蔵前通りを浅草方面へ歩いていくと、左手に誰もが「オッ」とつい声に出し、つづいて「ありゃりゃ」と思い、最後に「フーーーム」とうなってしまう古書店がある。「御蔵前書房」は、大江戸から大東京市関連の資料がとても充実している古本屋だ。
 中へは3ヶ所から入ることができるのだが、そもそも入るというよりは本の間をもぐっていく・・・という表現のほうが適切かもしれない。都内の古書店でも、なかなか見られなくなった大江戸から戦前の東京に関する資料本が、ところ狭しと重ねられている。そう、書棚には並びきれないので通路へ平積みに重ねておくから、よけいに人が入りにくくなってしまうのだ。あまり見かけることが少なくなった、1955年(昭和30)発行の『新宿区史』も、書棚でたやすく発見することができる。
 だけど、これじゃあ地震の縦揺れ一発、どうなってしまうのか不安で不安でしかたがない。店の通路には本を満載した書棚がのしかかって、いまにも倒れてきそうな状況なのだ。店内にいるときは、なにとぞ地震がたったいま起きませんように・・・と祈るばかり。ちょっと表へ出て、店構えをしげしげと眺めてみると、心なしか店舗が右側へ傾いているような気がする。いや、気のせいではなく、隣りのビルとの間の幅を見ると、やっぱりどう見ても傾いているのだ。
 本は重たい。家を建てるとき、まず建築屋さんに言われたことは「本とピアノは、どちらに置かれます?」だった。ピアノは重量よりもおもに防音のためだったが、本は“重さ”が課題だったのだ。2階はダメで、1階の北側の1部屋をすべて本だけの収納室にした。そのために、4mの関東ローム層をボーリングして、部屋の下に岩盤までとどく細い杭を数本打ちこんだ。そうしないと、木造の家屋は本の重みで一方へ傾いてしまうのだそうだ。昔のLPレコードも同様らしいのだが、こちらは家の中に分散させることで解決した。
 趣きのある古本屋さんは、街中の文化の拠点、もう文化財そのもののような存在だ。でも、もし地震があって倒壊してしまったら、あるいは類焼で焼けてしまったら、もはや取り返しがつかない。貴重な資料類が、永遠に消滅してしまう可能性だってあるだろう。どうか「御蔵前書房」さん、お願いですから、そろそろ建てかえをしましょうよ~。