このサイトのテーマである「地域」からは少し外れるけれど、あまりにもお粗末かつヒドイので、書かずにはいられなくなった。それは、2012年度の政府予算一般会計の内訳(要求)についてなのだが、「この10年間、政府はICTでいったいなにをしてきたのだ?」と、ため息をつきたくなる内容だ。この変化(進化)が激しい基幹系システムの整備環境で、各国が必死に仕組みづくりへ前向きに取り組み、国家間が危機管理やセキュリティの担保に鎬を削っているClick!状況下、日本政府はこれまでいったいなにをしてきたのだろうか? 結論から先にいえば、日本の政府基盤に構築されたさまざまな基幹系システムや業務系システムは、民間の企業に比べれば10年以上の周回遅れのレガシー環境をそのまま引きずっている・・・ということだ。これでは、最新のシステムで「武装」している国々に事業や業務の処理スピード、また仕事の質や効率性など、どれをとってもかなうわけがない。ましてや、なんらかの危機的な状況が生じたときにはなおさらだ。
 一般会計の予算要求から透けて見える、これら時代遅れのシステム環境は、東日本大震災が起きたからこそあぶり出されてきた結果だ。もし今回の大震災がなければ、「いまだに、こんなことしてたの?」という状況は、まったく国民に見えないままつづいていただろう。端的にいえば、民間の企業なら2000年前後から取り組みはじめている、BCP(事業継続計画)あるいはRMP(危機管理計画)をベースとしたシステム基盤づくりが、ほとんどなされていない・・・ということなのだ。
 2012年度予算一般会計(要求)では、総務省の東日本大震災に対する「復旧・復興対策経費」が突出している。中でも、「消防防災通信基盤の緊急整備」(要求額198億円)と「ICTを活用した新たなまちづくり等の推進」(同169億円)が、ケタ違いに大きい。だが、この予算項目には「いま、何時代を生きてるの?」と思わずにはいられない内容が並んでいる。そもそも、政府そのものに「共通プラットフォーム」が存在しないこと自体に愕然とするが、防災や緊急時のネットワークがFAXと電話で、防災無線がアナログのままだった・・・とは、どういうことだろうか?
 「膨大な人的被害を防げなかった」点を改善するために、デジタル化をベースとしたネットワーキングにより、病院や学校などを含む防災システム基盤の構築・・・と、1990年代末を思わせる表現の「予算要求理由」が並んでいる。TVのデジタル化などよりもはるか以前に、とっくのとうに実現され、課題が解消されていなければならないはずのテーマが、臆面もなく来年度予算の要求理由に書きこまれている。「国民本位の電子政府の実現」という項目では、93億円の予算要求が算出されているが、この予算のうち90%近い金額が地方へのICT浸透予算ではなく、中央政府自体を対象とした予算だ。繰り返し書いてしまうが、これは1990年代末の一般会計(要求)ではなく、2012年度のものだ。

 今回の大震災では、津波で壊滅した地元自治体(市町村)の住民や法人データのバックアップが、地方自治体(県)や近くの町の法務局出張所に設置されたストレージ、ないしは近辺の「テープ倉庫」(爆!)にあることが明らかにされているが、そもそも大規模な自然災害の被害を受けて、同一地域のバックアップデータも災害と同時に滅失する可能性がある・・・とは、誰も考えなかったのだろうか? その時点で、国民あるいは県民へのサービス業務いっさいが、まったく継続できなくなって停止するとは、考えてもみなかったのか? 双方が滅失した場合は、復元が不可能なことも明らかになっている。BCPやRMPがまったく意識されず、信じられないほどズサンなマネジメント体制なのだ。法務局と区役所が同時に焼けて混乱した、1945年(昭和20)の大空襲Click!からまったく進歩してないではないか。もはや『砂の器』の、「和賀英良」の時代ではないはずだ。
 法務局データなどの「広域バックアップシステムの構築」に11億円、「オンライン申請システムの業務継続性の確保」に17億円と、「こんなことまで、まだ実現されてなかったの?」の要求項目はつづく。現状では、磁気テープを用いて年に1回(月次ですらない)、バックアップデータを作成し同一地域の管轄法務局へ保管していただけのようだ。地方自治体同士を結ぶ統合行政ネットワーク(LGWAN)を使って、遠隔バックアップをする計画らしいのだが、オンライン申請システムセンターともども、全国に分散するといっても都市部へ2~3ヶ所では心もとない限りだ。
 内閣官房の「危機管理体制充実強化経費」という項目も気になったので確認する。各省庁間を結ぶネットワーク「霞が関WAN」が、運用開始から10年以上たっても「未整備」なのにも呆れるが、東日本大震災において官邸危機管理センターと各省庁との緊急情報伝達が、電話とFAXだけだったという「原始時代」的な事実が露呈したのは、“お寒い”を通りこして、もはや笑い話の領域だ。多彩なファイルや画像を送れるメール用VPNさえ存在しない、この国の危機管理システムは、現代の企業やフロントのビジネスマンがフツーに装備している情報インフラよりも貧弱だ。要求予算には、「緊急参集通知用メールシステム」の開発費や、危機管理センターの「非常用発電装置」の設置費までが含まれている。(いま現在でも、電気が消えたら危機管理センターの業務はおしまいなのだろうか?) システムの運用管理者なら、誰もが装備している緊急アラートの仕組みさえ持っていなかった。

