あのな~、わしな~、下落合にアトリエClick!建ててからな、もう88年にもなるやんか~。そろそろ建て替えよう思うてな、いつもんようにソミヤはんClick!とこへ相談しに行ったんや。ほなな~、「これからぁ、200年住宅の時代さね、サエキくんClick!」言いまんねん。そないなこと言うたかてな、わし、カネないねん。どなんしょ~?・・・言うたらな、「じゃあ、サエキくんClick!、オレが付いてったげるから、新宿区に相談しちまえばいい」言わはるんや。ほいでな、落合町役場やのうて、新宿区ゆうのんか、イマイチようわからへんのやけど、区役所ちゅうとこへ行ってみたんや。
 ぎょうさん人がおってな~、1階に受付けちゅうのんがあって、そこで相談先の窓口訊こう思うてん。受付けにえろうビーナスはんがおってな、まだなにも用件言うてへんのに、「ハローワークはここではなく、歌舞伎町の北側でございます」言わはんねん。ソミヤはんとな、顔見合わせてもうたわ。なんや知らん、ふたりともようけ仕事ほしそうな顔してたんやろか? ほんでな~、ようやっとな、担当の窓口に着いて、わしの家どないかしてほしいねん言うたら、「200年でも500年でも保存いたします」言わはって、やたら話が早いねんで。ソミヤはんいうたらな、「オレなんか、この30年来ずっと駐車場Click!に寝泊りしてるんだぜ、サエキくん」言うて、うらやましがっとったわ。
 帰りにな、ソミヤはんが「サエキくん、八百屋に寄ろうぜ」言うから付いてったらな、昔の高野フルーツに入ってくねんな。パン屋じゃないんでっか?・・・て訊いたらな、「最近はね、サエキくん、タカノのほうが料理もパンもうまいのさ」言わはんねん。味にえろ~うるさいソミヤはんの言うこっちゃ、ほんまにうまかったわ。中村センセゆかりの中村屋も、ぎょうさん気張らんことにはあきまへんな。
 
 ・・・ちゅうわけでな、いまアトリエ建て替えとる最中なんや。ときどきな、浅川はんClick!の隣りの駐車場から、ソミヤはんも手伝いClick!にきてくらはって、「やっぱりコンクリートの土台だよ、サエキくん。うちは築数年で、シロアリに根太をぜんぶ食われちまったんだ。でも、屋根があるってのはいいよな~、いいな~」言わはるから、アトリエが駐車場んなってアオカンしてはるソミヤはんが急に気の毒んなってな~、アトリエ使いまっか?・・・て訊いたら、「いっしょに住もうや!」言わはんねん。ほんでな~、「キミが幽霊Click!になって、巴里から『いま帰った!』とわが家へ現われた昭和3年の8月から、オレはなんとなくサエキくん、いっしょに住むような予感がしてたんだ!」やて、ソミヤはんな~、ときどきわしのアタマが痛(いと)うなること平気で言わはんねん。
 隣りの酒井はんのネコにな、また石でも放られたら困るClick!さかい、ようけ迷うたんやけど、わしな~、ソミヤはんにアトリエゆずることにしてん。そやからな、工事が完成したら、わしのアトリエやのうてソミヤはんの仕事場になる予定やねん。わしか? わしはいままでどおりな、「カフェ杏奴」Click!をアトリエ代わりに使わしてもろうさかい、それほど不自由せんねん。もともと身体弱い、ソミヤはんのが心配やで。駐車場なんかで野宿しとったら、101歳まであんじょう生きられへんがな。・・・・・・あん? ソミヤはん、大往生で亡(の)うなりはったんとちゃう? ・・・ま、ええか、気にせんとこ。
 そやそや、ソミヤはんいうたらな、ニワトリClick!を飼いとうなった言わはりまんねん。「ここには、わけのわからん町会議員もいねえし、ウンコ水も流れてこないからな」て、メッチャわけのわからんこと言わはって笑(わろ)うとったわ。そやけどな~、うちのまわりもぎょうさんネコだらけやねん。母屋のあったあたりな、ネコの集会場みたいなってまんのんや。
 あっ、母屋いうたらな、ニワトリ嫌いClick!のオンちゃんが、どっかへ行ってもうて、どこにもおらへんのや。わしがカフェ杏奴にず~っとおるさかい、怒ってもうたんやな。しかもや、「杏奴」ゆう名前も気に入らんらしいねん。ヨネコはん、小堀杏奴の本Click!読んだら「キィーーッ」とか「ヒィーーッ」とかゆうとったさかい、ぎょうさん腹立ててヘソ曲げてもうたんやで。きっと、実家にでもおるんとちゃうやろか。あのな~、わしのせえやないで。み~んな、小堀はんと巴里でいっしょだった川瀬はんのせいや。わしかて、杏奴のママさんかて、なんも知らんがな。
 
