わたしが子供のころ、洋食や和食、中華などの専門店へ出かけることが多かったが、出かける前に「なに食べたい?」と訊かれても、すぐには答えられないことが多かった。そのときの気分で、スパゲティとかハンバーグ、カレー、うなぎ、寿司、すき焼き、天ぷら、牛鍋、ももんじ(爆!)とか答えたとしても、実際に店へ着くと「実は、それほど食べたいわけじゃなかった」・・・と思うこともしばしばだった。子供のことだから、気まぐれや目移りはあたりまえで、カレーライスを前に「ほんとに食べたかったのは天ぷらだったのに」・・・と、残念な思いをしたことが再三ある。
 そんな気まぐれな子供にピッタリだったのが、食べる直前に多彩な料理をリアルタイムで注文できるデパートの食堂だった。ひとつひとつの料理は、それは専門店に比べたら味は一段も二段も落ちると思うのだけれど、なにしろ着いてから写真入りのメニューを眺めながら直前に注文できるのが、子供心にうれしかったのだろう。わたしはデパートの食堂へ出かけると、あれもこれもと注文して食べすぎ、帰るころには気持ちが悪くなったこともしばしばだった。
 なにしろ、ショウウィンドウを見ると、ビーフシチューの横に天ぷら定食が、ステーキの横に寿司が、ラーメンの横にはオムライス、すき焼き定食の横にはカツカレー、チンジャオロースの隣りには鴨南蛮、柳川の隣りにはスパゲティ、フルーツパフェの隣りにはうな重が並んでいたりするので、もううれしくて楽しくて舞い上がってしまうのだった。
 
 そんな、往時のデパート食堂の面影を色濃く残していた、上野駅前の「レストラン聚楽台」が4月に閉店した。最近は、「元祖ファミリーレストラン」がキャッチフレーズだったようだけれど、わたしとしては「デパート食堂の最後の生き残り」と名づけてみたい。閉店の前日、さっそく出かけて昔のデパート食堂の雰囲気を味わってきたのだけれど、どうして料理の味もなかなかだった。
 「ハヤシオムライス」は、必要以上によぶんな香辛料やくどい赤ワインの風味などせず、シャレた見栄えのよい仏野菜なども入れないシンプルな味つけで、懐かしいというよりは素直にうまかった。「ナポリタン」にいたっては、いまや絶滅寸前のウィンナーソーセージ+普通ソーセージ入りのトマトケチャップ味だ。こちらは、美味しいというよりは懐かしかった。昔とちがって、ソーセージに毒々しい着色がなく、自然の色なのも好ましい。料理を注文してからとどくまでのスピードも約5~6分と、子供が飽きてぐずりはじめないぐらいの時間、昔のデパート食堂並みの速さだった。
 閉店の前日に出かけたせいか、かなりの混雑ぶりだった。年配の方が目についたのは、おそらく東北地方から集団就職などで上野駅に着いて、まず雇用主にご馳走になったのが「レストラン聚楽台」だった・・・という記憶をお持ちの方が多いせいだろう。閉店と聞いて、懐かしくて食べにきた人たちもいたにちがいない。わたしは、上野駅界隈にはあまり懐かしさを感じないけれど、「レストラン聚楽台」の味は子供のころの東京を、ストレートに思い出させてくれた。
 
 上野駅前にあった「レストラン聚楽台」は閉店してしまったが、目と鼻の先にある上野のガード下、アメ横入口の総本店「レストラン聚楽」はそのまま健在だ。もともとは、「須田町食堂」の流れをくむ洋食屋だと思うが、「聚楽」の名称は文学好きの方なら頻繁に出合っているだろう。こちらは、姉妹店だった「レストラン聚楽台」のメニューに比べ、ほんの少し高級志向で値段もやや高めなのだけれど、やはり洋食と中華がいっしょに出てくるところが楽しい。そう、「聚楽」は岩手から出てきた宮沢賢治の行きつけだった洋食屋としても有名で、なにかと注文が多くなりそうな料理店なのだ。

■写真上:こんなディスプレイさえいまや貴重で、ファミレスとは明らかに異なる雰囲気だ。
■写真中:左は、ディスプレイのつづき。まだまだ、メニューのほんの一部にしかすぎない。右は、懐かしいオールケチャップ風味の「ナポリタン」。60~70年代の東京の匂いがした。
■写真下:左は、洋食屋の定番「ハヤシオムライス」。右は、ガード下で健在の「レストラン聚楽」。