愛しきもの、それはけなげにして滑稽な女たち。
『キャラメル』(ナディーン・ラバキー監督/2007年/レバノン=フランス)

 PAPAさんブログご愛読の皆さま、お久しぶりです。新しい読者の方には、はじめまして。負け犬Click!です。
 最近映画観てないの? 久しぶりにお会いしたPAPAさんに訊かれて思い出したのが、数週間前に雨のなか観に行ったこの映画である。東京国際映画祭での上映から気になっていたのだが、なにしろ日本語も怪しい負け犬、英語字幕じゃとても無理とあきらめていたら、ちゃんと公開されていた。
 駆け込みでごらんになる方がいるかもしれないので、その先はあえて伏せるが『キャラメル』というタイトル、味わい深いダブルミーニングになっている。
 舞台はレバノン。ベイルートである。トルコはユルマズ・ギュネイが、イランはキアロスタミやマフマルバフが、街の様相や人びとの暮らしを伝えてくれた。しかしレバノン、その昔ベイルート発のAP通信で伝え聞いたニュースはどれもヘビーで、いったいどんな街なのか想像もつかない。
 旅行に地図を持参しない(おかげで連れは大迷惑だが)私、映画も極力予備知識を入れずに観るようにしている。それでも好評は耳に入り、目につく。期待しすぎて裏切られるのが嫌だからだが、期待した以上によかったものもある。そういう意味では期待どおりだった。
 
 ま、ケニアの街なかをキリンが歩かないように、ベイルートもごくふつうの首都である。ドライバーは連日の交通渋滞にいらつき、若い警官は駐車違反の取り締まりに余念がなく、見放されたような空き地もあれば、いかがわしいホテルもある。外が雨降りだったせいか、照りつける陽射しと、砂が匂いたつような画面が気分を盛り上げてくれる。さらに舞台がエステサロンである。髪にしろ、顔にしろ、ボディにしろ、人に手入れをしてもらうひとときは何物にも代え難い至福の時間。高級でなくていいからリラックスしたい。その点このサロンはヘアサロンも兼ねていて、あまりお高くなさそうなのも私好みなら、ビビッドなコスチュームや派手なメイク、大げさなアクセサリーがいかにもアラブっぽくて素敵だ。年齢や家庭環境、宗教、性向…いろいろ違っても恋する彼女たちはみなチャーミングで、さらにうれしいことには、みなそそっかしい。
 
 叶わぬ恋があれば、偶然が幸運に繋がってもすんなり運ばず、恋する対象は人とはかぎらず、華やかなスポットライトに恋した女は寄る年波に逆らって、さらに老いを強調する。あーあ。いい大人の女が四人も集まってそんな解決策はないだろ、と、ついツッコミを入れたくなる箇所は数知れない。そうして怒りながら目頭が熱くなるのは私が女で、頭ではまちがいとわかっていながら真剣に(傍から見れば滑稽きわまりなく)さらにまちがった方向に突き進んでしまうからだろうが、もうひとつは、この映画のようないい意味のおおざっぱさや、この物語のようになるようになるさという考えが好きだからである。よほど気が向いたときしか観ないが、ハリウッドの大作などは始まって何分後に展開をはじめ、何分後に逆転して…と秒単位で計算されているようで、観ているときは没頭するが余韻が残らない。しかし、この手の佳作(といってもアカデミー賞レバノン代表作にして世界30カ国で絶賛されている)は、制作中の熱気が伝染するように後を引く。
 そういえばカラメル、ほどよい火加減だと甘いお菓子になるのに、炎が強すぎたり、長いあいだ火にかけすぎると、ただの黒焦げの塊。それでも凶器のように尖った砂糖の固まりも口に入れてみなければ気が済まない。顎の内側をずたずたにしながら噛みくだくにはつらすぎ、飲みくだすには苦すぎて、間を持たせるために鍋底を引っ掻き回しても、一度こびりついた焦げ跡は水で薄めようと、熱を加えようと容易には剥がれない。これがまた、ねちねちしつこい。そう、これこそが豊かな人生に欠かすことのできない痛みと楽しみ、つまりビターでスウィートな恋である。
 
 それにしても、ばりばり仕事をこなす女が優柔不断な男にハマるのが世界共通なら、いかにして若さを保つかも世界共通のようだが、もう決して若くなくなって思うのは「歳を取るのも悪くない」ではなく、「歳を取るのはなかなかいい」ってこと。主演女優にして、脚本、監督までひとり三役を手がけたナディーン・ラバキーの素晴らしさは自分と同年代の女性だけでなく、頭もお花畑状態のリリーとの生活を支えるため、日がな一日ミシンを踏むローズという60代の姉妹をキャスティングしたところである。人の服を仕立てるばかりで自分は着た切り雀の妹役を演じた、ジャンヌ・モローにも似たきりっとした美人、絶対かの国のベテラン女優だと思ったら、ごくふつうの主婦だというから驚くが、ラスト姉妹の映像は最高にせつなくて素晴らしい。
                                                                                          負け犬
『キャラメル』公式サイトClick!
●「渋谷ユーロスペース1」にて3月20日(金)までロードショー