6月ごろより毎日、勤務先から家まで歩いて帰っている。飯田橋の会社から下落合の自宅まで、直線距離で5km弱だが、いろいろな帰宅コースをたどるので、ゆうに5~6kmほどはありそうだ。ウォーキングの時間は、コースにもよるけれど50~60分というところだろうか。夜の散歩は、特に時間帯が深夜になると、ふだんは見なれない街の姿が顔をのぞかせる。
 2年ほど前までは、盛んに深夜散歩を楽しんでいたのだけれど、ここ1~2年歩くのをサボッていた。そうしたら、てきめんに腰が弱くなったらしい。少し前、徳川邸へお邪魔Click!したあと、西坂を駈け下りたら(トイレが迫っていたのだ)、腰を痛めてしまった。(まあ、西坂は目白崖線の坂道でもずいぶん傾斜が急なのだけれど) それまで、目白崖線を1日に何度上り下りしても、別に腰を痛めることなどなかったので、ちょっとショックだった。体型は学生時代から変わらず、メタボの心配はないのだが、ふだんからデスクワークがほとんどで、PCに向かって終日原稿を書いていることもあり、典型的な運動不足になっていたようだ。腰の筋肉や背筋が、かなり弱っていたにちがいない。そこで、深夜の5~6kmウォークを復活させたというしだい。
 飯田橋から下落合まで、目白通り→江戸川橋→十三間通り(新目白通り)と歩けば、ほとんど一直線にまっすぐ来られるのだけれど、それではぜんぜん面白くない。そこで、いろいろなコースを散歩することになる。神楽坂から早稲田通り、鶴巻町から高田馬場へといたる「胃痛たまらん夏目漱石散歩コース」。東五軒町から江戸川橋・目白坂を上り、椿山Click!・目白台をへて目白駅へと抜ける「高田敏子Click!の東京初空襲コース」。神田川の遊歩道をたどり、学習院下から佐伯のガードClick!をくぐる「神田上水Click!せせらぎコース」。筑土八幡から赤城町を通り、早大正門通りから早稲田大学Click!・面影橋へと出る「小さな石鹸カタカタ鳴ったコース」。椿山の下から目白不動Click!へと抜け、学習院馬場Click!から雑司ヶ谷道を歩く「わりと高いな崖線(バッケ)鎌倉道コース」。小石川台地のふもと小日向Click!から江戸川公園を歩き、水神社西側の幽霊坂から旧・四谷Click!・目白駅へとたどる「お岩さんも待ってるぞ心霊コース」・・・などなど、およそ15コースほどの経路がある。
 
 夜が更けてくると、ふだん歩きなれた道でもまったく別の表情を見せることがある。昼間は明るくて気持ちのいい道が、深夜は真っ暗で薄気味悪い道へ変貌していたりする。また逆に、目白崖線や早稲田の北斜面には「幽霊坂」や「オバケ坂」、あるいは「バッケ」と呼ばれるうっそうとした坂道が何本か通っているけれど、深夜に訪れてもどうってことのない道もある。特にガッカリしたのが、新江戸川公園Click!の西側に通う「幽霊坂」で、目白運動場Click!の防災避難区画化の工事のため樹木がだいぶ伐られ、まったく怖くなくなってしまったことだ。警官が頻繁に見まわるほど、怖くて怪しい「幽霊坂」だったのだけれど、頭上に星空が拡がる開放的な坂道になってしまった。これでは、胸衝坂(胸突坂)のほうがよほど怖いだろう。
 もうひとつ、深夜に歩いていると、案外いろいろな人たちと出くわすのも面白い。面影橋Click!を歩いていたら、Y新聞の勧誘員に声をかけられ、「1ヶ月でいいから取ってください」と言われたのには笑ってしまった。深夜の路上で新聞の勧誘を受けたのは、これが最初で最後の経験だ。真夜中に、道を訊ねられることもたびたびだ。中国か韓国からやってきた若い子に、早稲田のアバコブライダルホールの位置をカタコトの日本語で訊かれる。そんな時間帯に1921年(大正10)築の早稲田教会も、ブライダルホールも開いているはずはないのだけれど、きっと目的地へ向かう目印なのだろう。きわめつけは、水神社Click!(すいじんしゃ)から旧・細川邸の新江戸川公園脇を歩いていたら、若い女性から「痴漢に尾けられてるみたいなので、いっしょに歩いてください」と頼まれたことだ。ふり返ってみても、誰も見えないし足音も聞こえないのだけれど、とにかく都電通り(明治通り)の手前まで道連れとなった。わたしは無害で、ぜんぜん怪しくは見えなかったのかと、ちょっとガックリした気分になった。まあ、痴漢に間違えられるよりは、よほどいいのだけれど。
 
 
 深夜、いろいろなコースをたどって帰宅する理由には、筋力低下の防止のほか、緊急災害時における帰宅ルートの確保という目的もある。様子や状況をそのつど判断し、家屋が倒壊したり火災が起きている道筋をうまく迂回しながら、効率的で最短のコースを柔軟に選びつつ、自宅に帰り着くための“予行演習”も兼ねている。もっとも、深夜散歩を楽しむだけで、この“演習”が実際に役立たないことを願うばかりなのだが・・・。

■写真上:築80周年の昨年にリニューアルされ、ライトアップがきれいな深夜の早大大隈講堂。
■写真中:左は、真夜中にY新聞の勧誘を受けることがある都電・面影橋駅の界隈。右は、深夜に道を訊かれることがやたら多い、築87年を迎える早稲田教会(スコットホール)。
■写真下:上左は真夜中の「幽霊坂」で、上右はそのすぐ東側にある「胸衝坂(胸突坂)」。下左はせせらぎの音が気持ちいい深夜の神田川遊歩道で、下右は明治期に造られた山手線ガード。