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自意識がしっかりした子は乗り物酔いをする? [気になるエトセトラ]

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 子どものころ、バスで遠足にいったりすると、必ず乗り物酔い(正式には「動揺病」というのだそうだ)で吐く子が何人かいた。学生時代にも、フェリーなどの船に乗ったりすると青白い顔をして、デッキで潮風に吹かれてやたら寡黙になっていた友人がいたのを憶えている。わたしは、クルマも列車も船も飛行機も、乗り物にはまったく酔わないので、そんな光景を不思議に思って眺めていた。
 うちの母親もバスのジグザグ走行には弱く、子どものころ小田原から急峻な箱根の山道をクネクネ走る登山バスに乗ると、宮ノ下あたりで「気持ちワル」とつぶやいていた。だが、タクシーや乗用車はまったく平気なようで、40代からギアが5段まであるスポーツタイプのセダンを、親父を乗せては平然とぶっ飛ばしていた。なにか、特別な振動や揺れ、車内の臭いなどがあると気持ちが悪くなったのではないだろうか。ユーホー道路Click!(遊歩道路=湘南道路=国道134号線)をほぼまっすぐ走る鎌倉行きClick!のバスでは、一度も酔った姿を見たことがない。母親は、山道をジグザグ走行する登山バスは苦手だったようだが、ほかの乗り物には別に酔うことはなく大丈夫だったようだ。
 隣りの座席(窓側)に座ったバスに酔う子へ、視線を車内や手もとに置かないで、窓の外の景色を見るようにすれば気持ち悪くならないよといったら、外の景色を見たまま吐いた子もいた。こうなると、「自分は乗り物には弱くて、必ず気持ち悪くなる」という自己暗示にかかっているのではないかとも思えるが、道路を走るバスの不規則な揺れや、運転がヘタだとアクセルとブレーキのきかせ方などちょっとした操作のちがいで、急に胸がむかついて気持ちが悪くなってしまうのかもしれない。
 ちなみに、乗り物酔いは病気だとは思えないので、やはり「動揺病」という名称は不可解に感じる。もともと、平衡感覚をつかさどる三半規管が脆弱で、生来揺れに弱く耐えにくい体質や性格をしているだけで、別に病気ではないだろう。ときどき気圧の急激な変化で頭痛がして、わたしは頭痛薬を飲むのだけれど、それを「気圧病」とはいわないのと同様に、乗り物酔いの薬を飲んでバスに乗る子を「動揺病」と、病人扱いするのはおかしいと感じる。なんでも「病気」にすれば、売り上げが伸びて嬉しがる1970年代以来の日本医師会と製薬会社がつるんだ販促用の病名だろうか?
 子どものころから、鉄道の旅はずいぶんしているけれど、電車や列車に長時間乗って気持ちが悪くなった人はあまり見かけない。変則的な動揺ではなく規則的で予測できる揺れだし、頻繁にアクセルとブレーキを使いわけるクルマとは異なり、一度走りだしてしまえばいちおう安定したスピードを維持するので、身体がそれに馴れてしまい気持ちが悪くならないものだろうか。列車や電車では、別に車窓から風景を眺めず手もとのスマホや本を読んでいても、たいがいの人は気持ちが悪くならないだろう。たまに、通勤電車などで具合が悪くなった人を、駅員が介抱している光景を目にするが、満員電車の人いきれや圧迫で気持ちが悪くなったか、もともと調子が悪かったのに無理して出勤し、途中で症状が悪化した人たちで、乗り物酔いではないように思える。
 もうひとつ、これまでの経験からいうと、船に弱いのは女性のほうが多いような気がする。わたしはボートからディンギー、ヨット、屋形船Click!クルーザーClick!、フェリーや客船などの外洋船にいたるまで乗るのが楽しみだが、船がダメという女性はかなりたくさんいる。「揺れるエレベーターに連続して乗ってるような感じがイヤ」というので、おそらく船のローリングやピッチングが苦手なのだと思うのだが、あれが船に乗る面白さであり醍醐味であり、楽しみだといってもまったく聞く耳をもってくれない。
 「揺れない船なら、乗ってみてもいいけど」とかいうので、「タイタニック」(約4万6,000t)レベルだとまだ多少揺れるだろうから、台風に突っこんでもローリングもピッチングもたいして発生せず、艦首に魚雷を食っても艦内にいた乗組員の大半が気づかなかった戦艦「大和」Click!とか同型艦の「武蔵」Click!(約7万2,000t)クラスだと、たぶん酔わないで大丈夫だと思うといったら、「戦艦『武蔵』なら乗ってもいいわ」などという、わけのわからない会話をした憶えがある。80年ほど前に就役していた両艦が、船酔い防止のフネとして語られることになるとは、当時の海軍工廠の設計・造船技師は思ってもみなかっただろう。
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 わたしは、かなり乗り物には強いはずなのだが、一度だけ吐きそうになったことがある。子どものころ、遊園地で乗ったコーヒーカップだ。若い子は知らないと思うので少し解説すると、メリーゴーランドのように回転する大きなソーサーの上に載った、いくつかのコーヒーカップがまわる遊具だが、カップの真ん中にハンドルがついていて、それを回すとカップ自体もグルグル回転する仕組みになっていた。
 わたしはそれが面白く、調子にのってハンドルをグルグル際限なく回していたら、降りるとき目がまわって気持ちが悪く、両親ともども吐きそうになった。そのあと、回復するまで全員が木陰のベンチで休んでいたのを憶えている。そういえば、ジェットコースターに乗っていて吐いた子もいた。うしろの人たちはたまったものではないが、金山平三Click!「車窓からオシッコ」Click!よりはまだマシだったような気もする。
