夏みかん(夏だいだい)は、なかなか食べられない。気の早い木になると、秋には果実が色づきはじめるのだが、とても食えたものではない。真冬の暮れから正月にかけて、みごとな実のなっている木々をそこかしこで見かけるのだけれど、まだまだ酸っぱくて食べられない。春になってもまだダメなのだが、ようやく梅雨近くになって甘みが急速に増してくると、ようやく食べられるようになる。食べられる時期が初夏だから、夏みかんと呼ばれるのだろうが、実際に実るのは真冬なのだ。これほど、気の長い果物もめずらしい。果実が美味しそうに色づいても、こらえ性がないと、美味しい夏みかんはいつまでたっても食べられない。
 昔、5~6月の声をきくと、食卓には必ず夏みかんが並んだ。食事のあと、袋をむかれた夏みかんの果肉の上に、グラニュー糖のかかったデザートがよく出た。それでもまだ酸っぱくて、おまけに砂糖の量を加減しないと、甘みよりも苦味のほうがきわ立ってしまう。なんともやっかいな果物なのだが、それでも季節の風味としてはなかなか人気があった。
 また、皮を細く切っては甘く煮詰めて、どこの家でもよくママレードを作ったものだ。ママレードは、それぞれの家で違った味が楽しめた。お八つどき、友だちの家へ遊びに行くと、トーストにママレードが出ることがあった。夏みかんの皮だけで作ったママレードは苦みが強くて大人向けだが、オレンジやレモンの皮を混ぜると、またぜんぜん違うさわやかな風味のジャムができあがる。その加減が、それぞれ各家庭でちがっていて、その家ならではの個性になっていた。でも、このジャム作りは、しばらくするとどこの家でもやめてしまった。皮にしみこんだ農薬の害が話題になりだしたころからだ。
 夏みかんに人気がなくなり、食べられなくなったのは酸味の強さもさることながら、作つけ農家にとっても果実が黄色く色づいてから出荷できるまでの、なんとも気の長いスローフルーツだからなのかもしれない。いまでは、品種改良された柑橘類が豊富なため、夏みかんを置く売り場も少なくなってしまったようだ。(ハウス栽培の甘夏は見かけるけれど) 果物にも、時代のスピードに合うものと合わないものとがあるようだ。夏みかんの酸っぱさに季節を感じ、皮をじっくり煮込んでのジャム作りなど、いまの家庭ではやらなくなってしまった。ジャムを似る匂いが近所からすると、あと少しで夏休みだとうきうきしたものだ。
 今度、ママレード作りに挑戦してみたいのだが、まずは夏みかんを手に入れなければならない。近くのS邸の畑のわきに実る木から失敬すると、怒られそうだな・・・。(^^;

■写真:下落合の真冬の畑で、たわわに実る夏みかん。