日本にいる現代小説家のうち、「いちばん好きな女性作家は誰?」…と訊かれたら、わたしは迷わず光山明美さんを挙げる。それほど彼女の描く物語は、元気で悩ましくて、せつなくて笑ってしまうほど面白い。気が強くてリードする女の子と、まじめだけれど優柔不断な男の子が登場する彼女の作品は、何度読んでも飽きないのだ。
 なぜ、光山作品に惹かれるのか…と思ったら、彼女が描く男女関係というのは、どこか東京の下町で見かける男と女の風景によく似ている。口ではたいそうなことを言って<武>張っているけれど、イザとなると神さんに頭の上がらない東男と、イザとなったら男のクビに縄をつけても引っぱっていく東女の関係。わたしの、先祖代々からの原風景にきっと近しいからなのだろう。ちなみに、彼女の描く世界は大阪が多いけれど…。
 そんな光山さんの近作が、『瑕疵(きず)-マンションに住むということ-』。物語は、阪神大震災で罹災したマンションに、怪しげな人物たちがたむろし始めるところから始まる。つまり、人の不幸を利用してカネ儲けをたくらむ連中が、地震で少しでも瑕疵を負ったマンションに出没し始める。いわゆる、震災ゴロと呼ばれる人群れ。彼らは住民の間へたくみに取り入っては、いつのまにか管理組合を牛耳り、たいした瑕疵でもないのにマンションの全面建て替えへと誘導していく。裏でうごめく、ゼネコンの黒い影と札束。ふと気づくと、住民たちは震災の傷とは別に、膨大な住宅ローンを背負ってる自分に愕然とする…。
 ふだんの作品とはまったく異なる彼女の異色作だが、単なる「市民運動的」で「健全」な告発モノでは決してなく、欲やカネに取りつかれた人々の内面にまで探りを入れてるあたりはさすがだ。シンプルな「正義」を期待して読むと裏切られるが、彼女が創造する人間模様はどんなシチュエーションで描かれようがリアリティ抜群なのだ。文学賞受賞作の『土曜日の夜』が、映画化の準備中らしい。楽しみだ。