 東京の市街は、バス路線が網の目のように張りめぐらされているので、それを乗り継げば鉄道を使わなくてもたいがいのところへはいける。しかも、鉄道駅とはちがって目的地のすぐそばにバス停がある可能性が高く、かえって便利なケースも多い。ただし、目的地までどれぐらいの時間を要するか交通事情が日々変化するので、確実性からいえばやはり鉄道のほうが有利だろうか……と、いままで思ってきたけれど、このところ電車や地下鉄も事故で遅延することが頻繁に起きるので、どちらが確実ともいえなくなってきた。
 そんな都バスにたびたび乗っていても、気持ちが悪くなる人を見かけたことはない。もともと酔わない人がバスを利用していると考えることもできるし、乗り物に弱い人は気持ちが悪くなったらボタンを押せば、いつでもすぐに最寄りのバス停で下車してしまえばいいと思って乗車している人もいるだろう。そんな情景を想像していると、乗り物酔いでもうひとつ、重要なファクターに気がつく。つまり、強制されて乗車しているとか、どこでもすぐに降りることができないケースで、乗り物酔いが多く発生していることだ。
 遠足のバスで酔ったら「ここで降りて、しばらく休ませいください」とは、その日のスケジュールや他の参加者たちの手前なかなかいえないし、船舶やジェットコースターならなおさら途中でイヤになったから降りることなどできない。箱根のジグザグカーブを走る登山バスも、途中で気持ちが悪くなったからといって山の中で下車しても、再びバスかタクシーに乗ってジグザグの登山道を走らなければ、進むことも帰ることもできない。つまり、一度乗ったら最後、目的地に着くまで絶対に降りられないという緊張感や強制感(脅迫感)が、乗り物酔いの原因に大きく作用しているのではないだろうか。
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 そんなことを考えながら思い返してみると、乗り物酔いをする子はけっこう頭がよくて几帳面で、自意識がしっかりしたタイプが多かったような気がする。換言すれば、想像力が豊かで先読みができる頭のいい子が、「これに乗ると1時間は走りっぱなしなんだから、途中で気持ちが悪くなるかもしれないわ。バス酔いしたらどうしよう、先生やみんなに迷惑はかけられないし。きょうは、そう考えて朝食はほとんど食べてこなかったんだけど、お腹が空いてるとよけいに乗り物酔いするっていうし。いちおう薬は飲んできたけど、この前は薬を飲んでも酔ったことがあったし」と、緊張とともに几帳面な自意識や心配性が頭をもたげ、いろいろ先々のことを考えているうち、ほんとうに気持ちが悪くなってくる……というようなシチュエーションではなかったろうか。
 わたしのように、きょうは遠足でお菓子をいっぱい持ってきたし、バスの中でも誰かとお菓子の交換しながらどんどん食べちゃおうかな~、「待ちに待った遠足だよん、ウヒャヒャヒャヒャヒャ」というような、刹那的で目先の楽しさしか目に入らない脳天気なガキだと、絶対に乗り物酔いなどしないような気もする。自分の内面を見つめていろいろ考えることができる子、そして少し先の自分の状況を想像できる子、やや自意識が過剰気味で心配性な子が、バスに乗ると青い顔をしていたような気がしないでもない。
 そんな女子には、大人になってからもたまに出会うことがあり、エレベーターに乗ったら先客の女性がひとりで乗ってたりする。わたしが奥に入って、彼女の斜めうしろに立ったりすると、ブラウスの背中がみるみる緊張していくのがわかるのだ。無意識にか“話しかけるなオーラ”がすごく、背中全体でバリアを張っているような気配が漂っている。
 「この人、危ない人じゃないかしら。そのうち、髪が艶やかでキレイですねとか、雨の日の女性はしっとりして見えてステキだ……とかなんとか、いい加減で適当な甘いことをいいながら馴れなれしく近づいて、髪の毛に触るんじゃないかしら。いいえ、ひょっとすると耳もとでそんなことを囁きながら、何気なくウェストからお尻に手をまわすんじゃないかしら」……などと饒舌に語っているような背中が、見るからにピリピリと緊張している。そこで、わたしがうかつに身じろぎをしようものなら、いきなり「さっ、触らないでください!」とか叫びかねないような自意識過剰な女子だ。
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 痴漢にまちがえられないうち、距離をとって両手をうしろで組み、早々にエレベーターを降りたほうが安全な状況だが、わたしの中で乗り物酔いと自意識過剰なエレベーターの女子とが、どこでどう結びついてしまったものだろうか。確かに、子どものころの乗り物酔いは女子のほうがかなり多かったし、また小学生ぐらいだと女子のほうが成長も早く圧倒的にオトナで、自我や自意識をしっかりもった子が多かったのは、確かにまちがいないのだが。

◆写真上:1979年(昭和54)に撮影された、高田馬場駅前を出発する都バス。
◆写真中上は、同じく1979年(昭和54)に撮影された高田馬場駅前の様子。は、1970年(昭和45)前後の母親が途中で気持ちが悪くなった箱根登山バス。小田原から元箱根まで一気に運んでくれて、箱根登山鉄道よりもはるかに便利だった。
◆写真中下は、わたしの知らない1937年(昭和12)のユーホー道路(国道134号線)。遠景に見えているのは、高麗山や湘南平(千畳敷山)などの大磯丘陵。は、同じくわたしの知らない1949年(昭和24)撮影の七里ヶ浜から眺めた稲村ヶ崎。は、わたしもよく知っている1960年代後半のユーホー道路(湘南道路)を走るバスと江ノ島。
◆写真下は、わたしが吐きそうになったコーヒーカップ遊具の残骸。は、船に弱い人でも絶対に酔わないと思われる世界最大の客船「シンフォニー・オブ・ザ・シー号」(22万8,000トン)。は、女子とふたりになったりするとたまに要注意なエレベーター。

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