的社会主義Click!とでもいうべき思想が徐々に浸透して拡がった結果、陸軍皇道派によるクーデターとして爆発したのが、1936年(昭和11)の二二六事件Click!だという見方さえできうるかもしれない。
 1927年(昭和2)1月に、軍隊内へ配られそうになったアナキズム雑誌「無差別」に掲載の、『軍国主義ヲ吟味セヨ―無産青年諸君ヨ―』から、その一部を引用してみよう。全文漢字/カタカナで句読点もなく読みにくいので、ひらがな文に直し句読点を付加した。
  
 愛国と云ふ言葉も底を割つて見れば資本家の肥満し切つた懐中を余計に太くせんが為に、戦争が無ければ無益有害な軍閥領土的野心を満足せんが為に、そして彼等の存在を民衆にとつて意義あらしむべく俺達のたつた一つしかない生命を投出せと云ふ事になるのだ位の事は判つてきた。こうした意識が民衆の中に濃厚となつて人間的必然に、或は人道的主義立場人類平和の為に非戦的傾向を取るに至つた現今社会状態を見て取つた侒奸な奴ブルジヨアと軍閥共は俺達を尚ほこの上搾取せんために、何とかうまい考へはないかと頭を搾つた結果が彼の破壊的軍事思想の鼓吹を目的とする軍事教練と青年訓練所とである。
  
軍人会館(九段会館).jpg
少尉免官の件19270215.jpg
大久保射撃場解体1960.jpg
 1929年(昭和4)10月、竣工して間もない戸山ヶ原Click!大久保射撃場Click!で発見された、「軍隊ハ資本家ノ番犬ナリ/我等ハ真ノ国民ノ番犬ノ軍隊ナランコトヲ望ム」の落書事件Click!から、わずか6年と少しで国家を揺るがす二二六事件Click!が勃発している。

◆写真上:北ノ丸にある、近衛師団司令部(現・東京近代美術館工芸館)の師団長室の窓。
◆写真中上は、入営後に寝起きする兵舎。は、不合理な制裁を受けたら「中隊長以上ヲ相手トシテ抗争スル」と宣言する初年兵が入営してきた、1926年(大正15)1月25日付け金沢第九師団報告書。は、入営後も「主義研究」の継続を申請する初年兵が入営してきた、1926年(大正15)2月20日付け名古屋第三師団報告書。
◆写真中下は、代々木練兵場Click!における閲兵式。は、休暇中の伍長が出奔し所持品から無政府主義関連の書籍が見つかって動揺する、1926年(大正15)4月26日付け大阪第四師団報告書。は、明治期に竣工した近衛師団司令部の全景。
◆写真下は、東日本大震災の直前に撮影した旧・軍人会館(元・九段会館/解体)。は、勤務放棄のストライキで免官になった少尉の1927年(昭和2)2月16日付け最終報告書。は、1960年(昭和35)に撮影された解体が進む戸山ヶ原の大久保射撃場。
おまけ
10月10日になっても、セミの声が鳴きやまない。秋の深まりを感じさせるヒヨドリとアブラゼミ、そして秋の虫の3重奏はめずらしいので記録。

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