一度入ったら、病みつきになってしまった。うなぎ屋ではない、めずらしいあなご屋、「江戸前」(=本来はうなぎの意味だが今風に)あなごの専門店だ。しかも、東京湾で採れた新鮮なあなごを、蒲焼きにして食わしてくれる。うなぎの蒲焼きには山椒か薬研(やげん)と相場は決まっているが、あなごの場合はもっと自由で、薬味いろいろなところが面白い。
 わさびにゴマに、刻んだ浅草海苔と、どれもよく合うから不思議。特に、わさびとあなごの蒲焼きの組み合わせが、とてもすがすがしい。タレは濃口醤油にみりんと、うなぎの蒲焼きとほとんど変わらないのだが、うなぎよりも大きくて淡白なあなごには、あっさりとしたしたじの、やや張りだす味付けが似合うようだ。だからこそ、多彩な薬味の香りがうまく合わさるのだろう。正直、うなぎに比べて独立した食材ではなく、寿司ネタか天ぷらネタの印象が強かったあなごを、わたしはかなり軽視していたのだが、この見世の味を知ってからは了見の狭さに改めて気づいたしだい。
 あなごは、大きな魚だ。東京湾には、1mを超すあなごがたくさんいるそうだ。中には、3mを超えるお化けあなごもいるらしい。だから、肝も大きい。蒲焼きの上に載っているのが、あなごの肝。うなぎに比べて大味なのだが、淡白なところが女性に好まれるゆえんかも。蒲焼きを半分、飯で食べたあとは、残り半分を茶漬けですするのも、あなごならではの楽しみだ。うなぎ茶漬けというのを一度食べたことがあるが、茶の上にびっしりと脂が浮くほどに、こってりとした身のうなぎは茶漬けに似合わず、野暮でくどくてつまらない料理だった。あなごはその点、あっさりとした風味で、海苔やわさびを加えてさらさらとかっこめる。

 夏場、食欲が落ちたときにはぴったりな料理なのだが、冬場の脂が乗ったあなごをどう料理するのか、とても興味がある。おそらく、秋から冬へと季節がうつろう中で、蒸す回数やしたじとみりんの加減を少しずつ変えていくのだろうが、ぜひ冬場の味も確かめてみたい見世なのだ。さて、下町散歩ついでに、きょうもちょいと寄ってみようか・・・。

■図絵:あなご蒲焼き屋は、この街並みのすぐ近く、路地裏にある。広重『名所江戸百景』第73景「市中繁栄七夕祭」。