下落合界隈には、モグラやカエルが多い。ネズミもときどき、真黒な目をキラキラさせて道を横切ったりする。昆虫類も、オニヤンマを頂点とするトンボや各種セミ、チョウ類はもちろん、ときにナナフシやカマキリが網戸にたかっていたりする。都心にしては、虫がかなり多いエリアなのだろう。だから、それらを捕食する動物たちも必然的に数多く棲息している。食物連鎖のヒエラルキーの頂点に君臨するのは、もちろん肉食獣たる野良ネコたちだけれど、ネコと頂点の地位を分けあっているのが、毎年子どもが生まれるタヌキとヘビだ。今年は、タヌキの子どもたちが七曲坂近くで遭難Click!し、1匹死んでしまったのが残念だ。
 ヘビは、よほど住みよい土地柄なのか頻繁に見かける。わたしが家の周辺で目撃したヘビは、シマヘビ、アオダイショウ、ヤマカガシの3種類だが、崖線(バッケ)の斜面にはマムシもいるというウワサも耳にしている。これらのヘビたちは、ふだんは住宅の縁の下や天井裏(ともにアオダイショウ)、水辺の草むら、あるいは樹木の上などで生活しているのだけれど、ときどき獲物を追いかけてわれを忘れ、住宅の中まで侵入してくるから騒ぎになる。
 たいがい「キャーー!」という女性の声Click!で、「シマッタ! 獲物を深追いしすぎた」と気づき、ヘビたちは急いで逃げ出すのだけれど、中にはパニックになって湯船へ落ちてしまう子どもヘビもいる。ヘビは、すごくデリケートで臆病な動物だ。だから、人間のような巨大生物が目の前に現れたりすると、それだけでもうどうしていいのかわからず、ただひたすらジッとしているか、逃げ足に自信があれば、いや、足がないから逃げスピードに自信があれば一目散に身をくねらせることになる。それを恐竜のような巨大生物に見えるであろう人間は、「ヘビが襲ってきた!」などと被害妄想的に解釈したりするから、ヘビくんの側としてはまったく立つ瀬がないのだ。
 
 人間との身近な共生・共存の歴史が非常に長い、ときには“神”ともあがめられてきたアオダイショウは、ヘビの中でも人間に対する警戒心は、他のヘビに比べてそれほどでもない。言い方を変えれば、人間の存在には昔から馴れっこになっているということだ。だから、縁の下から這い出してくる2mほどの成蛇は、庭にいた奥さんにホースで水をひっかけられようが、土くれをぶっつけられようが、「わたしに敵意はありませんよ、これからも共存共栄しましょうよ」と、ゆったりしたスピードで逃げていく。ひょっとすると、人間にとって予測できない急激で敏捷な動きをすれば、敵意があるとみなされて殺されかねない・・・というところまで、大昔から学習をつづけた遺伝子にインプットされているのかもしれない。都会に住むアオダイショウの身のこなしは、人間に見つかっても意外に優雅でのんびりしている。エメラルドグリーンの宝石のような体色は、ジッと見とれてしまうほど美しい。
 わたしは、子ども時代を神奈川県の海辺で育ったせいか、ヘビのことを特におっかないとも気持ちが悪いとも思わない。むしろ、動物の中ではキレイ好きで清潔な生き物だと思う。湘南海岸の砂地はアオダイショウだらけ、川筋から野山はシマヘビとヤマカガシだらけ、そして鎌倉から三浦半島にかけてはマムシがいっぱいの土地柄だ。もっとも、現在ではその数が激減しているだろうけれど・・・。そんな中で遊んだり、山歩きをしながら高校生になるころまですごした。だから、ヘビとの遭遇は日常茶飯事。一度など、鎌倉の二階堂ヶ谷(にかいどうがやつ)の山で遊び、マムシがとぐろを巻いているところで弁当を食べていたことさえある。山林を整備していたおじさんが気づき、鎌でマムシの三角の頭を押さえてくれなかったら、不用意な動きをして噛まれていたかもしれない。でも、人間が緊張して必要以上に大騒ぎをしなければ、マムシだって襲ってくることはない。「攻撃」するから(攻撃とマムシに解釈されるような動きをするから)、噛みつかれるのだ。
 先日、ヘビと久しぶりに遊んでしまった。といっても、下落合の森ではなく目白のかなり向こう側にある小石川の森での話。水辺で日向ぼっこをしていた、まだ身体に斑点の残る1mほどの若ヘビくんを見つけて、しばらく様子を観察したあと身体にソッと触れたら、敏捷な身のこなしで逃げていった。それを脅かさない程度に追いかけて、笹薮に入ったところを近寄ってじっくり撮影してから、またちょっとスベスベの身体に触ってみたら、「この人間、追いかけてきたわ。しつっこいストーカーかも」と、全力疾走で再び逃げていった。これだけのサイズになっても、身体の斑紋が消えないのはアオダイショウの幼蛇だろう。もっと小さいサイズだと、シマヘビかアオダイショウかで迷うことがある。もともとヘビは、臆病で神経質な性格なのだけれど、パニックになるとつい人に噛みつく確率の高いのがシマヘビだ。まあ万が一噛まれたとしても、うちのネコほど痛くはないし、別にたいしたことはないのだけれど・・・。アオダイショウは逆に、ペットにできるほど人によくなつく。
 
 わたしが、もし生まれてからずっと東京の下町Click!あたりで育っていたなら、おそらくそのままヘビを「おっかない」あるいは「気持ちが悪い」という感覚になっていたかもしれない。未知のもの、よくわからないもの、ふだん見馴れないものに対する恐怖心から、ヘビを見ると理由もなく攻撃あるいは逃げ出す人がいるが、わたしもその仲間入りをしていたかもしれない。でも、わたしはヘビたちが人間という存在に恐怖し、非常に気をつかいながら生きているのを観察しながら育っている。
 ましてや、新宿区の下落合や文京区の小石川など、東京の真んまん中で暮らしているヘビたちなら、周囲は人間だらけなのでよけいにタイヘンで、気苦労の多い生活だろう。そんな東京育ちのヘビたちにちょっと同情しつつ、その姿をめずらしく人の前に見せてくれたときには、少しばかり近づいていっしょに遊んでみたくなるのだ。

■写真上:若いアオダイショウは、「巨大生物は去ったかな?」と舌の熱センサーで確認している。
■写真中:左は、「ダメだ、まだ近くにいる!」と大急ぎで逃げ出す体勢。右は、ヘビたちが大好きな水辺の環境。こういうところで、小型動物や昆虫がやってくるのを待ち伏せて捕食する。
■写真下:家の近くにある野鳥の森公園で、周辺にはシマヘビとアオダイショウが棲んでいる。