新宿歴史博物館で、「佐伯祐三-下落合の風景-」展覧会Click!の準備が着々と進んでいる。当初は、佐伯祐三Click!とその周辺にいた関わりの深い画家たちが、その作品とともに紹介される予定だったのだが、佐伯作品が想像以上に集まり、また関連資料もいろいろと充実してきたため、歴博の企画展示室は佐伯作品と資料とでいっぱいになってしまいそうなのと、下落合(新宿)に住んだ佐伯ゆかりの画家たちの数も多いため、一気に展覧会を開いてしまうのではなく、将来的に順次継続して、グループや表現系統ごとに美術展を企画していきましょ・・・ということになった。落合地域をはじめ新宿界隈に住んでいた、佐伯に直接関係のない画家たちまで視野を拡げれば、膨大な数になってしまう。したがって、今回はほぼ佐伯祐三の作品と資料のみとで構成し、例外的に非常に近しい画家作品、たとえば米子夫人の下落合を描いた作品のみ展示しようということに決まった。
 今回の展覧会は、初めてづくしの佐伯祐三展となりそうだ。制作予定の図録は、なんとパリ作品は“副次的”に扱われ、あくまでもメインは新宿の地元・下落合で描かれた『下落合風景』シリーズClick!となっている。従来の佐伯展の常識からいえば、「そっ、そんなバカな!」という信じられないような企画なのだが、東京地方の地元・新宿地域で開催される佐伯展としては、これまで開かれなかったのがむしろ不思議だとさえ、わたしは感じている。
 
 
 現在、同展には素描まで含めると約60点もの佐伯作品が集まっている。その中には、どの佐伯展でも引っぱりダコの山發コレクションClick!だった『靴屋』(1927年頃)も、『煉瓦焼』(1928年)も、『郵便配達夫』(同年)も展示されない。(一部画像のみ図緑へ収録) 60点のうち14点が『下落合風景』または下落合を描いた風景画であり、下落合のアトリエ制作をまじえた肖像画が7点、下落合と思われる素描・スケッチ類が多数、その他がパリ作品となっている。こんな佐伯展は、おそらくあとにも先にもありえないだろう。あるとすれば、より多くの『下落合風景』作品を集めた、やはり地元・新宿で将来開催されるかもしれない、「佐伯祐三『下落合風景』展」(←また勝手に言ってます)のみだ。
 同展の図録は、約130ページほどのボリュームになる予定だけれど、その約半分にあたる50ページ以上が『下落合風景』や、同作の描画ポイント、同作をめぐる考証や解説、佐伯アトリエについての画像掲載および記述などであり、第1次および第2次滞仏時代の作品はその半分のボリュームとなる予定だ。歴博の学芸員の方が冗談半分で「暴挙だ!」と表現されるほどなのだけれど、むしろ佐伯が暮らした地元の展覧会、そしてなによりも地元・下落合の風景を数多く描いている佐伯を改めてとらえ直すには、むしろ「当然」であり「必然」的な企画構成だとわたしは思う。そのほか、今回の展覧会で史上初めて展示される、曾宮一念アトリエClick!に保存されていた佐伯イーゼルClick!をはじめ、新発見のめずらしい資料展示(たとえば、小島善太郎Click!が創作した、クラマールの「化け猫騒動」Click!の戯曲『猫の夢』の元原稿)、初公開となるスケッチ類なども数多く予定され、戦前戦後を通じて開催されてきた「佐伯祐三」展とは、ひと味もふた味も異なる内容となっている。
 
