東京で美味かつ多彩なフルーツパフェを食べさせる店としては、わたしの中では3つの店がイメージされていた。すなわち日本橋の千疋屋、神田の万惣、そして銀座の明治にできた資生堂だ。いずれも下町Click!の店で、先の2店は江戸期からつづく大店(おおだな)だ。
 日本橋の千疋屋は、1834年(天保5)創業の代表的な水菓子屋で、子どものころからうまい果物といえばこの店が定番だった。確かに、この店のフルーツは高価だが江戸東京では群を抜いていて、祖母もこの店をこよなく愛したようだ。病人の見舞いには、千疋屋のフルーツセットが定番で、見舞いを受ける病人のほうも早くよくなって千疋屋の果物を美味しく食べられるようになりたい・・・という、「明日への希望や意欲」が湧いてくる、そんな贈答品としても重宝がられていた。
 神田の万惣はエリアがちがうので、わたしにはあまり馴染みがないのだが、千疋屋にやや遅れて1846年(弘化3)に創立している水菓子屋だ。その166年におよぶ歴史に幕を閉じたのは、今年2012年のことだ。東京都から、耐震基準未満のビルだから解体をしろと迫られ、新たなビルを建設する資金のめどがつかないために廃業へ追いこまれた。さっそく、名残り惜しくてパフェを食べに出かけたのだが、ものすごい行列でとても店内へは入れなかった。
 3つめは、1902年(明治35)創業とだいぶ新しい銀座の資生堂パーラーだ。この店はフルーツ専門ではなく、もともと喫茶店としてスタートしたのだが、ことにパフェやサンデーのメニューには大正期から力を入れてきている。わたしは、上記の3店を東京の3大フルーツパフェの店として、勝手に規定していた。ところが、その一画である神田の万惣フルーツパーラーが今年になって、東京都につぶされてしまったのだ。江戸期からつづく老舗に対し、なんら事業継続の支援を行おうとしない呆れた自治体なので、あえてこう書いてしまう。
 余談になるが、この「耐震設計違反」として都内のビルを指摘してまわっている都の担当責任者のひとりこそが、下落合の“タヌキの森”Click!へ違法建築を建てる計画に対し、住民たちが新宿区へ要請に出向くタイミングを知りつつ、その数時間前におかしな業者へやすやすと違法「認可」を下し、さっさと東京都へ転任していった(異動逃げしていった)、当時の新宿区建築課の責任者=張本人でもある。「下落合みどりトラスト基金」サイトClick!では、一貫して組織名(建築課)を踏襲しつづけてきたけれど、ここはわたしのサイトなので実名を書いてやりたい怒りの衝動に、いま強くかられている。今度は、こともあろうに江戸期からつづく由緒ある地元の老舗を廃業に追いこみ、あっさりとつぶしてくれたわけだ。地域住民(あるいは商店/企業)の声に耳を傾け、相互にうまく合意点や一致点が見いだせるよう、落としどころの施策や解決策を練るのが自治体公務員の業務だとすれば、TVなどにも顔を出すこの男はそのコンプライアンス(法律遵守)感覚の欠如とともに、この仕事にまったく向いてないのではないか?
 さて、・・・したがって、残るは日本橋(京橋にも姉妹本店があるが)の千疋屋と、銀座の資生堂パーラーの2店舗になってしまった。でも、2大フルーツパフェの店ではすわりが悪いので、どうしても3店にしたい。そこで、老舗の多い下町ばかりでなく、新山手にも目を向けることにした。やっぱり、近所の“あの店”を加えてあげたい・・・と思っていたからだ。もちろん淀橋町角筈の高野水菓子屋(高野商店)、すなわち新宿のタカノフルーツパーラーだ。高野商店は、1885年(明治13)と19世紀の創業で、銀座の資生堂よりも歴史が古いのだが、フルーツを扱いはじめたのは1900年(明治33)なので、資生堂パーラーよりも少し早い乃手を代表する水菓子屋だ。
 わたしがここ5~6年ほど、タカノに注目Click!してきたのは本来の事業であるフルーツではない。タカノで出される、さまざまな料理(四季折々の洋食)のほうだった。東隣りにパンや菓子、洋食の専門店である新宿中村屋Click!があるのだが、それらの製品や料理の風味がすべて古臭くて野暮ったく感じてしまうほど、タカノで出される洋食はうまい。(たぶん現在の調理スタッフが優秀なのだろう) おそらく、新宿にあまた存在する洋食屋の中では、アタマひとつ抜きんでていると感じる。
 特に、魚介類・肉類と野菜や果物とを合わせて調理する、サラダ系惣菜の味は洗練されていて、下町にある各店の料理さえ上まわっているだろう。また、パン類のうまさも格別で、本業がパン屋のはずの新宿中村屋を凌駕している。現在、新宿中村屋は本店ビルの建て替えをしており、レストラン部がタカノ本店のビルのフロアを借りて営業しているが、料理やパンの味の側面からいえば、この形態のとおり、タカノが新宿中村屋を呑みこんでしまいそうに感じるのだ。

