「馬鹿」というけれど、馬はとてもかしこい生き物だ。人間の「気」配を、およそ的確に読むことができる。なめられたら最後、いろいろな嫌がらせを受けることになる。学生時代に体育で馬術をやっていたとき、怖がった女の子がいろいろな嫌がらせを受けていた。まず「怖い!」と思ったら、ハナから負けなのだ。馬の性格にもよるのだが、イジワルな馬に当たったらまさに悲劇だ。
 まず、噛みつかれる。餌をあげようとして手を差し出すと、手を丸ごとバクッと噛まれる。人間の手だと知ってて噛みつくのだ。手の甲に、馬の歯型アザのついた女の子が何人かいた。いや、手ばかりでなく、肩や腕、長い髪の毛などバクバク噛まれたりする。そんなとき、馬は「ヒヒヒヒヒ~ン」と笑うのだ。それから、足踏み。あぶみに足をかけようと馬の横に立ったとき、わざと馬脚を踏み違えて人間の足を踏みつける。成長しきったサラブレッドで体重500~600kgあるから、長靴(ちょうか)を履いているとはいえ、足の甲に蹄鉄型のアザができてしまう。
 気に入らない人間が乗ると、暴れて振り落とそうとするのはもちろん、心底イジワルな馬になると、早足をしているときに急停止したりする。つまり、急ブレーキをかけた状態だから、乗り手はたまったものではない。馬の前方へ、もんどりうって投げ出されることになる。やはり、これをやられて左手首にヒビが入った女の子がいた。そのほか、気に食わない人間を乗せると、馬はやりたい放題になる。乗馬のまっ最中に、もうオシッコはするわウンチはするわで、「あたし、あんたのこと嫌いだから」と全身で表現しているかのようだ。
 でも、アラブはともかくサラブレッドの巨大さには、最初は誰でもビビッてしまうだろう。競馬場で見かけるサラブの多くは、いまだ成長途上の若駒が多い。乗馬などで使われるサラブは、成長しきった10歳以上の馬が多く、とてつもない大きさになってたりする。つまり、競馬用に育てられたのだけれど、レースに向かなくて乗馬に転用された馬だ。体高が170cmを超えるのもめずらしくない。つまり、その上に乗って背筋を伸ばすと、ちょうど2階のバルコニーで寝そべったぐらいの視点の高さになる。これが、時速60~70kmぐらいのスピードで走るのだから、馴れるまではたいへんだ。早足で、うまく身体を密着してリズムをとれず、お尻を鞍にぶつけている乗り手は、「はは~ん、こいつヘタッピだ」と、たちどころに馬に見抜かれ、なめられてしまう。
 

 ふつうは、長靴のかかとを圧迫するだけで、その圧迫の度合いにより馬は並足→早足→軽早足→駈足(速足)へと移行するのだけれど、性悪馬の場合は、拍車をつけて脅かさないということをきかないヤツもいる。拍車といっても、西部劇に出てくるような「歯車」のついたものではなく、金属の突起状のものが内側へと向いているだけ。これを長靴につけているのを見せるだけでも、馬は「こりゃヤッバ~」と乗り手のいうことをきくようになったりする。それ以上は、乗馬鞭の登場となる。利口な馬なら、かかとの圧迫さえも必要なく、言葉で「速足!」「常足!」などというだけでちゃんと理解できる。
 下落合から鎌倉古道を通って、明治通りへと抜ける途中に「学習院馬場」がある。通りかかったら、ちょうど白馬が厩舎から出されてブラッシングされていた。体高が160cm前後のところをみると、アラブ種だろうか? いかにも学習院らしく白馬なのだが、馬の性格は見た目ではわからない。付き合ってみて、初めて相性の良し悪しがわかるのだ。

■写真:上は学習院厩舎の白馬。ちなみに「白雪」号とでもいうのだろうか? 写真下の左は、品川赤羽鉄道線(山手線)が開通した、1885年(明治18)当初からの隧道。下落合から学習院下へと抜けられる。右は、学習院馬場あたり。