その昔、柳屋や加美乃素の次の時代に、親父がよくつけていた整髪料がバイタリスだ。わたしが子供のころ、近所でエレキやサーフィンをやりまくる、愛すべきオバカなお兄ちゃんたち、当時のPTA用語で「近隣の不良青少年」たちも、みな髪の毛をテカテカに光らせてバイタリスの匂いを発散させていた。それは、1960年代後半の潮風がまじる匂いや渚の光景と重なって、わたしの脳裏へ強烈にしっかりと刻みつけられている。わたしの世代では、もうすでにこのバイタリスや、その次に流行ったMG5などは「オヤジくさ!」と言われていたのだけれど…。
 下町を散歩していたら、古そうな化粧品店を兼ねた薬局で、そのバイタリスを見つけてしまった。まだ現役で売られていたんだね…。買って帰りさっそく使ってみると、どうも昔の印象とは違うのだ。髪につけても、ほとんどテカテカと光らないし油っぽくない。親父のバイタリスをときどきいたずらしていたけれど、もっと油がギトギトしてどろっとした感触だった。いまのバイタリスは、まるで気が抜けたようにあっさりサラサラなのだ。それに、匂いがまったく違う。シトラスフローラルの微香性などではなく、背広にまで頑固に染みこむような、もっと「大人」の匂いを発散させていたはずだ。バイタリスな時代の香りを期待したわたしは、ちょっと物足りずガッカリしてしまった。
 それでもパッケージ・デザインは、ほとんど昔のままなのがうれしい。バイタリスの似合う風景Click!は、やはり60年代の匂いのする道具立てが必要なのかもしれない。21世紀の身のまわりにある風景の中に、バイタリスを置いてみた。やっぱり、わたしはオバカだ。