久しぶりに、歌舞伎以外の舞台を観た。日本橋の三越劇場で上演された劇団民藝の『浅草物語』。学生時代にはさんざん観た“新劇”だが、最近では珍しい。ご近所に住む知り合いが出演しているので、誘われて実に20数年ぶりの民藝だ。わたしがこの劇団を好きなのは、わたし好みの役者がそろっているから…。亡くなった宇野重吉さんをはじめ、滝沢修さん、北林谷栄さん、大滝秀治さん…と、もう他にはみられないオリジナリティの固まりみたいな俳優たちでいっぱいだ。
 物語は1937年の浅草界隈が舞台なのだが、日中戦争が始まるこのころまで、まだ浅草1丁目に「十二階下」という地名が残っていたのを初めて知った。隠居した爺さんが、いきなり十二階下にあるカフェの20歳も年下のママさんと結婚する…と宣言するのが、そもそも騒動の始まり。悲喜こもごもの物語が繰りひろげられるわけだが、くるぞくるぞ…と思いつつ、やはり歳のせいか落涙してしまった。客席を見まわすと、まあ若い人から年寄りまで、みなさん泣いていること。
『浅草物語』ポスター

 大滝秀治さんと並んで、カフェのママさん役の奈良岡朋子さんが、なんとも実に見事な演技。北林谷栄さんがきたない農婦をやると、「いったいどこから連れてきたの?」と思ってしまうほどホンモノみたいなのだが、それに負けず劣らずナカ(吉原)の花魁あがりという設定の奈良岡ママさんも、驚くほどホンモノ臭い。わたしの知り合いもとってもうまかったのだが、この2人が醸し出すリアリズムの前では演技が霞んでしまうぐらいだ。
 今年は三の酉まであった11月、久しぶりに浅草界隈でもゆっくり散歩したくなった。

■写真:稽古場の大滝秀治さん。「つまらん! おまえの話しはつまらん!」「男だけ! わしとおまえの二人だけ!」の、今年のキンチョールCMは最高だった。