 
 さて、パフェの話にもどろう。タカノフルーツパーラーのパフェを、わたしは満足に食べたことがなかった。先述の、3大フルーツパフェ店というイメージが形成されていたからであり、また乃手にうまいものを食べさせる店がそうそうあるはずがない・・・という、(城)下町の偏見に捉えられていたからだ。だが、ここ5~6年の間、タカノの料理類を食べつづけてみて、その偏見はみじんに粉砕された。では、本業であるフルーツ料理のほうはどうなのだろうか?
 日本橋の千疋屋で出されるパフェは、フルーツの質において他店を圧倒している。たとえば、イチゴパフェを例にとると、イチゴがふつうのイチゴの風味ではなく、別次元の果物に感じるほど強烈な個性や主張をもっている。いっしょに添えられた、生クリームやアイスクリームの風味が霞んでしまうほど、フルーツの存在感が圧倒的に舌へと迫ってくるようだ。パフェグラスも大きく、「パフェをたっぷり味わいました」という満足感は、高い料金を支払ってもほかに代えがたいものだ。
 銀座の資生堂パーラーで出されるパフェは、千疋屋とは実に対照的だ。添えられたフルーツは、上質だがふつう(「ふつう」といっても高レベルでの話なのだが)のフルーツであることに変わりはない。でも、クリーム類との全体のバランスや相性が抜群なのだ。フルーツをひとつひとつじっくり味わうのではなく、パフェ全体で整合性のとれた美味さを演出し「これがパフェだ!」と主張している。その調和のとれた味わいは、千疋屋とはまったく異なる「パフェをたっぷり味わいました」という満足感をおぼえさせてくれる。グラスも大きく、たっぷりとしていて食べ出がある。資生堂パーラーが、長い時間を超えて高い人気を保ちつづける要因は、まさにここにあるのだろう。資生堂のパフェ全体から醸しだされる風味は、いつの時代にも年齢を問わず、誰もが美味しいと感じる普遍性を備えている。
 
