以前、子どもの夏休みの自由研究で、目白崖線沿いに堆積する土の酸性度Click!を調べたことがあった。酸性雨による土と植生への影響を、検査の試薬を手にして江戸川橋Click!から目白文化村Click!まで調べたわけだけれど、まさか放射線測定器を片手にエンエンと落合地域を調べてまわることになるとは、当時、思いもよらなかった。
 今回、測定して歩いたのは山手線のすぐ西側(近衛町)から、山手通り(環6)のすぐ手前(落合第一小学校/上落合公園)まで、すなわち横に長い旧・下落合と上落合のいずれも東部地域だ。測定に使用したのは、今年の春に発売されたばかりのSOEKS-01M(モジュール1.5L内蔵 2011.07/ロシア製)の最新モデルだ。1986年のチェルノブイリ事故のせいか、携帯用の小型放射線測定器の分野ではロシア製の評価が高いので、同器を手に計測してまわった。
 毎日、新聞に発表される東京都新宿区の放射線量(空気中)は、大久保にある健康安全研究センターが地上18mの高さに設置した測定器で計測しているので、実際の生活環境にはおよそ適合しない数値だ。地上18mの高さを、長時間歩きまわったり休んだりして、地上に下りてこない人々はごく少数だろう。問題は、地面および地表から1~2mの高さなのだ。そのような観点からすると、同じ新宿区の曙橋にある、故・高木仁三郎が設立した原子力資料情報室の測定(室内・室外・近くの公園)のほうが、より新宿区の実情Click!には近い数値だろう。
 今回の測定では、地面および地表から約1mの放射線量を、それぞれの地点で都合3回ずつ測定している。地上1mというのは、もちろん子どもの身長を想定して顔面が位置しそうな高さだ。3回ずつ測定して出た数値を、あえて平均値化せずに振幅をもたせて記録するようにした。また、瞬間的に高い数値が出たポイントは、その数値も書き添えるようにしている。地面の測定では、測定ポイントごとに放射線測定器をくるむビニールを交換し、放射線をおびた物質(塵埃など)が付着したと思われるビニールは、二度と使用せずに持ち帰って廃棄した。
 結果からいうと、7月の半ばに葛飾区にある小学校のプール脇で測定された6.0μSv/h(マイクロシーベルト/時)というような、飛びぬけて高い地点は見つからなかったけれど、放射線量の高低(溜まりやすい/溜まりにくい地点)はハッキリと確認できたと思う。とても皮肉なことだが、おしなべて酸性雨による土壌の酸性度が高かったところが放射線量が低く、逆に緑が多く保存され酸性度が低くて健全な土壌だったところが放射線量が高いという結果になった。ただし、ここでいう「高い」「低い」はあくまでも相対的な数値概念であって、とりあえず葛飾区の事例のように大急ぎで除染が必要と思われるような地点は、落合地域の東部では1ヶ所も見つからなかった。
 測定地点が、たとえば大きな公園などのケースでは、少し距離をおいて複数個所を測定しているけれど、たとえば同一の5平方mの区画内でも、測定値にかなりのバラつきが見られることを付記しておきたい。つまり、たまたま測定した地点(ポイント)の数値を記録しているが、そこから10mほど離れたポイントで測定器が同一の数値を示すとは、まったく限らないということだ。これは、測定地点の地形や頭上の樹木の疎密度、地表に堆積した落ち葉やコケなどの繁茂の有無、地表が土面なのか砂利(砂礫)面なのか、あるいは草原なのかのちがい・・・などが大きく影響していると思われる。さらに、公園などではその種類や目的に応じて、しじゅう清掃などの手が加えられている児童遊園のような地点と、できるだけ自然の状態のまま保存することをめざした公園とでは、自ずと放射線量にもちがいが表れていると考えられる。なお、小さな子どもたちがよく遊ぶ“砂場”のある公園では、通常の測定に加え砂場の地表と空中の測定も同時に行った。
 

 測定は、まず近衛町Click!のロータリー(近衛旧邸の車廻しClick!)からスタートした。ケヤキの根元の土面は、0.22~0.24μSv/hと相対的に高い数値だったが、地上1mほどの空気中は0.13~0.15μSv/hと低くなった。次に、中村彝Click!アトリエの斜向かいとなる下落合東公園Click!へと向かう。棚のある公園北寄りの地面は0.13~0.15μSv/hsとかなり低く、地上1mの空中でも0.10~0.11μSv/hという、今回の測定では最低クラスの放射線量となった。おそらく、ご近所の方々が毎日清掃されるなど、ていねいな管理がなされているせいだろうか、地表面の放射性物質は拡散・希薄化され、相対的に低い数値を維持しているものと思われる。
 次に、わたしが「けっこう数値が高そうだ」と想定していた、おとめ山公園Click!へと向かった。同公園は、かなりの広さがあるので3か所に分けて測定することにした。まず、いちばん東側の弁天池Click!の南側にあるベンチ周辺の地面は、0.20~0.22μSv/hと思ったほど高くはなかった。また、地上1mの空中は0.08~0.10μSv/hと、今回の測定ではもっとも低い数値を示した。これは、屋外ではなく室内なみの低い数値で、弁天池の南側に建っていた集合住宅が公園拡張計画Click!の一環として取り壊され、風通しがきわめてよくなったことに起因しているのではないだろうか。
 おとめ山公園の道路を隔てた西側に移動し、中ノ池Click!北側のベンチ脇の地面を測定してみる。地表面は湿気を帯びコケ類が繁茂している、風通しがそれほどよくない渓谷の地形だ。数値は、0.25~0.27μSv/hと高い数値を示したが、地上1mでは0.13~0.14μSv/hとそれほどでもなかった。でも、計測値が瞬間的に0.32μSv/hを示したことも書き添えておきたい。この線量は、今回の測定では最高クラスの値だ。同公園の西側に位置する、いまでも泉が湧きつづけて途絶えることのない谷戸の湧水源Click!へと移動する。ここでは、ちょっとおかしな測定結果となった。地面は0.17~0.19μSv/hと低いのに対し、地上1mが0.19~0.21μSv/hと逆に空中のほうがわずかに高いのだ。おそらく、袋小路のような谷戸地形が影響しているのではないかと想像している。
 
