世の中を動かすのは西も東も口の達者なやつ
『サンキュー・スモーキング』(ジェイソン・ライトマン監督/2006年/米国)

 政治家ならいかにも女性票を集めそうな風貌のこの男ニック・ネイラー。タバコ会社の出先機関=タバコ研究アカデミーのスポークスマンである。二十年前ならジェフ・ブリッジスの役だが、アーロン・エッカートに『ラスト・アメリカン・ヒーロー』や『ゴングなき闘い』での葛藤を経た感じはしない。それがよくも悪くも今のアメリカを象徴している。
 飲酒運転で人を轢いたらGM社を訴えるのか、パイロットのミスで旅客機が墜落したらボーイング社を訴えるのか、タバコ会社だけが訴えられるのはおかしいと、ああ言えばこう言う口の達者な男だが、そのテンポが早い、早い。コーヒーが熱すぎて訴えられてたハンバーガーチェーンがあったことなどつい、うっかり忘れてしまう。
 10代の喫煙撲滅キャンペーンに予算5,000万ドルを投じることにOKを出しながら「効果を出すな、顧客が減る」だの、「未成年は金脈」だの、「次の戦争までに、喫煙によって中国の人口は減る」だのと、ボスたちも言いえて妙な言いたい放題。タバコが悪者になるのは『脱出』のころのように粋な喫煙シーンがないからだと、ハリウッドに乗り込むかれらが悪なら、“使えない”非営利団体は思考停止状態のあたりまえの正論しか言わない。善であるはずの議員は隙あらばとニックの失脚を狙い、誘拐まででっちあげるが、これが逆効果になり、どこまでも運がいいのだ、このお調子者と思ったら、あらら、そーんな古い手に乗っちゃったのね、おばかさん、な躓きかたを披露してくれる。
  
 観ているあいだはとにかくおかしい。じっさい資本主義の世の中ってこんなふうに動いてるよなあ、と、くすくす、げらげら笑わせてくれる。が、観終わった後、心に残るものはほとんどない。そこも含めていまのアメリカ的だと思ったが、 アイスバーグ・スリムなんてラッパーみたいな名前の作家が69年に発表した『PIMP』(ピンプ=娼婦の稼ぎをむしり取るヒモだって)という小説では、正義の女神はなぜ目隠しをしているのか? (アメリカの法の正義の象徴は目隠しをして天秤を持った女性) それは目隠しを外せば目ン玉についた$マークが見えるから(浅尾敦典訳)と書かれていて、アメリカンドリームというのは、昔っから口先の専門家の元に成り立っているのだと、つくづく……。
 なにしろタバコ研究アカデミーのPRマンにして喫煙者のはずの主人公がタバコを手にする場面は、ウィークエンド・ファーザーとして息子と過ごしているとき、からになったパックをねじ曲げるところだけ。そう、映画のなかに彼の喫煙シーンはないのだ。自分自身が現代社会で忌み嫌われる喫煙者にして、風邪をひきながらタバコを吸うひねくれ者なので、最初から最後までこの男がいつタバコを手にするかに注目していたのだが、最後までなく、もしかしてこれ、禁煙のPR映画? と詐欺に遭ったような気分もなきしもあらずだが、喫煙者の大半はできたらやめたいと思っているわけで、痛いところを突いてもいる。
 
 ちょうどこの映画を観て帰ったタイミングで、テレビを点けると、『教育改革タウンミーティング』で、教育基本法改正に賛成する質問を“やらせ”だとニュースキャスターが伝えていて、そんなの誰でもやってるでしょうが、と思わずつっこんでしまったが、どんな業界にも業界紙があり、どんな団体にも広報がある。
 景気はよくなってるじゃないかと、首相が大きな声を出せば、その中身が問われることもなく数字だけで景気はいいことになってしまう「いざなぎ景気を超える長期経済成長」だ。これなんか最大のPRによる勝利。日本の政治経済も口先のパフォーマンスで成り立っているのだから、六本木ヒルズとやらにお住まいの方がたも、ただのおっちょこちょいだっていうのはもうバレてんだし、そろそろ芸人らしくサービスしてくれてもよさそうなもんだと思うんだけどね。
                                               負け犬
『サンキュー・スモーキング』公式サイトClick!
●日比谷「シャンテ シネ」他で全国ロードショウ公開中