 さて、新宿はタカノフルーツパーラーのパフェはどうだろうか? 最近、地下2階にパフェの専門店「パフェリオ」がオープンしたというので、さっそく味わいに出かけた。料金は、下町の各店に比べてかなり安く、またパフェグラス(フルートグラス仕様のパフェもある)もスマートで量的に比べれば、千疋屋や資生堂の3分の2ほどのボリュームだ。パフェの盛りつけやデザインもオシャレで、下町のきわめてオーソドックスな2店には見られない特徴だ。
 また、用いられるフルーツもメロンパフェやマンゴーパフェを除き、各種ベリーやチェリーなど下町ではあまり見られない素材が用いられている。ここの春に出される「さくらパフェ」は有名だが、わたしは一度も味わってみたことがなかった。見方を変えれば、それが下町の名店といわれているデファクトスタンダードなパフェ店に対する差別化と、洗練さやオシャレ感をアピールする乃手ならではの工夫(主張)なのだろう。「味勝負ではなく、格好づけしたがる乃手の店はちょっとマユツバClick!」という先入観がチラリと頭を横切ったけれど、タカノの料理のうまさや実力はここ5~6年間で十分に承知しているので、さっそく注文をしてみる。
 タカノのパフェは、おしなべてあっさりした味わいと、パフェの素材としてはめずらしいフルーツの洗練された風味が“売り”なのだろう。甘さも、千疋屋や資生堂に比べてかなり少なく、あまりカロリーの過剰摂取を気にする必要がない。他店のようにフルーツの「甘さ」を引きだすのではなく、酸味が強調されているのもタカノならではの特徴で、食べ終わったあとに「もっと別のメニューも食べてみたい」という気にさせられる。とても「健康的」なパフェに仕上がっているのだが、フルートグラス仕様のデコレーションはスプーンの小ささとともに、少々食べにくい。「朝パフェ」と銘打っている商品もあるので、朝のおめざめパフェという位置づけもありそうだ。(朝から・・・パフェ?)
 でも、下町のスタンダードなパフェにはない、別の意味での美味さは十分に納得できる味わいだった。下町の「大人から子どもまで美味しく楽しく」というパフェづくりではなく、タカノは明らかに「健康志向」のコンセプトのもと、朝から夜まで「ちょいと食べに寄る」手軽なパフェとして、明らかに女性をターゲットにしている。わたしがカウンターに座ったら、「ここにはパフェのみで、ほかのメニューはないんですよ」と店員さんが気の毒そうに注意してくれのだが、このひと言からもお客は女性が対象であることがうかがい知れる。わたしは、どうやらパフェを食べるような風情にまったく見えなかったようだ。w ひとつ注文があるとすれば、鮮やかなパフェを食べるには照明が暗すぎる。バーではないので、千疋屋や資生堂のように十分な採光や灯りで、華やかなパフェを明るく照らしてほしい。
 
 
 
 ということで、わたしとしては味わいにも落第点がなく、下町のパフェとはまったく異なるコンセプトや風味のタカノのパフェを美味しく食べられたので、これからは日本橋の千疋屋フルーツパーラー、銀座の資生堂パーラー、そして新宿のタカノフルーツパーラーを、東京の3大フルーツパフェの店として位置づけたい。大正末から新宿のタカノには、隣りの中村屋と同様に落合地域にも関連が深い芸術家たちが立ち寄り、多彩なエピソードを残しているのだけれど、それはまた、別の物語。

◆写真上:タカノフルーツパーラーに店開きした、パフェ専門店「パフェリオ」。雰囲気はオシャレで美しいのだけれど、かんじんの鮮やかなパフェを照らすには灯りが暗すぎる。
◆写真中上:上は、東京を代表する千疋屋のストロベリーパフェ(左)とバナナパフェ(右)。ここのフルーツは自家製の農園から採れたてが運ばれ、他店とはまったく次元の異なる圧倒的な新鮮さと美味しさだ。下は、銀座を代表する資生堂パーラーのストロベリーパフェ(左)とフルーツパフェ(右)。風味のバランスがよく、昔からパフェ全体のトータルなうまさで勝負している店だ。
◆写真中下:左は、明治期に撮影されたとみられる正月の高野商店。左側に屋根まで積まれている木箱は、初荷で予約済みの紀州みかん。右は、1936年(昭和11)のタカノ果物店。
◆写真下:上左は、タカノの酸味の強いベリーパフェ。上右は、さくらの香りが繊細な同チェリーパフェ。中左は、モモの甘さが引き立つヨーグルト入りのピーチパフェ。中右は、さわやかな甘さのメロンパフェ。下左は、時期によってフルーツが異なる季節のフルーツパフェ。下右は、定番のチョコバナナパフェ。いずれも甘さはかなり控えめで、量も下町の各店に比べてグラスが小さく少なめだ。