春になると、ご近所で「キャーーーッ!」という奥様の悲鳴がときどき聞こえたりする。「すわ、強盗か!?」とあわてて飛び出したりすると、なんてことはない、これがぜんぜん違うのだ。お宅の縁の下から、「春だなぁ、そろそろ腹が減ったぞい」と、2mほどのアオダイショウがお目めざめで出てきただけだ。庭仕事をしていた奥様が、それを見てパニックになっただけ。
 最初は、切実で殺されそうな悲鳴を聞いてビックリしたけれど、最近は「キャーーーッ!」でほのぼのとした春らしい気分にひたったりする。まるで、小津映画の笠智衆と原節子のように・・・
 「やあ、そろそろ、春だねえ」
 「ええ、お父様、もう春ですわ」
 「また、今年も、聞こえたねえ」
 「ええ、また聞こえました」
 「あれが聞こえると、もうすぐ、桜が咲くねえ」
 「ええ、もう桜の季節ですのね」
 ・・・などという、山手の会話が似合いそうな風情にひたれるのだ。ご近所で庭仕事をしていた奥様は、血相を変えて必死なのだけれど。
 そして、春がすぎ5月もすぎて梅雨時になると、今度はわが家が騒がしくなる。タヌキが雑木林で子育てをはじめるころ、たいていは玄関先にシマヘビの赤ちゃんが登場するのだけれど、今年はなぜかアオダイショウの子供が風呂場に侵入してきた。どうやら、ヤモリを追いかけまわしているうちに、誤って“入浴”してしまったようだ。
 まだ小さくて細く、40~50cmぐらいだろうか。シャンプーやリンスの間を、にょろにょろと逃げまわって落ち着かない。そのうち出て行くだろうし面倒だから、一緒にお風呂へ入っちゃおうか・・・などとも思うのだけれど、やはり目の前をにょろにょろされると気になる。ちなみに、湯船へ落ちても、ヘビはすぐに這いあがれるのでネコの"入浴"(落下ともいう)よりは安心。身体がほどよく温まり、ハイな気分になったところで上がってくるのかもしれない。
 
 さっそく、「しょうがないなぁ」と上のオスガキが風呂場で捕まえようとする。シャーッと威嚇音は出すけれど、噛みつきはしない。アオダイショウの性質はとてもおとなしく、人間にいちばんなつくヘビだけれど、そこは野性だからもし噛まれたら痛いということで軍手をはめての作業。さっそく捕まえて、近くの野鳥の森公園へ放しにいった。いつだったか、ヤマカガシの幼蛇を追いかけまわしていた下のオスガキともども、まあ10年もたつと子供は頼もしくなるものだ。
 わが家に、ヘビの子供たちが出没するころ、梅雨がそろそろ明けてお盆の墓参りも間近。もうすぐ、本格的な夏がやってくる。

■写真:風呂場に侵入したアオダイショウの子供。性格はおとなしく、まず噛みつくことはない。アオダイショウの幼蛇は、まだ消えずにいる身体の斑紋から、よくマムシと間違われて殺されたりするけれど、頭と尻尾のかたちがまったく違うので見分けは容易だ。