わたしのブログを読んでくださる方から、『下落合風景』Click!を描く佐伯祐三人形をいただいた。右手でバーミリオンが付いた絵筆を振りあげているので、きっと八島さんちClick!の屋根でも塗っているのだろう。左手には、いかにも“ズボラ”な彼らしく、一度も洗われたことがなさそうな、チューブから出された絵の具が地層のように盛り上がる、汚らしいパレットを握っている。几帳面な金山平三Click!が見たら、きっと眉をひそめてそのうち怒り出すだろう。
 佐伯祐三にはめずらしく、いま風のラフなTシャツ姿だ。シャツの表には、制作メモClick!の1926年(大正15)10月10日の「八島さんの前通り」Click!、翌11日に描かれた「テニス」、そして12日に描かれた「小学生」Click!あたりが、小学生の名札のようにプリントされている。背中には、新宿歴史博物館が所蔵している特大50号の「テニス」が、ちゃんとカラーで印刷されているのだ。
  ★
 あのな~、わし「サエキくん」ゆうねん。きょうは、ひさしぶりにアトリエから出てな、下落合を散歩しょう思うてんねん。下落合を散歩するゆうてもや、わし、かれこれ80年ぶりやろか。もう、アトリエにおんのはええかげん飽きたちゅうわけや。あんたも一緒に来なはるか? そ~かあ、ほな一緒に行こか。ヨネコはん、ちょっと散歩してくるで! なっ、なんや! わしんちの母屋が、あらへんがな・・・。
 
 これが、わしがいっちゃんよう描いとった「八島さんの前通り」や。八島さんちはのうなったけどな、いまでも面影が残っとるやろ。そやそや、80年前には八島さんちに嫁つがはったばかりの、それはそれは別嬪はんの山手の奥さんがいやはったんやで。ほいでな、わしがこの通りで絵え描いてると、「まあ、佐伯先生、ご精が出ますのね。ステキなお作ですわ、おほほほ」いうて、いつも声かけてくらはったんや。わし、それがうれしゅうてな、朝も昼も夕方も、この通りばっか描いとったん。・・・ストーカー? 誰やそれ、ヴラマンクの弟子かいな? わし、そないな名前の絵描き知らんがな。ときたまな、笠原のおっさんClick!がようけ邪魔しに来よったで。この道が『下落合風景』でいっちゃん多いのんは、実はそういうわけなんや。あっ、ヨネコはんは近くにおらんやろな? 聞かれたら、またえろうしんどいやさかい、あんたも黙っといてな。
 
 はあ? 「くの字カーブ」の描画位置? なんやそれ? わし、そないな道知らんがな。そらあ、金山センセのアビラ村は何べんも行ったで。そやけど、「くの字カーブ」の道Click!なんてよう知らんわ。・・・これかいな。この絵、わしが描いたんか? ・・・さあ、憶えとらんなあ。・・・なんでそないに怒んのや? どこで描いたか議論になってる? 知らんがな。確かに、わしの絵えみたいやけど、あれだけぎょうさん描いたんや。80年前やで、とうに忘れてもうたわ。・・・ほな、次行こか。
 
 ここが、「墓のある風景」Click!を描いたとこや。八島さんの前は変わっとったけど、薬王院は変わらんなあ。この先を右に曲がったとこClick!でも、わし、いっぺんイーゼル立てたで。当時このへんはな、こないに家が建っとらんと、武蔵野の雑木林ちゅうのんか? ・・・あっ、あかん、こらああかんで。わし、描きとうなる風景観るとあかんねん、もよおしてきたわ。このへんに、便所はなかったやろか? ないか? ほな、曾宮さんちClick!の借りよか? ・・・なんで、曾宮さんちがのうなったんや!? ・・・どっ、どなんしょ? こないな街ん中で野○ソClick!するちゅうわけにもいかんやろ? あかん、も、もう出そうやでえ。えっ、アンヌ? なんやそれ、フランス女かいな? 近くの喫茶店? 早う、そこ行こそこ! ああ、そこまでもつかいなあ。・・・もういやや、急階段やないか! 腹にえろう響くで。
 
 あのな~、「目白・下落合歴史的建物のある散歩道」マップClick!て、なんやねん? 八島さんの前通りまで載ってるがな。・・・わしのアトリエもそやけど、林泉園の中村センセんちも載っとるわ! このマップがあれば、わし、描く場所決めんのそないに迷わんかったとちゃうやろか。もう少し早よう、80年前にでけてたらなあ。・・・ひとつもろうとくわ、ママさん、なんぼ? ・・・にっ、200円!? えっ、えろう高うおまんな! せいぜい20銭がええとこやで。なっ、なんや、冷やしコーヒーが600円!? わし、シベリア鉄道に乗ってもいっぺん巴里へ行けるがな! 片道切符でええさかいなあ。
 あのな~、「杏奴」Click!は居心地がええなあ。今度、里見君Click!や前田君や小島君たちを誘うてみよか。外山君Click!の実家もすぐそこやけど、こないな広い道がでけてもうて、潰されとらんとええけどなあ。・・・なんや、みんな死なはった? ・・・そらそやろなあ、あれから80年もたっとんのやさかい。1930年協会も、とうになくなっとるはずや。そろそろ、2030年協会でもつくろか?
 このカフェなあ、巴里のんより居心地はええんやけどな、さっきからなんや知らん横からな、わしんことニラんどるお姉ちゃんがひとりおんねん。そないニラまんと、大阪の歌でも唄(うと)うたげよか? ♪♪カンテキ割った~すり鉢を~・・・。カンテキいうのんはな、東京でいう七輪のことやで。・・・まあ、しゃあないから気にせんとこ。
 
 ほな、わしなあ、しばらく居候さしてもらうわ。ママさん、よろしゅうに頼んます。ヨネコはんがねじ込んで来よったら、ママさん、わしをどっかへ隠してえな、あんじょう頼んますわ。ママさん、えろう別嬪やさかい、ヨネコはんがぎょうさん焼餅やくう思いますねん。・・・もう、アトリエは帰らんわ。「杏奴」から、ときどき下落合をスケッチしてまわるさかいな。わしに会いとうなったら、みなさん「杏奴」に来てや。マップも、まだぎょうさんあるで。・・・ほな、そろそろ仕事するわ。新『下落合風景』シリーズやで。このカフェからな、いっちょ描いてみよか。巴里の「カフェ・レストラン」以来やな。
 なんや? ママさん、なんぞゆうたん? ・・・こないに店は左に傾いとらんし、ママさんの顔に目鼻がない? わしの表現のクセやさかい気にせんと、文句言わんといてや。あのな~、仕事中は邪魔せんといてえな。・・・・・・そやそや、そいからママさんな、わしなあ『泥の河』のミヤモト輝やないで、画家の「サエキくん」や。名前呼ぶのん、間違えんといてや。ほんま、頼んまっせ。

■写真:ブログ初登場の「サエキくん」。600円の“冷コ”に度胆を抜かれたサエキくん、巴里へ立つ前にしばらく「杏奴」へ滞在して仕事をするらしい。彼の横の「目白・下落合歴史的建物のある散歩道」マップは、下落合駅近くでは「杏奴」さん、目白駅近くでは「三春堂」さんで販売中。