 そいからな~、この前、ソミヤはんの紹介で中村センセんとこ出かけてな、アトリエの前で記念撮影してもろうたんや。彝アトリエClick!の、赤い尖がり屋根はええな~。わしとこも、グリーンやのうてバーミリオンの屋根にしたろうかいな。そや、ソミヤはんのアトリエの屋根もバーミリオンやったんや。中村センセでっか? 相変らず外出はせえへんらしいけど、えろう元気そうやったで。
 そやそや、中村センセゆうたらな、「ソミヤくんやサエキくんの絵はよくわからんがね、草土社の連中の絵Click!よりははるかにマシだね。あっ、そうだった、わたしのアトリエ保存Click!に署名してくれよ。わたしが自分で署名活動するのも実に妙な話なんだが、“保存への無限感”なんて願い下げにしてほしいもんだね。サエキくんとこのリフォーム、きれいになっていいな。いや、このごろは、病気のほうはストマイでぜんぜん怖くなくなったんだが、アトリエにいると地震がやたら怖くてね。たった震度3で、もう怖い」言わはって、どなんしょ、署名用紙をぎょうさん預かってもうたんや。ついでに、彝センセもソミヤはんといっしょに、わしのアトリエへ疎開させたろかいな、思うてんねん。新宿区はんな~、彝センセのアトリエもほんま、あんじょう頼んまっせ。
 そやないとな~、こん夏もアビラ村の金山センセClick!が、着流しでわざわざカフェ杏奴へやって来やはってな、「サエキくん、折り入って話があるんじゃ。人くんClick!のアトリエがなくなって工事で追い出されちまうし、わしの家にもどなたかが住んどるんじゃ。ここはサエキくん、野球仲間のよしみじゃ、ひとつ頼むわ」言わはって、アトリエの洋間に奥さんClick!といっしょに仲よう住んどるゆう話やで。ほんでな~、神楽坂のウナギ屋のツケが、なんや知らんわしんとこへまわってくんのんや。この前もな、「例のすき焼きClick!鍋は、サエキくん、どこにあるんじゃ?」言わはんねん。こんままだと、わしのアトリエがほんま、賄いつきの下宿屋んなってまうがな。・・・えらいこっちゃ、どなんしょ~?
 
 というわけで(なにが「というわけで」なんだか^^;)、来年の4月28日を目標に、佐伯祐三Click!アトリエの公開準備が進んでいる。一度アトリエ全体を解体し、土台や床面を補強してから再構築するというかなり大がかりな工事だ。関東大震災のとき、大磯Click!の大工が建てたアトリエの漆喰壁は剥がれ落ちて散乱したけれど、曾宮一念Click!や木下勝治郎Click!らが手伝って建設した洋間のほうは、ほとんど無傷の状態だったようで、佐伯は誰かれとなくそれを自慢にしていた。佐伯の「仕事」とは異なり、プロによる今度のリフォームでは、壁に熱中するあまり出入口を造り忘れて室内に閉じこめられたり、トイレを設置し忘れて隣家へ借りに出かけたり・・・なんてことは、ありえないと思う。
 同時に、新宿歴史博物館では、佐伯祐三の『下落合風景』シリーズClick!を中心とした、佐伯とそのゆかりの画家たち展の企画が進行中だ。わたしも、及ばずながらそのお手伝いをさせていただいているので、来年の春には落合地域をベースに、当サイトへ登場するおなじみの画家たちの作品群が、新宿で観られることになりそうだ。これまで新宿区では、どちらかといえば「美術」よりも「文学」にスポットが当てられてきたのだが、これからは美術に関するさまざまな催しが企画されることと思う。また、行政区画の壁を乗りこえ、長崎アトリエ村Click!側とも連携した見せ方ができれば、おそらく東京では最大級の「文士村」であると同時に、豊島区・新宿区は同じく都内最大の「美術村」であるという非常に特徴的な地域性が、より鮮明に浮き彫りにできるのではないかと考えている。

■写真上:来年春の公開へ向けて工事中の佐伯祐三アトリエと、うれしそうなサエキくん。
■写真中上:左は曾宮アトリエ跡の、右は『下落合風景』で描いた邸前のサエキくん。
■写真中下:左は中村彝アトリエの庭で記念撮影する、右はソミヤはんと別れカフェ杏奴の入口へ帰り着いたサエキくん。彝アトリエとともに写るサエキくんの記念写真は、近代美術史の研究者にとっては「公式」記録をくつがえす、驚愕・衝撃的なショットだろう。(爆!)
■写真下:補強工事が進む佐伯祐三アトリエ。