北陸の寿司屋へ入ると、「熊刺しあります」というPOPを見かけることがある。「熊刺し」とは、文字通りツキノワグマの刺身だ。クマは寄生虫がいるそうだから、鮭のルイペ(ruype=凍らせた食物/アイヌ語)と同様に零下の極低温で凍らせ、死滅させてから食べる。ポッと赤みがさした、溶けかけのころに食べるのだが、これがたとえようのないほど美味しい。まるで上質のバターに、香りのいい肉を混ぜたような、一度食べたら忘れられない風味だ。
 この季節、ビアホールに行くとよく見かける看板に、「ヱビスビールあります」というのもある。関西の飲み屋さんに入ると、「お化けあります」というのもあった。「お化け」は、鯨の尻尾の皮をさらしたものだ。関東では、あまり見かけない。「○○○あります」というのは、その店ならではの特色をアピールし、他店との差別化などにつかわれるフレーズだ。
 「おっちゃん、お化けあんのん?」
 「あるで」
 「いまどき、珍しいやん」
 「運がええな。ひとつ、いてみるか?」
 「ほな、せっかくやからもらおか」
 「高いで」
 「ぎょうさんは、いらんがな」
 「わかってま」
 ・・・と、こういう流れなら、なんら不思議でも不自然でもない。でも、これは何度見てもおかしい。おかしいというのは、「変(怪)」と「可笑しい」の両方だ。「墓地あります」・・・、なんとなく『怪奇大作戦』(円谷プロ)のタイトルのようではないか。

 「ご住職、お墓があるの?」
 「あるよ」
 「いまどき、都心に珍しいね」
 「ひとつ、いってみるかね?」
 「じゃあ、せっかくだからもらおうか」
 「あんた、ついてるよ。なかなか空かないんだな、これが」
 「ほう、そりゃラッキーってわけだ」
 「そう、幸運だな。早く入れるといいね」
 「オレ、やっぱり運がいいんだな」
 ・・・なんてやり取りは、ありえない。葬儀屋が、「極上棺桶あります」なんて看板を出したら、超ヒンシュクものだろう。お墓の場合は、そのような感覚が薄れて許されてしまうものだろうか? いや、そうは思わないし、どう考えてもおかしい。誰かが死ぬのを待っている・・・、「墓地あります」はそんなニュアンスを払拭できない、ブラックなキャッチフレーズの見本なのだ。

■写真上:都内某所の「墓地あります」寺院。「お気軽にご相談」するようなことだろうか?
■写真下:「ヱビス生ビールありません」の、九段会館の屋上ビアホールからの眺め。千代田城の北の丸、田安門方面のたそがれ。旧・軍人会館の屋上には、なぜかバニーガールがいるのだ。