 
 佐伯に近しい画家たちとその作品、たとえば佐伯アトリエの近所に住んでいた、あるいは1930年協会Click!に参加していた画家たちが描いた下落合とその周辺の風景作品は、これまた挙げだしたらキリがないので、今回は7名の画家たちのみに絞りに絞って取り上げている。すなわち、曾宮一念Click!、里見勝蔵Click!、前田寛治Click!、小島善太郎Click!、川口軌外Click!、鈴木誠Click!、佐伯米子Click!、そして中村彝Click!だ。全員が、落合地域で暮らしていた画家であり、大半が周辺の風景を描きとめている人々だ。当初は、これら画家たちが描いた地元の風景画も展示する予定だったのだけれど、スペース的な余裕がないため、今回は図録へ解説や画像を収めるほか、別途パネル展示によって紹介するにとどめ、ほぼ佐伯作品のみに限定することとなった。
 また、「『下落合風景』をめぐる人々」という切り口から、佐伯の周辺にいた画家や美術家の紹介も試みている。佐伯が『下落合風景』を描きはじめる1年以上も前から、連作『下落合風景』を制作していた松下春雄Click!、佐伯と同時に『下落合風景』シリーズを描いていた、近所に住む『K氏の像』Click!でも有名な笠原吉太郎Click!、佐伯の東京美術学校における美術史または語学の教師であり、制作メモClick!にも「森たさんのトナリ」Click!で登場しているやはり近所の森田亀之助Click!、寺斉橋の南にアトリエを構えていた、大阪の北野中学校の先輩画家・林重義Click!、やはり林重義のごく近く上落合で一時期暮らしていた、1930年協会の盟友である林武Click!、1930年協会のスポークスマン的な役割りを果たし、二二六事件で岡田首相Click!が身をひそめた下落合の佐々木邸Click!の隣家で育った外山卯三郎Click!、松下春雄とも交流があったと思われ、やはり佐伯と同時期に下落合の風景を描いている有岡一郎Click!、そして第二文化村Click!の宮本恒平Click!、第三府営住宅Click!の長野新一Click!などを取り上げている。
 
 
 また、図録には大阪大学教授/総合学術博物館の橋爪節也先生による、『下落合風景』を中心とした1926~27年(大正15~昭和2)に描かれた佐伯作品についてのご考察と、創形美術学校修復研究所の所長でおられた歌田眞介先生による、佐伯の描画技法や画布についての研究論文が収録されている。さらに、佐伯をめぐる興味深いエピソードを紹介するコラム的な記事として、「なぜ下落合の風景なのか?(造成中や鄙びた風景がえろう好っきやねん)」、「佐伯祐三の家造り(カンナの削り具合がエエんですわ)」、「佐伯祐三のキャンバス作り(画布600枚もぎょうさん作ってもうた)」、「佐伯祐三から贈られたイーゼル(ニワトリも一緒にもろうてや)」なども、掲載予定となっている。^^; (もちろん、すべてマジメな論考なので、くれぐれも誤解のありませんよう!/汗)
 なお、わたしは美術の専門家ではないので、「テニス」Click!を細見するときに付き添っていただき、いろいろとアドバイスをお願いしてきた、佐伯の東京美術学校のずーーっと後輩に当たる美術家の方に、今回もたいへんお世話になっている。改めて、深くお礼を申し上げたい。
 

 1927年(昭和2)に薪炭屋から本屋へ転業したばかりの、新宿駅東口の紀伊国屋書店2階で佐伯生存中に開かれた個展Click!を除き、地元・新宿で初めて開催される「佐伯祐三」展は、3月27日(土)から5月9日(日)まで新宿歴史博物館Click!にて。また、4月28日(水)には、佐伯祐三アトリエ(佐伯公園)のリニューアル公開も予定されている。ちなみに4月28日は、佐伯の112回目の誕生日でもある。

■写真:1926~1927年(大正15~昭和2)にかけて制作された佐伯祐三『下落合風景』。制作メモに残る、「八島さんの前通り」「曾宮さんの前」「テニス」「洗濯物のある風景」などが比定できる。
■写真下:上左は、1922年(大正11)ごろに制作された『目白自宅附近』(画布裏書きは「東京目白自宅附近」)。上右は、1927年(昭和2)4月に新宿の紀伊国屋書店で開かれた、佐伯の個展会場で撮影されたプロフィール。下は、1936年(昭和11)の空中写真にみる各作品の描画ポイント。