 
 
 次に、雑司ヶ谷道沿いの氷川明神社Click!へと向かい、拝殿脇の土面を測定してみる。地面が0.22~0.24μSv/hとやや高めで、地上1mが0.13~0.14μSv/hというやや低めの結果だった。つづいて、野鳥の森公園Click!へと向かう。同公園もやや広めなので、ベンチのある平地の土面とバッケ(崖)下の斜面の土面を測定してみる。まず、オバケ坂Click!沿いにあるベンチ脇の地面は0.18~0.20μSv/hと想定していたよりもやや高めだった。また、地上1mの数値も0.19~0.20μSv/hと、地表面の数値とほぼ同じ値を示した。これに対して、公園北側の斜面を測ると地面は0.15~0.17μSv/hと予想よりもかなり低く、また地上1mもまったく同じ数値0.15~0.17μSv/hを表示した。落ち葉などが大量に堆積しているので、かなり高い数値を予想していたのだけれど、この結果は意外だった。南に口を開けた公園なので、風が通りやすい地形の影響もあるのだろうか?
 つづいて、薬王院Click!へと立ち寄る。ここでは山門をくぐった、本堂に向かって参道左手のボタン園を測ってみる。地面は0.16~0.17μSv/hと高くもなく低くもないが、地上1mの空気中は0.11~0.13μSv/hと低い数値だった。薬王院の西にある、下落合横穴古墳群Click!が斜面から発見された下落合弁天社Click!にも立ち寄った。小さな池のある脇の地面は、0.21~0.23μSv/hと相対的に高く、地上1mの空中は0.12~0.14μSv/hとそれほどでもなかった。
 薬王院の階段を上り墓地側から丘上へと出て、下落合公園Click!へと向かう。同公園では南側の緑地近くを測定したところ、地面は0.19~0.21μSv/hとやや高めで、空中も0.17~0.19μSv/hとそれほど低くはならなかった。同公園には砂場があるので測定すると、地表面は0.17~0.19μSv/hとやや低くなり、地上1mの空中では0.12~0.14μSv/hと低い値を示した。つづいて、諏訪谷の曾宮一念アトリエ跡Click!前の大六天Click!へと向かうことにする。
 さて、測定結果は、あくまでも落合地域で生活するうえでのひとつの指標であって、これらの数値を1年間の被曝量に換算してみるのは、ほとんど意味がなくムダなことだろう。たとえば、おとめ山公園の0.27μSv/hという数値をベースに、×24時間×365日=2,365μSv(2.365mSv/ミリシーベルト)の年間被曝量だ・・・というのはほとんど意味がない計算だ。中ノ池北側のベンチで、1年じゅう寝泊まりして暮らしている方がおられれば別だが(あっ、おられるのかな?^^;)、常に人は動きまわり移動している。下落合公園の砂場で、毎日欠かさず朝から晩まで遊びつづける子もいないだろう。

 ただし、放射性物質の危険性は人によってまったく異なるし、閾値(しきいち)の考え方はあくまでも数値データを平均化した一般論であることも忘れてはならないだろう。よく医者が喫煙の量について発言するとき、タバコを10本/日以下しか吸わない人は、まったく喫煙しない人と比較した場合、肺癌や心臓病の発症率にあまり差異が認められない・・・という表現がある。つまり、タバコ1日10本が疾病リスクが増加するめやすとなる「閾値」というわけだ。でも、もともと心臓が弱い方であれば、タバコをたった1本吸っただけでも心筋梗塞の怖れはあるのだ。放射線の場合も、年間被曝量が20mSv以下あるいは6mSv以下であれば、危険性はそれなりに低いとはいえるが、まちがっても個々の人々について「安全だ」など断言できないことは明らかだろう。
                                                 <つづく>

◆写真上:おとめ山公園の中ノ池北側にある、ベンチ脇の苔の生えた地表面の測定。
◆写真中上:測定場所別の、それぞれ具体的な計測ポイント。
◆写真中下:同じく測定場所別の計測ポイント。下右は、野鳥の森公園での崖下地面の計測。
◆写真下:それぞれの測定地別の計測結果一覧で、単位はμSv/h(マイクロシーベルト/時)。