タヌキの森周辺にお住まいの住民から出されていた「執行停止申立」の裁定が、2月6日に東京高等裁判所であり、高裁判決Click!につづいて住民側の主張が全面的に認められた。「執行停止申立」とは、簡単にいってしまえば裁判で白黒つくまで建設工事をストップさせる裁判所からの命令だ。住民側は新宿区を相手に申し立てをしていたので、新宿区はその裁定にもとづき建設業者へ工事中止の「指導」を行なわなければならなくなった。
 すでに、東京高裁での住民側全面勝訴の判決Click!が出た1月14日の翌週から、工事は事実上まったくストップし、工事関係者も引き上げているので、ダメ押しの裁定ともいえるだろう。これにより、建築業者は最高裁判所で判決が出るまで、まったく身動きがとれなくなったことになる。最高裁の判決までは、まだ相当に時間がかかると思われるので、その間、人気(ひとけ)がなくなった工事中の「重層長屋」に、タヌキたちが「いい重層ねぐらがあるポン」と棲みつくのは時間の問題だろう。明らかな違法建築であり、災害時には周囲も含めた数多くの人命・財産の亡失につながる重大な危険性を抱える「重層長屋」に、「入居者第1号だポン!」「あら残念、わたしたちは2号だポン」と、“応募”してくるのがタヌキたちなのは、なんとも皮肉なことだ。高裁判決によって、これだけ具体的に危険性が指摘された建物に、もはやタヌキ以外に応募者があるとは思えない。
 
 でも、考えてみればタヌキの森をめぐるこの裁判は、都市における非常に今日的で重大なテーマを内包しているように思える。これほどハッキリと、「人々の安全な暮らしを守る」という切実な人命尊重の概念と、下落合に残る「目白崖線沿いのグリーンベルトを守る」という自然保護のテーマとが、まるで1枚のコインの裏表のようにセットになったケーススタディは、全国的に見てもめずらしいのではないか。違法建築を糾弾したり景観をテーマにすえた住民運動、あるいは自然保護を訴える活動は、おそらく日本の全国各地で数多く展開されているのだろうが、タヌキの森のケースは他には見られない、ひとつの案件にとても象徴的で両義的な特徴を現出している。
 すなわち、この違法建築を許容してしまうということは、東京都の人命を軽視した建築行政をさらにエスカレートさせることにつながり、同時に都内に残るかけがえのない自然の破壊をも認めることになる。換言すれば、国の建築基準法や東京都の安全条例の「特例」さえまるっきり無視した、メチャクチャな「重層長屋」計画を中止に追いこめば、周辺住民はもちろん将来の入居者たちの生命・財産が守られるだけでなく、公園化の可能性とともに稀少な自然環境をも、必然的に守ることへとつながる・・・ということなのだ。「人の生命を守ることは、自然を守ることにつながる」(あるいはその逆の表現も聞く)・・・、このどこか説教じみた抽象的な言葉が、タヌキの森では非常に具体的で身近な事実となって目前に現象化している。都会における人命尊重=自然保護というふたつのテーマが、これほど近接して存在している下落合のタヌキの森は、とても稀有なケースだと感じる。
 
 2月6日に出た、高裁の「執行停止申立」の裁定を読んでみる。高裁の決定Click!は、先の判決を踏まえた非常に明快かつ合理的なもので、スムーズに理解できる。「下落合みどりトラスト基金」サイトClick!にも掲載されているように、住民側の主張も筋が通っていて論理的だ。明快でないのは、先に最高裁へ上告した新宿区の「主張」だ。展開する論理が枯渇してしまったのか(いや、もともと筋が通る論理など存在せず、裁判のハナから詭弁と嘘とに終始していたのだが)、住民側が原稿2ページにわたる主張をしているのに対し、わずか数行の「主張」にすぎない。
 原告の主体がまったく異なる裁判の判決を引き合いに出し(どのような意味があるのだろう?)、ついでに先の高裁における新宿区側の敗訴の経緯まで(つまり高裁が裁判の主題に踏み込んだ具体的な判決まで)挙げ、まるで他人事のレポートのように1ページ以上にわたってタヌキの森裁判の「経緯」を羅列したあげく・・・
  ●
 本件建築確認によって申立人らが行政事件訴訟25条2項所定の「重大な損害」を被るおそれはない。申立人らが本件建築物の周辺住民であるとしても、本件建築確認の効力そのものによって直ちに「重大な損害」を被るとする合理的な根拠はない。/また、本件建築確認によって申立人らが「重大な損害」を被るとの疎明もなされていない。
  ●
 これだけでも意味プーの作文だけれど、裁判の経過をご覧になってきた方々には、これがいかに奇妙な「主張」なのかがすぐにおわかりだろう。書くことがないから1ページ以上にわたって、この裁判の「年譜」をちょっと作ってみました、原告主体が異なる裁判もこの際含めてみました、“だから”(「年譜」をベースに)周辺住民の「執行停止申立」には「重大な損害を避けるため」の要件を欠いているから「理由がない」・・・などと、6人もの弁護団を形成していながら、言ってることが詭弁を通り越してもはや支離滅裂だ。こういう論理性のカケラもない主張をする弁護団に、新宿区民のかけがえのない税金が日々つかわれているのだ。
 
 なぜ、新宿区は最高裁へ上告したのだろうか? 新宿区議会における総務区民委員会において、新宿区の担当者は議員たちの質問に満足な回答ができず、シドロモドロになっていた様子が報告Click!されている。上告したからには「勝つ見込みとその理由があるのだろう?」という議員の質問に対し、担当者はまったく答えられなかった。新宿区の税金を注ぎこんだムダな裁判を、これ以上つづける理由は「役人のメンツ」以外には毛筋ほども存在してはいない。たとえ、消火活動さえ満足にできない人命無視の違法建築だろうが、一度誤って「建築確認」を出してしまった以上、「安全だ」と言いつづけなければならない彼らは悲惨だ。
 いまや、建築業者との癒着さえ取り沙汰されている新宿区建築課だが、誰が見ても建築基準法違反であり、また東京都安全条例第4条の「特例」にさえ違反している、タヌキの森の違法建築を反面教師として、新宿区で二度とこのようなバカげた裁判が起きないことを望むばかりだ。役人のオバカな錯誤を修正するのに、多大な税金が使われるのを見るのは、二度とゴメンだ。

■写真上:タヌキの森の工事ゲートには、もはや無期限の「保全工事」としか記載されなくなった。
■写真中上:左は、東京高裁の決定で建設中止となった「重層長屋」。右は、その入居予定者。
■写真中下:建築が完全にストップした「重層長屋」の、工事ゲートとオバケ坂からの現況。
■写真下:左は、1月14日の記念的な東京高裁判決文の正本表紙。右は、2月6日に東京高裁で出された「執行停止申立」に対する決定ページ。