 どおりで、官邸危機管理センターの記者会見が、マスコミの情報に比べずいぶん遅れるはずだ。同センターのスタッフたちは、おそらく持てるリソースをフル活用しながら、最速のスピードで一所懸命に仕事をしていたのだろう。ところが、民間のネットワークスピードにまったく追いつけず歯が立たないほど、“装備”が古かったのだ。そして、記者会見を待つ記者や国民に「なにやってるんだろ?」という疑念を抱かせてしまうほど、それほど政府と民間との情報スピードの格差が拡大していた。
 厚生労働省は、「医療情報連携の基盤整備」予算として20億円を要求しているが、これも共通プラットフォームとバックアップシステムの不在という課題だ。ひとつの病院の患者データが滅失すると、どのような病気やケガで治療を受けていたのかがまったく不明・・・という状況を改善しようとするものだが、いまやECサイトでさえ一般的に行われている「顧客情報の継続的把握」の電子カルテ版のようなものだ。とうに実現されている国々が多い中で、あまりにも対応が遅いと言わざるをえない。同じく厚労省は、相変わらず年金記録の「紙台帳とコンピュータ記録との突き合わせの促進」予算として、722億円もの巨額要求をしている。いい加減なシステム運用が招いた尻ぬぐいとして、うしろ向きのシステム予算が突出しているのが、なんとも情けなく悲しい限りだ。
 民間では、さまざまな基幹系あるいは業務系システムの企画・構築フェーズにおいて、システムについて知悉しない人間へ、意思決定権を持たせる誤りが指摘されて久しい。おそらく、政府内部でシステム開発やマネジメントを手がけるPMやSEたちには、「官邸の危機管理センターって、UPSだけで電源二重化されてないの? 停電したら終わりって、マジですか?」というスタッフが必ずいたはずだ。また、「新宿区の住民・企業データのバックアップを、同じ新宿区や都内の法務局に置くの? マジで?」というメンバーもいるはずだ。彼らの危機感やリスク管理意識を、意思決定の最優先課題にすえない限り、日本の政府基幹系システムの“時代遅れ”と脆弱性は変わらないだろう。それを改めて浮き彫りにしたのが今回の大震災であり、2012年度政府予算一般会計(要求)だ。

 大震災と原発のカタストロフの中、官邸危機管理センターと各省庁間との緊急情報ルートが電話とFAXだけで、電源の冗長化もなく電気が消えたらほどなく業務も終わりでした・・・というニュースは、今回の予算要求の内実とともに世界じゅうに伝わっているだろう。各国の政府系システム管理者たちの間で、「21世紀のネットジョーク」にならなければいいのだが・・・。まだまだ、気になる予算要求項目がたくさんあるけれど、キリがないのでこのへんで。

◆写真上:最大6mの横揺れで、生きた心地がしなかったはずの新宿西口高層ビル群。(西新宿)
◆写真中上:いままでの情報インフラづくりで、なにをしてきたんだろうか?(霞ヶ関)
◆写真中下:今回の大震災では、比較的揺れが少なかった旧山手の街並み。(三田)
◆写真下:同じく、揺れが少なかった夕暮れの旧山手。(津久戸町-神楽坂)